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雨量何ミリなら災害に注意?

牛山素行静岡大学防災総合センター教授
2019年台風19号により千曲川が破堤した長野市穂保地区,筆者撮影.

 梅雨もそろそろ末期になってきました.梅雨末期は大雨となることもよくあり,今年も大雨に注意を呼びかける予報が続いています.大雨に関する情報で「今日の18時から明日18時までに予想される24時間降水量は,多い所で***ミリ」といった言い回しを聞くことがあると思います.このようなとき,何ミリ以上の数字が示されたら洪水・土砂災害などの災害に注意したらよいのでしょうか.

 まず結論を言いますと,「何ミリという絶対値ではなく,その地域にとって大きな雨かどうかに注意することが重要」と考えた方がよいと思います.

そもそも降水量とは

 降水量(雪が含まれない場合は雨量とも言いますが,気象情報としては降水量の方が一般的なのでここでは降水量で通します)の単位は「ミリ」で,略さずに言うと「ミリメートル」です.降ってきた雨が地中にしみ込まずに溜まった状態の,溜まった水の深さを測った値になります.たとえば茶筒のような容器を屋外において降った雨を集め,その深さを測る,というのが最も単純な降水量の量り方,とイメージしてよいでしょう.

 気温の単位は「度」で,30度だと暑いな,0度だと凍るな,といった感覚を多くの人が共有しているのではないでしょうか.それに対して降水量の「ミリ」は,その数値の大きさ,激しさについての感覚が,今ひとつわかりにくいところがありそうです.気温は「12時の気温」など,瞬間的な値が用いられることが多いですが,降水量は一定の時間内の降水を合計した値が示されることが一般的です.短い時間だと「12時の1時間降水量(12時までの1時間の降水の合計)」などがよく使われますし,長い時間としては,24時間,48時間,72時間などがよく使われます.

短時間の降水量の「激しさ」

 短い時間の降水量の「激しさ」は,地域による違いをあまり考えなくてもとらえることができます.気象庁は「雨の強さと降り方」という表を公表しており,逐次改善が図られています.

 この表では,1時間降水量がどの程度ならば,どのような状況になるか,が整理されています.たとえば,1時間降水量(mm)が「20以上~30未満」は「強い雨」と呼ばれ,イメージ的には「どしゃ降り」.傘を差していても濡れる状況で,「車はワイパーを速くしても見づらい」状態となります.こうした状況については,北海道でも,南西諸島でも,大きく異なるわけではありません.

 なお,1時間降水量だけでは,大きな災害につながるかどうかの目安にすることは困難です.この表で一番強い階級は「80以上~」の「猛烈な雨」ですが,「猛烈な雨」が降っただけで大きな災害になるわけではありませんし,「20以上~30未満」の「強い雨」の状況下で大きな被害が生じることもあります.このあたりはまた稿を改めてお話しできるかもしれません.

長時間の降水量の「激しさ」は地域差が大きい

 一方,24時間降水量など長い時間の降水量の「激しさ」は,地域によって大きく異なります.その差は「何%」程度ではなく「何倍」という規模で違いがあり,しかもそれが,わずかな距離でも大きく違うこともあります.

 一例を挙げましょう.気象庁が大雨警報を発表する基準は地域によって異なり,現在は少し複雑な指数を使っていますが,以前は降水量そのものを使っていました.降水量についても基準はいくつかありましたが,24時間降水量もその一つになっていました.2005年時点の基準を見ますと,たとえば香川県高松地方(高松市など)の大雨警報基準のうち,24時間降水量は160mmとなっていました.同じ資料で,徳島県南部の海部地方(現・海陽町など,当時は海部町など)の基準は,24時間降水量400mmでした.高松市と海陽町の直線距離は90km弱と,それほど離れているわけではありませんが,大雨警報の24時間降水量基準は,2.5倍ほどの違いがあった訳です.

 つまり,高松市付近では24時間160mmほどの雨が予想されると大雨警報の発表に至りましたが,海陽町付近では24時間400mmくらいが予想されないと大雨警報の発表には至らなかった,ということになります.前述のように大雨警報の発表基準の値には複数の指標がありますから24時間400mmが予想されないと絶対に大雨警報にはならない,という意味ではありませんが,同じ24時間降水量という目安でも,地域によって大きく違うことは読み取れるでしょう.

 別の見方で見てみましょう.気象庁の高松,海陽の各観測所において,日降水量160mm以上が,1年間に何回観測されたかを,2010~2019年の10年間について集計したのが図1です.

