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暴言王トランプ氏に主流派は負けるのか:アメリカ大統領選も日本のネット民もどこへ行く?

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
トランプ氏の快進撃は、現代社会とネット文化が後押ししている。(写真:ロイター/アフロ)

真面目な主流派の発言力は相対的に弱まり、暴言こそが力を得ているのでしょうか。

■暴言王トランプ氏の台頭

泡沫候補と思われていた共和党のドナルド・トランプ氏。巨額の資産を持ち、危険な暴言王と言われていた彼が、ローマ法王の批判をも跳ね返し、主流派を打ち負かし、大衆の支持を得て、アメリカ大統領候補になとうろしています。でも、これはアメリカだけの出来事ではなく、世界中で起きようとしていることなのかもしれません。

トランプ氏の快進撃は、現代社会の変化とネット文化が後押ししていると言えるでしょう。今回は、社会心理学や政治心理学の観点から考えていきます。

■私たちの生活の中の政治

政治は、今や一部のエリートのものではありません。情報バラエティー番組でも、政治ネタは視聴率の取れる話題です。政治家の言動は、まるで芸能人の話題のように、視聴者に消費されます。

マスコミは、政治家の言動を報道します。その報道によって私たちの政治意識が作られる面があります。しかしテレビが「偏向報道」をして世論操作をする必要はありません。テレビを含めたマスメディアが、あるテーマに注目するだけで十分効果があります(心理学で言う「議題設定効果」)。

ただ、マスコミ報道にそのまま操られるほど、庶民も単純ではありません。例えば、テレビや新聞から政治の話題が来た時に、家族メンバーがどう評価するかが、他の家族にも影響を与えます。さらに現代ではお父さんの意見だけでなく、ネット上で語られている個人の意見も、影響を与えるでしょう。

政治意識は、私たちの日常生活の中で作り上げられていきます。

トランプ陣営は、他陣営よりもCMにお金をかけていません。CMを流さなくても、マスコミがどんどん報道してくれるからです(日本と違って平等に報道しなくても良い)。

マスコミが多く報道するほど、私たちの記憶に長く留まり、その後の認知に影響を与えます(「プライミング効果」)。また、その時にはいろいろ考えて否定できても、後から説得の効果がじわじわと効いてくることもあります(「スリーピング効果」)。

■これまでの反主流派の声

それでも、居酒屋や家庭内でブツブツと愚痴をこぼしているだけでは、政治に影響を与えることはできないでしょう。

社会心理学の研究によれば、これまの政治に関する報道は、政治に関する情報格差を広げるだけであるという主張もあります。

新聞の一面トップの政治経済面を、ほとんど読まない人もいるでしょう。そういうテレビ番組も見ません。逆に関心のある人は、新聞もテレビも政治ニュースばかり見ます。

こうして、報道がなされるほど、格差は広がります。

そうすると、主流派の人たちが主張していることに何となく違和感を感じていても、自分の意見を整理して発言することも難しいですし、意見交換の場もありません。それに、やはりあまり堂々と述べることでもないとも感じていたでしょう。こうして彼らの意見は、グチのレベルで止まっていました。

■大衆化と軽さと暴言とインターネット

グチはこぼし、話題にはするとはいえ、政治はややり難しいことで、一部の人が考えることで、硬くて真面目なことでした。世の中の中心、新聞やテレビのトップ記事は、そういうものでした。

ところが、世の中全体が、大衆化していきます。新聞の見出しにダジャレが使われたりします。お堅い新聞でも、文字が大きくなり、カラー写真が増えます。池上彰さんも解説もわかりやすいですね。また市長が市役所の職員と共にAKB48のダンスを踊ったりします。

以前なら、子どもっぽく低級で下品と言われていたようなことが、今や市民権を得ました。むしろ、「真面目」や「上品」「難しい理屈」は価値が低いことで、大衆文化を理解しない人がダメな人のような雰囲気さえ出てきました。

