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「通勤したくない。でも出勤しないと…」どうするダブルバインドストレス

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
緊急事態宣言下の東京(4月13日)(写真:つのだよしお/アフロ)

緊急事態宣言の発令に伴い「人との接触を8割減らすように」と要請され、リモートワークが推奨されてもなお通勤をしなければならない人たちがいます。医療や介護、宅配やデリバリー、レジ業務など生活に直結した分野以外でも「通勤をやめたくても出社しなければならない」という方の不安を聞くことが多くなりました。

転職したばかりでリモートできない

IT関係の企業に勤務する30代男性のAさんもその一人。ITというとすべてリモートというイメージがありますがそうではありません。システム維持のために誰かが出なければならず、またセキュリティーのため自宅で基幹システムにアクセスするリスクもあり、転職したてのAさんが出勤してシステム維持の役割を引き受けるような体制になってしまっているといいます。ここでノーというとリストラされることも考えられるので不安を抱えながら出勤しているといいます。出勤を当番制などにできるとこうした不安やリスクを減少できるので企業として対応してほしいと思います。

工場勤務のBさんは緊急事態宣言が出た際、これで工場が一斉にストップかと思い内心ほっとしたそうです。工場は生活必需品の分野ではないので休業になり補償が出るだろうと考えていました。しかしその後も企業は検討を続けるといったまま営業が続き、休めば給料がなくなるので不安を抱えながら出勤しています。朝は決まった時間に出勤なので時差出勤できず出勤したくないという思いがある一方、出ないと生きていけない、という思いの板挟みの中で過ごす毎日です。

都内の商店街で飲食店を経営するCさんは、営業を続けないと店の家賃が支払えなくなります。休業要請が出ても開店していることに罪悪感があり、従業員に感染させてはいけないという危機感もあります。本当は休業したいと思う一方、休業すれば経費を回せなくなるという葛藤でストレスを感じています。

中小企業勤務の20代Dさんは企業自体が在宅勤務の環境を整えていません。自宅でもインターネット環境がないことと今後リモート業務に転換する方針も出ていないので出勤しています。本当は嫌だけれど出勤しないと今後雇用継続できないかもしれないという不安を抱え気分がもやもやするといいます。

ダブルバインドストレスはうっぷんを生む

緊急事態宣言が発令されれば業務がすべてストップし補償されて休業になると考えていた方にとって、企業側の判断に任された今回の決定は通勤格差とでもいうような事態を生じさせています。「人との接触を減らせ」という要請と「出勤しないと生きていけない」という状態は相反する二つの心理的束縛、いわゆる「ダブルバインド」になっています。不安を抱えながら通勤や営業をする方たちはこうした葛藤によるストレスを抱えています。こうした葛藤と働き方格差は在宅勤務ができる人とできない人との心理的分断を生じさせる可能性があると思われます。

ダブルバインドに陥っている方の中には、心にたまった不満をぶつける場所がなく家族にあたることが多くなったという声もあります。そのように周囲に相談してくれる場合はいいのですが、不満をため込んでいるとそれが体調不良や家庭内のトラブルに発展することもあります。そのためダブルバインドを感じたら爆発する前に周りの人に気持ちを伝えるようにしていただきたいと思います。同じ業種で悩んでいる方との連絡網などを作っておくことが必要です。

行政によるダブルバインド対策を

人との接触を減らしたい、でも出勤しないと生きていかれない、という葛藤の中で罪悪感や不安を抱えている方のダブルバインドストレスに気がつき直接の対策をとれるのは行政しかありません。医療崩壊は懸念されていますがこうしたストレスを放置した後に起こるうつや心身症を考えて早めの対策が望まれます。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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