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緊急事態宣言で危機意識どうなる? 政府とテレビ「非言語」の影響力

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
新型コロナ感染症 緊急事態宣言を再発令(写真:長田洋平/アフロ)

緊急事態宣言が再び発出されました。東京都と埼玉、千葉、神奈川3県対象に8日から1か月間で、首都圏の感染拡大に歯止めをかけるのが狙いです。産業医として関わる企業からは「宣言で感染は収まるのか。長引いたらどうなるか」といった不安が聞こえています。医療現場の医師や看護師からは「現場の危機感が全く伝わっていない。どうにかならないか」という悲鳴が上がっていました。

こうした声に共通する思いは、緊急事態宣言は人々の危機意識や行動変容にどれほど効果があるか―という懸念でしょう。そもそも医療崩壊が近づき、行動自粛や会食自粛が呼びかけられているにもかかわらず、クリスマス以降、遠出は減ったものの市中の人出の減少は限定的でした。箱根駅伝のゴール付近などは明らかに「密」だったといえます。

若者の話を聞いたりSNSを見たりすると、「ずっと自粛して我慢していたけど、政治家が多数忘年会をしたりしているのを見てばからしくなった」「自分は重症化しないと思うので不安はない」など危機感の薄い声がある一方で「若者をひとくくりにして感染を拡げてるような扱いはやめてほしい。自粛している若者はたくさんいます」ともいった声もあります。若者に限らず、どの年代でも同居家族の有無や職業、新型コロナに関する知識の差などにより危機感は高くなったり低くなったりします。

宣言の効果を高めるには、特定層を問題視するのではなく、「危機意識が低い人たち全体」にどのようにリスクを伝えるかというコミュニケーションの在り方を考える必要があるといえます。新型コロナ第3波のリスクを伝える政治家やメディアが、特に非言語コミュニケーションへの無理解をあらためることが早急に求められます。なぜ危機感が伝わらないのか、危機感を伝えるには政治家やメディアが何をしなければならないのか、心理面から考えていきたいと思います。

政治家の振る舞いで楽観バイアス加速

心理学ではよく知られた「メラビアンの法則」というものがあります。話し手が聴き手に与える影響を視覚、聴覚、言語という3つの観点から分析して数値化したものです。それによると言語による影響はわずか7%に過ぎず、視覚情報は55%、聴覚情報が38%でした。つまり非言語による影響が9割以上となっていることがわかります。

政府やメディアのコロナ対応をみると、視覚と聴覚の情報、つまり非言語メッセージで危機感を伝えることに失敗している場合が極めて多いのが気になります。

まず第1は政治家の記者会見です。記者会見のときマスクを外して会見している政治家が多数います。顔を出した方が内容が伝わりやすいと考えてのことか、壇上まで黙ってマスクをして歩き、話すときマスクを外す姿が見受けられます。またマスクではなくマウスシールドで会見している市長や知事などもいます。記者会見の壇上の後ろで黙って立っている関係者がマスクをつけ話す人がマスク無しという状況は理解に苦しみます。

マウスシールドは、感染症専門家の堀賢・順天堂大学院教授によると「飛沫は防げるがマイクロ飛沫を防ぐことは不十分」で、マスクに比べ感染防止効果は薄いということです。会見の場は記者と十分な距離をとっているから顔出しでマスク無しでも感染リスクはないとお考えかと思います。しかし言葉より強いメッセージがそうした行動で伝わるのを忘れてはならないのです。黙って歩くときは本来不要なはずのマスクを着け、話すとき外す。その「話すとき外す」という動作が非言語メッセージとして、危機意識を薄めることになる可能性があります。人は他人の行動や表情に影響されます。危機感を本当に伝えたいなら、自分が危機感を持った行動や動作をしなければ伝わりません。

態度や行動で危機感を伝える意識を

テレビに映る場面では、言葉だけでなく、またカメラ映りを気にするのではなく、むしろ自分たちの態度や状況で危機感を伝えるという意識が必要でしょう。机に置かれた原稿をちらちら見ながら読み上げるのではなく、視線をしっかりカメラに向け国民に発信しないと危機感は伝わりません。危ない、と声をかけるとき下を向いたままの人はいないでしょう。災害の現場で会見する場合は、ヘルメットをかぶり防災服を着て防災用の靴を履くはずです。背広にネクタイ、またはハイヒールにスーツでは緊迫感が伝わらないのと同じことです。服装や動作は覚悟を示すメッセージなのです。

宣言前日の6日には与野党の国会議員たちが、宣言下でも会食はやむを得ないとして、人数や時間を制限して開催可能とする会食ルールに合意しました。医師会などから反対されて結局見送りとなりましたが、この時点でこうしたことが検討されること自体が驚きでした。「その程度でいいのだ」と人々の危機感を薄め、楽観バイアスを高める方向にはたらいたことは間違いありません。食べながら人と話す行為はリスクが高いという認識が今もって政治家にないことに驚愕しています。楽観バイアスは、リスクが高い状況でも不安感を薄めリスクへの対処を不十分にしてしまう危険があります。

テレビ番組の誤った無言メッセージ

非言語コニュニケ―ションの軽視についてはテレビも同様です。お正月特番や年明けのワイドショー、グルメ番組、旅番組ではスタジオで出演者がマスクを着けずかなり密な状態で並ぶ場面が目立ちました。マウスシールドだけ着けて至近距離で会話する姿もありました。十分な換気や感染検査済みでの撮影かもしれません。しかし、「これでいい」という行動のメッセージが伝わります。昨年1回目の緊急事態宣言時のリモート出演の多さや雰囲気と比べ明らかに危機感を伝えることに失敗していると言えます。この程度でいいんだ、という楽観バイアスがここでも増幅されます。特に政府の対策を批判しているようなワイドショーでこうした状況が続くと、今後の危機感がどうなるのかが非常に心配です。ぜひ早急に対策を考えてほしいと思います。

もちろん「非言語」だけでなく「言語」によるコミュニケーションも大切です。

感染拡大を抑えるには、アップデートした新型コロナウイルスに関する情報をしっかり幅広く伝えることしかないでしょう。昨年と比べウイルスに関する研究が進み感染予防策の在り方もかなり詳細にわかってきました。先に書いたマウスシールドとマスクの予防効果の差や、会話という行為がリスクを高めることについて再度確認して伝えることが必要でしょう。

言葉によるコミュニケーションも丁寧に

たとえば飲食店はなぜ時短が必要か、理由をきちんと説明することが望まれます。ただ「夜だからダメ」「飲食がだめ」と言ってもその意味が伝わらなければ、行動変容は起こりません。夜間の営業は、お酒を飲みマスクを外して話したり、長時間に及ぶため感染リスクが高まるからだと説明してほしいと思います。昼間にショッピングセンターの通路にあるカフェ席などでマスクを外し会話しながら飲食している人もリスクは変わりません。昼間だからいいわけではありません。マスク無しで話すことがリスクを高めるのです。

政府やメディアにしてほしいのは、まず非言語コミュニケーションを大事に考え、リスクを高くする行動はなぜそれが危険でどうすればリスクを下げられるかを言葉できちんと伝えることだと思います。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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