その中で、かつては暴言とみられていたことも、ジョークとして表現しても良いことになり、場合によっては堂々と語っても良い雰囲気が出てきました。

さらに、急激に普及したインターネット文化は、建前を嫌い、自由を重んじます。時に権威を軽んじます。匿名の世界で、暴言が出やすく、また認められてしまう時もあります。

こうして、主流派の影響力は相対的に小さくなり、大衆の声が大きく響きやすい雰囲気は徐々に作られていきました。

トランプ氏の言葉は、ジョークとも取れます。本気で国境に壁を作るわけではないでしょう。CNNのインタビューで、トランプ氏が大統領になったら発言を慎むつもりはあるかと質問された時には、「そう考えている。話し方を変えるつもりだ」とも語っています。しかし現在のトランプ氏の発言を、アメリカ社会は(少なくともアメリカ社会の一部は)受け入れました。今までグチをこぼしていただけの大衆が、新たに共和党員となり、トランプ氏に投票しています。

「自民党をぶっ壊す!」(小泉氏)も成功した「暴言」でしょう。小泉さんは元々主流派ではありませんでしたが、大衆の支持を得て総理になり自民党も高い支持率を回復しました。

■大きくなる反主流派の声:インターネットによる意見の交換の場と多数派の感覚

かつて政治に関心を持つ人々は、サロンや、カフェや、集会場に集まりました。そこで、政治談議を楽しみ、新しい情報を得、議論をしながら、新しい政治の流れが生まれてきました。ただそこに集う人は、それなりの人たちだったでしょう。

それが、現代ではネットでできます。ネット上に気軽に集まり、新しい情報を得る、ディスカッションに参加することができます。

心理学の研究によれば、人が意見を公に述べられるためには、他の多くの人もそう思っていると感じられれることが必要です。普通の人は、孤独な戦いを嫌うのです。自分の意見は正しく、多数派だと人は思いたいのです。

今までなら、主流派、マスコミ、教科書が言っているようなこと、つまり多くの人がそう思っている「正しいこと」と真っ向っから対立する意見を述べるのは、簡単ではありませんでした。

ところが、ネットでは主流派から見れば暴言に当たる言葉があふれています。日本のネットでも、差別的な発言や侮辱的な言葉があふれている場所があちこちにあります。世間の常識も政府もマスコミも否定する人々がいます。

たとえば、Yahoo!ニュスの韓国に関するニュースの中には、ヤフーコメント欄が反韓的意見であふれることがあります。反韓は一つの意見として尊重されなければなりませんが、中にはYahoo!のニュースコメントガイドに反するコメントもありますし、テレビや新聞には決して載らない、主流派から見れば暴言に当たる発言もたくさんあります。

思い切った暴言ほど、支持を集めることもあります。

こうなると、反韓に異を唱える人はほとんどコメントしません。そのようなコメント欄で読んだり書いたりしていると、実際以上に日本全体が反韓だと感じるようになり、自分たちの意見こそ多数派で正しいと感じます。そうすると、ますます発言に勢いが増し、リアルな世界でも発言する人も出てきます。

このようにして、たとえばイスラム教徒もメキシコ人も全員アメリカから出ていけと言った暴言も、表舞台に出てきてしまうわけです。

■アメリカは、世界は、ネット民はどこへ行く

何が主流派かは、国により文化により違います。時代やネットの影響で、反主流派の声が大きくなり、革命が起き王の悪政が倒されることもあります。学会の主流派だけではどれほど時間がかかったかわからない研究論文不正も、あっという間に暴かれます。

ネットの自由さは素晴らしいものがあります。その一方で、偏見差別が助長されることもあります。デマ陰謀論が広まることもあります。不正が暴かれることは良いことですが、不正ではないのに、ネットの声で押しつぶされるケースも出てきます。

ネットは自由を生むはずなのに、権威主義が崩されるだけではなく、ネットの声に怯え萎縮し何でも自粛してしまうことも起きます。本音で話すことは良いことでしょうが、トランプ氏に不安を感じているのは、アメリカの主流派だけではありません。

私たちは、まだインターネットの扱い方を十分に学んでいません。ネットで何を語るべきか。どんなコメント欄やページを作るべきか。誰を大統領に選ぶべきか。誰が、新たな多数派になるのか。

ネット社会の今、私たち個人の力と責任は、以前にも増して大きくなっています。

■関連・参考

「『韓国嫌い』30%台に低下」をなぜYahooコメントの人々は納得できないのか

アイヌへの偏見差別と私たちの意識:調査報道へのコメント欄の疑問に答えて

「政治行動の社会心理学(シリーズ21世紀の社会心理学) 」北大路書房

「ハンドブック 政治心理学」北樹出版

「政治心理学」ミネルヴァ書房

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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