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京都アニメーション放火大量殺人事件の犯罪心理学:孤独と絶望感の向こうに

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
京都アニメーションのスタジオで火災現場に捧げられた花束とメッセージ(写真:ロイター/アフロ)

■「京アニ放火 大量殺傷狙ったか」

作品でつながっている世界の人々が、悲しみに沈んでいます。

現在の客観的な事実は、火災が起きて34名の尊い命が失われたということです。まだ、容疑者は逮捕さえされていません。

通常、逮捕状が出ただけでは実名報道はされません。大手のマスメディアでも、ここヤフーニュース個人でも同様です。すでに実名が広く知られていたとしても、ここに掲載するわけにはいきません。

また、テレビのワイドショーでは容疑者が逮捕された段階で、「容疑者」との名称は使いながらも、実際は犯人と想定して番組を作ります。NHKやヤフーは、違います。慎重で抑制的です。

しかし今回は、事件の重大さが考慮され、逮捕前でも実名報道がされています(もし男が重傷を負っていなかったら逮捕されていたこともあるでしょう)。

「殺してやる」と叫んではましたが、殺意はあったのか(殺意がなければ「殺人」にはならない)、さらに大勢を殺害する意図があったのか、逮捕されておらず取り調べもできませんから、供述が取れていません。

それでも、総合的な判断から、「大量殺傷を狙ったか」と抑制的なメディアも報道を始めました。

放火に加え、複数の刃物なども予備的凶器として準備し、大量殺傷を図ったとみられる。

出典:共同通信「京都放火、包丁4~5本かばんに 着火剤使用か、大量殺傷狙い」7/21(日) 17:15

ヤフーニュースは、この記事を「京アニ放火 大量殺傷狙ったか」と紹介しています。

■京都アニメーション放火大量殺人事件の特異性

放火犯では、最初から殺人自体を目的にした犯行は多くはありません。面白がって火をつけたらり、火をつけて憎い相手を困らせたかったり、犯罪などと隠すために火をつけたりします。殺害後に火をつけることもあります。今回は、殺人が目的で放火されたと見られています。

また、殺人者の98パーセントは一人しか殺害せず、複数殺人はまれです。殺人者にとっても、人を殺すことは大変なことです。複数を殺害すれば死刑の可能性も出てきます。

今回の事件が、放火大量殺人だとしたら、極めて特異な事件だと言えるでしょう。

■なぜ刃物を持って行ったのか

男は包丁4、5本を持っていたと報道されています。ガソリンに加えて複数の刃物を「予備的凶器」として持っていたと推測し、大量殺人を狙ったと見られているようです。

犯罪の一般論として、数多くの武器を持っていれば、複数の人間の殺傷を考えたとされるでしょう。一人だけの殺害なら一本の包丁や刀で十分ですが、10人の殺害を考えれば、一つの凶器が使えなくなった後の代わりの凶器を準備するでしょう。

通り魔事件でも、自動車で歩行者天国に突入し、複数人をはねた後、犯人が車外に出て刃物を振り回すような事件が起きています。自動車が最初の凶器で、刃物が予備の凶器です。

大量殺人犯の多くは、力への憧れを持ちます。大量殺人を考える中で、体を鍛える人もいます。武器の収集を始める人もいます。犯行をじっっこうするときには、複数の武器を持つこともよくあります。

それは、実際に大量殺人を実行するための必要もありますし、多くの凶器で武装することで強い自分の姿を作り上げる場合もあります。

ガソリンに加えて刃物ということであれば、予備的凶器とも考えられますし、火をつけるのを邪魔されたときに使おうとしたとも考えられます。あるいは、自分は強いのだと思い込むために持参した、心理的な目的もあるかもしれません。

■なぜここまで周到に準備したのか:大量殺人の心理

報道によれば、数日前から下見をし、ガソリンの携行缶や台車を用意するなど、周到な準備がされていたと伝えられています(「下見や携行缶購入、数日前から周到に準備か:京アニ放火」朝日新聞7月21日)。

一般に大量殺人者は、殺人に全力を傾けます。人生の最後に、まるで一発大逆転をかけた大事業を成し遂げる感覚です。

複雑で深い社会的ストレス(近隣、同僚、友人関係、貧困、不安定な家庭、暴力的文化などのストレス)にさらされ続けた人々の中で、ごく一部が犯罪者になり、さらにそ中のごくごく一部が、大量殺人者になります。

滅多にない大量殺人には精神疾患の背景があるとする専門家もいます。精神疾患のために攻撃的で疑い深く、妄想を持つこともあります。殺人命令声が聞こえたと言う大量殺人犯もいました。

ただ、病だけで大量殺人を説明はできません。

彼らは、強い孤独感と不満を持って生活しています。周囲から侮辱されたり攻撃される被害に敏感です。実際は被害など受けていないのに、強い被害感を感じることもあります。自分を守ろうとして攻撃的になってしまうこともあります。

彼らは、世の中が不公平だと感じ、日常的に怒りを持っています。人生が上手くいかず落ち込むことでさらに判断力がゆがみ、人生は生きる価値がないと考え、自殺のかわりに社会を破壊し他人を殺すことを考えます。

彼らとしては、正当な復讐心、正義の天誅と感じることもあります。このような歪んだ発想をとても強く持ち、その思いの実現だけが生きがいとなって全力を注ぐのです。

■大量殺人を防ぐために

死を覚悟している彼らには、死刑でさえなかなか犯罪抑止にはなりません。

「ストレスなど誰にだってある。みんなそんな環境で頑張っている」。そう思われるのは、当然です。だからこそ、そのような人々全てを警察力で監視することなどできません。

凶悪犯罪の加害者を安易にかばうことなどできません。それでも、彼らの孤独、不満、被害感、人間関係のストレス、絶望感、破壊衝動、その時々の気持ちのどこかで誰かが効果的に関わることができるとしたら、犯罪は止められるのかもしれません。

2007年、アメリカのバージニア工科大学で、韓国出身の男子学生による銃乱射事件で32名が殺害される事件が起きました。彼は、強い疎外感を持ち、歪んだ思想で「キリストのように死ぬ」と犯行を行いました。

学内には、数百人の韓国人学生がいたのですが、ほとんど付き合いはなかったようです。大学のキリスト教系韓国人学生団体会長の学生によれば、韓国人学生に聞いて回っても容疑者を知る人はいなかったといます。

会長はインタビューに答えて語っています。

「私も顔も知らなかった。知っていれば、少しは彼の力になれたかもしれないのに」。

どんな人にも、助けはあるはずなのですが、本人の目が開かれていません。支援が届きにくい人への支援は、福祉の問題であると同時に、犯罪防止のかなめなのです。

京都アニメーション放火殺人事件の犯罪心理学:Pray For Kyoani

世界が京アニのために祈っています。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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