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東京医科大女子減点の背景に潜む「ゴースト」・女性医師の視点からの検証

海原純子博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授
東京医科大入試操作問題で抗議デモ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

それは「必要悪」なのか

東京医科大の女子学生差別入試操作は弁護士らの調査で「悪しき慣行」「伝統」と批判された。しかし一方で女性医師が増え、出産や育児で短時間勤務になると、当直や関連病院への派遣などの点から病院の運営が困難になるからこうした操作は「必要悪」だという意見があることも事実である。女子学生に対する入試操作への批判は当然だが、批判で終わるのではなく、何を改善しなければならないかを検証していかないとこの問題は解決にならない。

「M字カーブ」は女性医師にも

私たちの研究グループは平成27年から女性医師の継続就労を可能にする要因の研究調査を行い昨年の第6回日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会でシンポジウムを行った。平成27年度採択の3年間の文部科学省科学研究費の助成事業である(研究代表者・海原純子)。この調査を始めた理由は女性医師が働き続けるにはどのような支援が必要かを確かめ継続就労につなげようとするものである。気になったのは、女性医師の就業率にも「M字カーブ」の特徴があるとされていることだ。

「M字カーブ」は日本や韓国にみられる女性の年代別就業率の特徴だ。出産や育児で30歳前後に低下し35歳を過ぎて回復していく。そのグラフがアルファベットのMのように見えることでM字カーブと呼ばれている。このような傾向は欧米では見られない。「やっぱり育児は女性の仕事」という文化的背景に影響されると思われるこうした傾向が女性医師の就業率にも表れているのだろうか。

出産や育児により35歳で就業率が76%に低下しその後も女性医師の就業率は男性医師を下回る。男女の医師の就業率が等しくなるのは60代になってからであり。女性医師の就業率は40代から60代まで80%台を継続していてつまり10~15%の女性医師は働き盛りでも就業していないということになる。育児が終わっても就業率が回復しない要因は何か?

男性は外・女性は内、に賛成か?反対か?

その背景を調べるため大学病院や各地の医師会の協力を得て男女の医師に、ワークライフバランスや職業満足感、家事介護の負担感などのアンケート調査を行うことにした。さらに私たちはジェンダー意識について注目し、既婚の女性医師の夫のジェンダー意識について調査した。女性医師に配偶者が「男性は外で仕事、女性は内で家を守る」という考えに賛成か反対かという質問である。さらに成育家庭のジェンダー意識について、育った家庭では女性が仕事を持つことにどのように考えていたかを調査した。

男性医師の成育家庭では「女性が仕事を持つことを良しとしていない」傾向

女性医師の配偶者の69%は、「男性は外、女性は内」という考えに賛成だった。「妻は家のことをしてほしい」という思いを持っている。

これでは女性医師は妻の立場としては働きにくいだろう。この数字とともに注目したのが男女医師の成育家庭の意識の差であった。女性医師が育った家庭は、「女性が仕事を持つことに反対」の割合は24%であったのに対し、男性医師が育った家庭では66%の割合であり男女医師の成育環境の意識には有意差がみられた。

女性医師は結婚し仕事を継続しようとした場合、夫や家族の協力が必要である。しかし夫や夫の家族が女性が仕事を持ち働くことに反対という考えをもっていたら一人で家事育児をこなさなければならなくなる。医師という仕事を継続するのにはきわめて困難なことになる。医師としての仕事は完璧にしたい、でも家では妻として母として完璧にしないと、ということで負担感は強くなる。

女性医師は家事育児の負担感で疲れている割合が男性医師より高い

男女医師の家事育児の負担感についてだが、負担感を強く感じている割合は男性医師が16%に対し、女性医師は62%であり、家事育児で仕事が妨げられていると感じている割合も女性医師が52% に対し男性医師は28%で有意差がみられた。さらに83%の女性医師は、仕事が忙しく疲れていて家事育児の時間が十分に取れないことがあると回答した(男性は66%)。

「女性が働くことに対する意識改革」が必要

私が医師になり大学病院の関連の施設の外来に派遣されたときその病院の部長に「女を働かせるなんて夫の顔がみたい」といわれたことがある。そんな時代だった。女性医師の数も少なかったので患者さんも女性医師だと「女性で大丈夫か?」という雰囲気があった。女性は男性医師が100なら120%頑張らないと男性と同等には見てもらえないと思ってきた。今はそんなことはなくなった。ただ女性医師は働き続けるときに社会のジェンダー意識と闘わなければはいけない状態は続いている。

例えば後輩の女性医師はご近所で同じくらいの年齢の子どもを持つ女性に「お子さんはかわいそうね。お母さんと一緒にいる時間が少なくて」といわれて罪悪感を感じてしまうという。夫の家族が女性が働くことに否定的なら働くことに困難さが生じる。これは女性医師だけに限らず仕事を持つ女性が感じている困難さだと思うが、日本社会が構造的に持つ「やはり家事育児は女性で母親がする仕事である。それをしないで何なのか」という意識によるものだろう。

根強く残る「心理的ゴースト」

臨床心理学者のアーノルド・ミンデルによると社会はその文化的背景による「ゴースト」を持っている、という。人はそのゴーストに気が付かないうちに知らず知らず心理的に縛られているということだ。「男性は外、女性は内」という考えはもう過去のものとされ女性の社会進出が叫ばれている。しかし実際にはその意識は「ゴースト」として社会に潜み総論賛成・各論反対という状況が存在する。キャリアを生かし社会のために働きたいと願う女性医師は一方で「家事や子育てを人任せにせず自分でしないと女性としての役割をはたしていない」という心理に追い詰められることがあるのは事実だ。それは医師だけでなく働き続けようと思う女性たちが職場で共通に感じている困難さであろう。保育所を作るだけでは女性が責任ある立場で仕事を続けることは難しい。男性が同等にごく普通のこととして家事育児を分け合えるだけの家事育児リテラシーを持つことや男性が家事育児と仕事を両立できる環境を作ることを考えないと、日本は女性進出後進国を続けることになる。そのために若い世代に新しい概念の教育をすることが不可欠だと思う。

博士(医学)・心療内科医・産業医・昭和女子大学客員教授

東京慈恵会医科大学卒業。同大講師を経て、1986年東京で日本初の女性クリニックを開設。2007年厚生労働省健康大使(~2017年)。2008-2010年、ハーバード大学大学院ヘルスコミュニケーション研究室客員研究員。日本医科大学医学教育センター特任教授(~2022年3月)。復興庁心の健康サポート事業統括責任者(~2014年)。被災地調査論文で2016年日本ストレス学会賞受賞。日本生活習慣病予防協会理事。日本ポジティブサイコロジー医学会理事。医学生時代父親の病気のため歌手活動で生活費を捻出しテレビドラマの主題歌など歌う。医師となり中止していたジャズライブを再開。

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