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「酔った勢い」で失敗しないために―飲み会前に知っておきたい話

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
仕事終了の飲み会(写真:アフロ)

駅の掲示板に、飲酒をしている人の駅員への暴力行為が12月は増加するというポスターが掲載されていました。お酒を飲む機会が増える12月は、お酒の絡んだトラブルも多くなりますね。その一方でストレス解消として多少のことは容認されるという傾向もあります。気分よくお酒とかかわることを考えてみたいと思います。

アルコールで増す攻撃性

駅のエスカレーターでぶつかられたAさんの場合

仕事帰りに同僚と飲んで帰る途中の駅のエスカレーターで、後ろからきた酒臭い男性に「どけ」と言われてむかついたAさん。その場はなんとか我慢したもののむしゃくしゃした気分が続き、帰宅して妻に「遅いわね」と言われた途端に怒りが爆発。鞄を壁にぶつけ妻と口論になりました。翌日は気まずい雰囲気で朝を迎えたそうです。

ふだんは鞄を投げることなどないAさんがなぜこんな行動をとったかというと、お酒の成分であるアルコールのもつ薬理作用が影響しているといえるでしょう。アルコールを摂取するとその量に比例して攻撃性が増す、という研究結果が報告されています。加えてアルコールにより熟慮を欠いた衝動的な行動が増え罰則に対する不安が抑制され、結果として攻撃的な行動が多くなるとされています。ふだんはコントロールできる感情が抑えられなくなるためにこうしたことが起こります。

アルコールで誘発される失言・暴言

アルコールが暴言を引き起こすこともあります。今月初めにお笑いタレントが「酔っているのを理由にして言いますけど」と前置きして、漫才コンテストの女性審査員を暗に指し「更年期」「オバハン」と暴言を吐く様子がネット生放送で流れました。これが炎上騒ぎを起こしたことも記憶に新しいですが、日本ではたとえ無作法な振る舞いでも「酒の上のこと」として許されがちな文化的な背景があります。

日本では「無礼講」という言葉のもと、酒席では特に目下の人から目上に対しての発言は大目に見られてきました。この機会にとばかりに目下の人は鬱憤や不満を発散することで、目上の人間はそれを「ガス抜きだ、仕方ない」としてあえて受け入れ、飲酒による暴言に甘くしてきたともいえます。

お笑いタレントの暴言は、審査されるいわば弱者という立場の人間の鬱憤を酒を飲んでのこととして発したつもりだった一方、その発言が「更年期」という内容だったので逆に更年期で悩んだり年齢で差別を受けたりしてつらい思いをしている弱者を痛めつける発言になり炎上したという経緯が考えられます。

欧米では、酒を飲んでの言動を通常の人格と切り離してとらえることはなく、パーソナリティーは一貫しているものと認識されているので「酒を飲んでのこと」として大目に見られることは少ないといえます。ですから飲酒でストレス発散という日本式のガス抜き方法は、外資企業との仕事が多い方は当然注意が必要でしょう。

酔うと気が大きくなるのはなぜか?

アルコールを摂取すると、大脳皮質の機能が抑制されて、ふだんは大脳皮質によって抑えられている大脳辺縁系の活動度が上がり、感情が現れやすくなります。笑い上戸や泣き上戸になるのもこの影響です。

アルコールは不安感を軽減しリラックスした気分をもたらしてくれる中枢神経抑制薬と言えますが、一方で、摂取によりそれまで抑圧されてきた怒りや感情が解放されて暴力が爆発しやすくなるのは前述のとおりです。

つまり飲酒で暴言を吐いたり暴力を振るったりする人は、ふだん過度に自分の感情を抑え込んでいる傾向が強い人といえます。ふだん性欲を抑圧している欲求不満な人ほど酔うとセクハラ発言やセクハラ行動をとるといえます。

あなたは酔うと危ない人か?

次の項目に該当する人は、お酒の席ではくれぐれも注意が必要です。

  • 酒を飲むと人が変わる、と言われたことがある
  • 酒を飲んで失敗したことがある
  • 酒に強いほうだ
  • 仕事などでストレスを抱えている
  • つらくても弱音を吐かず我慢するたちである
  • 人に悩みを話したり相談したりするのは苦手だ
  • 酒以外にストレス解消の方法がない

ストレス解消を飲酒に頼る危険

憂さ晴らし、ストレス解消のためにお酒を飲むと、アルコール依存につながる危険性があります。アルコールは不安が消え嫌なことを忘れリラックスした気分をもたらしてくれます。ストレス解消の手段をもたず抑え込んだり一人で抱え込んだりする傾向がある人は、アルコールを使って感情調節するようになり依存が始まります。

憂さ晴らしアルコールから抜け出すために

1.心のポジティビティー比3:1に

100%ネガティブ感情で飲まない

嫌な気分100%、イライラや怒りが収まらないときにお酒を飲まないことです。憂さ晴らしで飲むという人がいますが、これは抑圧した怒りが爆発して後悔することにつながります。カッとした時にすぐ言葉を発したりせず、まず一呼吸おいて冷静になってから話をするのと同じことです。イライラした時に食べると過食することとも通じますから、憂さ晴らしの飲酒は禁物です。怒りに任せて飲むとさらに炎上します。

まず気分の中にポジティブ感情を少し増やしておく、ポジティブ・ネガティブ比3:1を目指すといいとされています。完全に良い気分にならなくていい、嫌な気分があっても良い気分も感じるという状態にしておいてからお酒とかかわる、つまり飲む前の心理的ウオーミングアップが有効です。上司に嫌味を言われたが同僚に「大丈夫か」と声をかけられて気分がほぐれちょっとした感謝の気持ちを抱いたり、音楽を聴いてほっとしたり、少し走って爽快感を感じたり、というようにネガティブ感情を減らしてから飲むことが大事です。

2.企業の忘年会を21世紀スタイルに

忘年会でパワハラといわれないために

働く人のバックグラウンドが多様化しており、かつての無礼講スタイルで臨むと受け入れられないことも出てきています。例えば上司に向かって発したひとことを容認してくれない上司がいたりして後々の仕事に差し支えるなどというケースもあるからです。一方の上司も宴席だからと部下に説教じみたことを話すのは要注意です。そのあと部下が職場に来なくなった原因が「宴席でパワハラを受けたから」といったケースもあるのです。

集団の結束を増すためというかつての「宴会型」忘年会から「カクテルパーティー型」忘年会に移行することが必要かもしれません。体重にもよりますが、目安としてビール中瓶1本または日本酒1合程度の量にとどめて、アルコール血中濃度0.02~0.04%の「爽快期」と呼ばれる状態でストップしておくと、気分がいい集まりになるでしょう。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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