図1 高松と海陽の年別日降水量160mm以上日数(2010~2019年)
図1 高松と海陽の年別日降水量160mm以上日数(2010~2019年)

 なお,「日降水量」とは,前日の24時から当日の24時までの24時間の降水を合計した降水量のことで,「24時間降水量」とは,任意の24時間の降水を合計した降水量です.記録としては24時間降水量の方が日降水量より大きくなるので,この二つのデータを無闇に混用すると誤った理解をすることがありますが,これについてもまた機会があったら稿を立てましょう.ここではデータの得やすい日降水量をもとに話を進めます.

 かつての高松地方の大雨警報の24時間降水量基準だった160mmを超える日降水量は,高松では数年に1回程度,10年間でも計4回(4日)しか発生していません(前述のように24時間降水量で見ると,もっと多く発生していると思います).一方,海陽では日降水量160mm以上がほぼ毎年複数回発生し,10年間では計29回に上っています.「日降水量160mm以上」という現象が,高松においては稀なこと(数年に1回くらい)ですが,海陽においてはよくあること(毎年数回)だと言えそうです.

平成30年7月豪雨で土砂災害による被害が生じた広島県坂町小屋浦地区,筆者撮影.
平成30年7月豪雨で土砂災害による被害が生じた広島県坂町小屋浦地区,筆者撮影.

「その地域にとって大きな雨」が降ると災害につながりやすい

 ある地域においてよくある現象に対しては,その地域の側に,対応する用意ができている,と考えていいでしょう.これは,堤防などがその地域でよくある規模の大雨による洪水を想定して設計されている,といった社会の側の「用意」もありますが,そもそもその地域の自然の側に「用意」ができている部分も大きいでしょう.大まかな言い方をすれば,よく大雨が降るところでは,崩れやすい斜面は既に崩れているとか,河川も多くの水が流せるように幅や深さが(自然の現象によって)大きくなっている,といったことがありそうです.一方で,稀なこと,つまり「その地域にとって大きな雨」に対しては用意ができておらず,災害に結びつきやすい可能性があります.

 実際の災害例を見てみましょう.図2は,平成30(2018)年7月豪雨の際の,被害が集中した7月6~8日の72時間降水量の分布図です.降水量の数値だけで見ると,高知県,徳島県の山間部での大雨のように見えます.図では600mm以上の階級になっていますが,最も多く降った高知県の魚梁瀬では1316mm,同県の繁藤では986mmなど,かなり大きな値が記録されています.なお,広島県,岡山県内では400~600mmの階級の観測所がありますがいずれも500mm以下であり,600mmよりギリギリ少ない観測所が見えていないわけではありません.

図2 平成30年7月豪雨時の72時間降水量分布(2018年7月8日24時の72時間降水量)
図2 平成30年7月豪雨時の72時間降水量分布(2018年7月8日24時の72時間降水量)

 図3は,このときの72時間降水量の各観測所における観測史上最大値(観測所により期間は異なり最長で1976~2018年までの43年間)に対する比です.100%以上だと観測史上最大値を上回ったことになります.こちらの図の印象は図2と異なり,広島県,岡山県などで,観測史上最大値を大きく上回る大雨が記録されたことが分かります.

図3 平成30年7月豪雨時の72時間降水量の観測史上最大値に対する比
図3 平成30年7月豪雨時の72時間降水量の観測史上最大値に対する比

 図4は,筆者の調査にもとづく,平成30(2018)年7月豪雨によって生じた,死者・行方不明者の分布図です.岡山県,広島県の瀬戸内側や,愛媛県南部で被害が多かったことが分かります.図2,3,4を見比べると大まかな傾向として,平成30(2018)年7月豪雨による犠牲者は,量的に多くの雨が降ったところで発生したのではなく,観測史上最大値を上回ったところ,すなわち「その地域にとって大きな雨」が降ったところで主に発生している,と言っていいでしょう.

図4 平成30年7月豪雨による死者・行方不明者の発生位置
図4 平成30年7月豪雨による死者・行方不明者の発生位置

 私たちの研究室と日本気象協会の共同研究で,平成30(2018)年7月豪雨時の降水量と犠牲者の発生の関係について,1kmメッシュごとに調べてみたことがあります.

本間基寛・牛山素行:豪雨災害における人的被害ポテンシャルの推定に関する一考察 ―平成30年7月豪雨を事例に―,第38回日本自然災害学会学術講演会講演概要集,pp.47-48,2019

 その結果によると,犠牲者230人のうち,48時間降水量や72時間降水量が既往最大値(2006~2018年)を上回ったメッシュで発生したケースがほとんど(少なくとも215人以上)だったとみられることが分かりました.この調査は更に検討を進めているところですが,大雨による激しい被害は,その地域にとって大きな雨が降ったところで主に発生していることを示すデータの一つになるかもしれません.

