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冬のお仕事ドラマが描く若者のリアルな悩みー産業医の注目点

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
お仕事ドラマの注目点は?(画像はイメージ)(ペイレスイメージズ/アフロ)

1月に始まったテレビドラマが、働き始めた若者の悩みを取り上げていて興味深い。中でも「ハケン占い師アタル」と「私のおじさん~WATAOJI~」(いずれもテレビ朝日系)の2本は、毎週見ることになった。

これまでテレビドラマの主人公はいわゆる完璧型のヒーローやヒロインがほとんどだった。失敗しない、あるいはうまくいかなくても希望を失わない、いつも前向き、美しい、イケメン、などなど。そうした主人公が巨悪に立ち向かうことや、大企業と闘うことで、見る側はすっきりした気分になれる番組作りが主体だった。

産業医の相談内容とリンク

ところがこの2本のドラマの主役は、スーパーヒーローではない。番組名にもなっている、特殊能力を持つ一見さほど仕事が出来そうには見えないアタルや、妖精のイメージとは程遠い風貌なのに親しみがある遠藤憲一さんが演じるおじさん妖精は、悩みを解決する糸口を与える役目を担う。働く若者を支える、いわゆる「メンター」的な存在だ。

メンターがかなり現実離れした人物である一方で、若者の姿は、非常にリアルに描かれている。結婚を約束した男性に逃げられたり、仕事がうまくいかずいつも怒鳴られて嫌気がさしたり。その悩みは、診療の場や産業医をしている現場の相談内容と非常にリンクしている。

「いい人を演じる」その先に心身症

いま若者だけでなく職場で適応障害を起こす方に共通する傾向は「いい人を演じ自分の感情を抑圧する」というものだ。周りに悪く思われたくない、周りと波風を立てたくない、周りに評価されたい、嫌でも嫌と言えない、嫌でも断ることができず引き受ける、ということで我慢しているうちに気持ちが落ち込んだり、体に症状が出現したりする。睡眠障害、めまいや耳鳴り、胃腸障害、下痢、動悸やパニックなどいわゆる心身症と呼ばれる症状に悩まされることになる。

ニコニコする彼女の嘘が臭い

「ハケン占い師アタル」に登場する女性は同棲中の男性と別れ妊娠しているが、職場に言えずに悩んでいる。職場で波風を立てたくないし悪く思われたくない彼女は、いつも自分の意見を言わず人の意見に同調しているので疲れがたまっている。なぜか人前に出るときには香水をつけないと安心できない彼女の相談を受けた占い師のアタルは、彼女が香水をつけるきっかけになった過去にさかのぼる。子どものころ友達から「臭い」と言われて以来、自分のにおいを気にしている彼女にアタルは「体が臭いのではない、あなたの演技が臭いのだ」と告げる。いやでもニコニコしている彼女の嘘が臭いのだ、と。自分の気持ちをきちんと表現することは悪いことではなく、そうしないと周りと本当の関係を築くことができないことを教えるのである。

くしくも「私のおじさん」でも男性に振られ制作会社に就職したヒロインが、つらいのに笑顔を浮かべていることや、自分の感情を抑えて言いたいことを言えないことを妖精に指摘される。そして少しずつ自分の感情を表現できるようになっていく。

危機に気づいてもらえない

現場で悩みを聞くことが多い「嫌でもニコニコして感情を抑える」傾向は、本当のことを言ったら悪く思われる、評価が下がるという怖れや不安のためである。

こうした傾向が続くとうつや心身症の危険があるが、もう一つの危険はアルコール依存や買い物依存に陥ったり、過食になりチョコレートなどの甘いものに依存するなどして、経済的な困窮や高脂血症や体重増加などを起こしたりする。仕事の帰りにコンビニに立ち寄りアイスクリームを買いだめする、などという人もいた。

周りの人から元気そうだ、と思われているため危機に気がついてもらえない、ということももう一つのリスクとなる。職場では嫌な顔をせず元気そうにみえるため調子が悪くても気づいてもらえないで受診が遅れたりする。中には医師の前でもニコニコしている人がいて実際に心理テストをしてはじめて非常に落ち込んでいることがわかったりすることもある。

正直に自分の感情を表現する場作りを

さてテレビドラマでは占い師や妖精がひとこと「自分の感情に正直になる」ことを教え、若者たちはそれをすんなり受け入れていた。サポートするのが医師でないところがいいのかもしれない。心が壁にぶつかった時、ものの見方を転換することが大事だが、医師があれこれ言うことより占い師や妖精が告げるヒントのほうがピンとくるのかもしれない。ちなみに医師が相談にのる場合は、自分の感情を表現する場を作ることをお勧めしている。自分の感情を書くノートを作って書いたり、身体を動かして感情を表現したり、絵を描いたり物を作ったりという表現の場を作ることを提案したりする。

身体の症状はノーと言えない人の身体の言葉

嫌と言えない人、ノーと言えない人は、言葉でノーと言う代わりに身体でノーを表現してしまう。それが身体の症状として現れる。身体の症状はノーと言えない人の身体の言葉であり、ありのままの気持ちをおさえ我慢していることがある。ため込んだ気持ち、飲み込んだ言葉をきちんと表現する場があれば症状は消えることが多いのだ。ぜひ正直に自分の気持ちを表現できる場を作ってほしい。

働きがいや自分らしさを求め、仕事に対するハードルが高い若者たちに「まずは生きるために働くことから始めれば、次第に何かが見つかるよ」というメッセージを伝えるドラマ、「ほめてもらえない悩み」「つまらない仕事、やりがいがない仕事という悩み」に続く次の悩みのテーマは何になるか、毎週注目している。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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