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元日本代表、不惑の高原直泰が担うマルチタスク 天皇杯1回戦を突破した沖縄SVとはどんなクラブ?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
元日本代表の高原直泰が率いる沖縄SV。初出場となる天皇杯では1回戦を突破。

 今年で第99回を迎える、天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)。その1回戦24試合が、5月25日と26日に開催された。1回戦に出場するのは、都道府県予選を勝ち抜いた47チームと大学シードの1チーム。J1・J2クラブが登場するのは2回戦からだが、J3、JFL、さらにその下のカテゴリーで戦う社会人チームや大学など、普段のリーグ戦にはないユニークな顔合わせを楽しみにしているファンも少なくない。

 かくいう私もそのひとり。今年は早々に、愛媛県今治市にある夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)で26日に開催される、愛媛県代表対沖縄県代表の試合を取材することを早々に決めていた。愛媛と沖縄の県代表が1回戦で顔を合わせるのは、これが3年連続。過去2回は沖縄での開催であったが、今回は愛媛開催ということで、FC今治のホームスタジアムである夢スタで行われることになった。

 夢スタはもちろん、今治市で天皇杯が開催されるのも、これが初めて。対戦カードは、FC今治対沖縄SVとなることが予想された。FC今治は、元日本代表監督の岡田武史氏のオーナークラブとして有名。今季は駒野友一や橋本英郎といった元日本代表を補強したことでも話題になった。対する沖縄SVは、これまた元日本代表の高原直泰が、CEO兼キャプテン兼「10番」としてプレーしている(昨シーズンまでは監督も兼任していた)。

 人口15万人ほどの今治で、元日本代表の面々が集結したら話題となること間違いなし。ところが5月12日の愛媛県代表決定戦で、FC今治は松山大学に0−1で敗れてしまう。この結果、FC今治は第89回大会から10年続けていた天皇杯連続出場の記録が途絶え、逆に松山大は23年ぶりに本大会出場の切符を手にすることとなった。番狂わせの影響は顕著で、この日の入場者数は589人。FC今治が出場していたら、3000人は入っていただろう。

前半6分で先制ゴールを叩き出した高原。研ぎ澄まされたゴール感覚は、40歳を目前とした今も健在だ。
前半6分で先制ゴールを叩き出した高原。研ぎ澄まされたゴール感覚は、40歳を目前とした今も健在だ。

 沖縄SVはJFLのひとつ下の九州リーグ所属。今季はリーグ戦5戦全勝、失点わずか1という圧倒的な強さで首位に立っている。中心選手が高原であることは間違いないが、FW前田俊介やMF高柳一誠といった元Jリーガーを要所に配置し、地域リーグらしからぬ豪華な布陣である。対する松山大は、四国大学リーグ1部所属。今回の天皇杯予選は無失点で突破している。前回の本大会出場は、選手たちが生まれる前の出来事とあって士気は高く、ベンチ外の部員たちによる応援も実に賑やかだ。

 先制したのは沖縄SV。前半6分、前田とのパス交換から石川和磨が前線にロングボールを送り、これを受けた高原が相手DF2人の目前で鮮やかにゴールを決める。「引いてブロックを作る相手に対して、どう崩すかを想定しながら練習してきた成果を出せた」とは、試合後の当人の弁。相手が上手く試合に入りきれない状況を見抜き、その間隙を突くようにロングボールを引き出して一撃で仕留める。高原の得点感覚はまったく錆びついていなかった。

 その後は松山大もすぐに切り替えて、球際での激しさと旺盛な運動量で対抗。沖縄SVは我慢の時間を強いられることとなる。大学チームの強みは、若さゆえの運動量と持久力。相手が後半にバテることを想定した戦い方をしてくるのは明らかであった。実際、松山大の大西貴監督は「後半のラスト20分が勝負だと思っていた」と語っている。しかし「自分たちがボール保持すべき時間帯で、雑に(プレー)してしまった」ため、相手を消耗させるには至らなかった。

 沖縄SVに決定的な2点目が決まったのは、後半35分。左サイドで高柳からのパスを受けた高原が折り返し、最後は山内達朗が左足ワンタッチでネットを揺さぶった。この4分後、高原は勝利を確信するかのようにしてベンチに下がる。6月4日には40歳の誕生日を迎えるストライカーは、ただ前線でボールを待つのではなく、自陣深くまで下がってディフェンスしたり、ワイドに展開してクロスを供給したりと、最後まで献身的であった。

試合後、FC今治の駒野との再会を果たした高原。両者は2006年のワールドカップでチームメイトだった。
試合後、FC今治の駒野との再会を果たした高原。両者は2006年のワールドカップでチームメイトだった。

 試合はそのまま2−0で終了。その後、予期せぬ出来事があった。チームメイトとクールダウンしていた高原に、スタンドで観戦していた駒野が声をかけてきたのである。両者は日本代表のメンバーとして、共に2006年のワールドカップを戦った間柄。すぐさま「何で(予選で)負けたんだよ」「すみません」というやりとりが始まる。松山大には申し訳ないが、夢スタで高原と駒野のマッチアップが実現したら、おそらく全国的な話題になっていたことだろう。

 さて、2回戦に進出した沖縄SVの次の相手は、J1のサンフレッチェ広島に決まった。「前田と高柳は広島ユースの出身ですので、広島とはどうしても対戦したかった」と会見で語ったのは、妙摩雅彦監督。なるほどと思いつつ、その後の記者とのやりとりが少し気になった。この試合に向けた具体的なトレーニングについて聞かれると「それは高原に聞いてください」。交代のチョイスとタイミングについても「それは高原の指示です」といった具合。

 あとで妙摩監督の経歴をチェックしたら、高原の個人事務所の代表だったことがわかって納得した。てっきり監督業から開放されたと思っていたが、実際には練習のメニューから試合での選手交代に至るまで、今も高原がマルチタスクを担っているのは間違いなさそうだ。ピッチ上でハードワークするだけでなく、現場の指揮からクラブ経営に至るまで一手に引き受けるのだとしたら、どう考えてもキャパオーバーである。

 沖縄SVのクラブ名はハンブルガーSVを、クラブカラーの青と黄色はボカ・ジュニアーズを、それぞれ想起させる(いずれも過去に高原が在籍した名門クラブだ)。今年から胸スポンサーに「NESCAFE」が付いたが、これまた高原が所属していたジュビロ磐田の「Nestle」と重なって見える。まさに「ザ・高原」といった印象の強い沖縄SVだが、次の広島戦でその真価が問われることになるだろう。不惑を迎える元日本代表のプレーも含めて、今大会での彼らの戦いに注目したい。

※写真はすべて著者撮影

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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