 なお,高知県の資料によると,72時間降水量が最も大きかった魚梁瀬観測所がある高知県馬路村の被害は,死者,行方不明者は発生しておらず,床上,床下浸水など家屋の被害も記録されていないようです.

 人口密度が低い地域ということもあるでしょうが,普段から多くの雨が降る地域では,自然,社会全体として,大雨に対する「用意」ができていることを示唆しているのかもしれません.

各観測所の過去の最大値に注目する

 話が大変長くなりましたが,大雨による災害を警戒する際には,単純な「24時間降水量」「72時間降水量」などの大小よりは,それらの値が各観測所の過去の記録に対してどの程度の大きさなのか,という点に注意を向けた方がいいと思います.

 気象庁の観測所における過去の記録は,気象庁ホームページの,ホーム > 各種データ・資料 > 過去の気象データ検索 で観測所を選び,「観測史上1~10位の値」というリンク先を見ると確認することができます.これは静岡(地方気象台)の例です.

 気象台の場合は,「日降水量」と「月最大24時間降水量」が表示されます.前述のように,両者は似ていますが意味が異なるデータです.静岡の場合,2020年6月30日時点で「日降水量」の最大値は401.0mmですが,「月最大24時間降水量」の最大値は508.0mmで,2割以上も大きくなっています.こうしたことは珍しくありません.気象台以外に,気象庁が管理している無人の観測所(地域気象観測所,地域雨量観測所などと言います)では「日降水量」の統計値しか示されません.たとえばこちらは静岡県の清水地域気象観測所の例です.「日降水量」の最大値よりも,「24時間降水量」の最大値はかなり大きい場合もある,と考えた方がいいでしょう.

 観測史上最大値の記録は,「その地域にとって大きな雨」の規模を知る上で有益な情報ですが,データを見る際に注意しなければならないことが,これまでに述べたことの他にもあります.まず,観測所の統計期間です.観測所によっては,数年間程度の観測しか行われていない場合があります.こうした観測所の「観測史上最大値」は「その地域にとって大きな雨」を知る上ではあまり当てにならないと言えるでしょう.あくまでも感覚的な話ですが,最低でも10年以上の統計期間がある観測所を参考にした方がよいと思います.気象庁では「観測史上1位の値 更新状況」というデータを随時公開していますが,ここに示される観測所も統計期間10年以上となっています.

「観測開始または移転等により観測環境が変わって10年目以降の地点を対象としています」

出典:気象庁「観測史上1位の値 更新状況」

 また,たまたま,極端に大きな「観測史上最大値」が記録されているケースにも注意が必要です.こちらは高知県の後免観測所の記録です.2020年6月30日時点で日降水量の1位が584mm,2位が290mmで,倍近い値になっています.この場合,この地域では500mm近くまではたいしたことがない,などと読むのは適切ではありません.200mm代の後半でも,「その地域にとって大きな雨」と見た方がいいでしょう.

降水量の絶対値ばかり注目すると,本当に危険が高まっている地域を見落とすことも

 「雨量何ミリなら災害に注意?」という問いへの答えは案外複雑で難しい,と筆者は思います.少なくとも,「24時間降水量***ミリ」といった,降水量の絶対値ばかりに関心を向けるのは適切ではないと思います.報道では,予想,実況ともに,絶対値として大きな降水量が記録されたところ(観測所)に関心が向けられがちのように思います.そうした観測所は,普段から雨が多く降るところであることもよくあり,値が大きくてもその地域にとってはそれほど深刻な事態ではない,ということもあります.一方で,降水量の絶対値は小さくても,その地域にとっては大変大きな雨である,ということもあり得ます.降水量の絶対値が大きな所ばかりに目を向けることは,こうした「本当に大雨による災害の危険性が高まっている地域」を見落としてしまうことにつながらないか,と懸念しています

 こうした課題への対応策の一つとして,観測史上最大値に着目することはひとつの目安とはなりそうです.しかし今回述べてきたように,その情報の読み方にはいろいろな難しさもあります.

 気象庁が発表している,「大雨・洪水警報の危険度分布」という情報は,単純に「大雨が降っているところ」を示しているのではなく,「その地域にとっての大雨が降り,洪水や土砂災害につながりうる状況となっているところ」を示しています.こうした情報を活用することが,実は最も早道なのかもしれません.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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