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利用者が少ないのになぜ黒字? SL列車のあり方を180度変えた大井川鐵道の決断

梅原淳鉄道ジャーナリスト
トーマスがけん引する大井川鐵道のSL列車

大井川に沿い、「きかんしゃトーマス」シリーズの車両で知られる

 大井川鐵道は静岡県の島田市、川根本町、静岡市葵区に路線を展開する鉄道会社だ。路線は2つあり、大井川本線、井川線ともほぼすべての区間で線路は大井川に並行しており、列車の車窓からは多くの区間で大井川の流れを眺めることができる。大井川鐵道は「大鉄(だいてつ)」という略称で地元では親しまれているので、以降はこの名称で呼ぶこととしよう。

 この鉄道は 人気テレビ番組「きかんしゃトーマス」に登場するキャラクターを模した車両が数多く在籍していることでも知られる。「きかんしゃトーマス」とは、蒸気機関車のトーマスを中心に、さまざまな鉄道車両や自動車、ヘリコプターといった乗り物が活躍するイギリス生まれの物語だ。どの乗り物にも前面には人間の顔があり、精巧につくられた模型の乗り物と人形とが豊かな表情で生き生きと動き回る映像に、子どもたちはもちろん、大人のファンも世界中に数多い。

 大鉄は「きかんしゃトーマス」の世界をほぼ完璧に再現した。トーマスをはじめ、蒸気機関車のジェームス、パーシー、ヒロ、ディーゼル機関車のラスティー、いじわる貨車やいたずら貨車、自転車のようにペダルを回して進むレール点検車のウィンストン、バスのバーティーという具合にだ。

 2019(令和元)年夏、「きかんしゃトーマス」シリーズに新しい仲間が加わった。特殊消防車のフリンである。大鉄はフリンのデビュー、そして他の「きかんしゃトーマスシリーズ」の仲間を披露することを目的として報道関係者向けのプレスツアーを7月16日に開催した。

 注目のフリンは、大鉄の本社のある新金谷駅に併設の新金谷車両整備工場内の駐車場に展示されていた。自動車ながら線路の上も走るフリンのような乗り物は現実の鉄道にも存在し、軌陸車(きりくしゃ)という。タイヤのほかに鉄の車輪が装着され、線路のメンテナンスなどを担当する。

新キャラクターのフリンの周囲に集まった報道陣ら。子どもたちの姿も目立つ
新キャラクターのフリンの周囲に集まった報道陣ら。子どもたちの姿も目立つ

 大鉄によると、この日集まった報道関係者の人数は400人ほどであったそうだ。筆者の見たところ、地元東海地方のメディアをはじめとして全国から多くの報道関係者が集まっており、外国語もあちらこちらで飛び交っていた。どうやら台湾からの取材陣らしい。

大井川鐵道のもつ2つの特長 一つは蒸気機関車、そしてもう一つは……

 大鉄は全国にあまたある鉄道会社のなかでも傑出した特長をもつ。一つは蒸気機関車を多数保有しているという点だ。大鉄には2017(平成29)年3月31日現在、6両の蒸気機関車が在籍している。全国の鉄道会社に蒸気機関車が21両しか存在しないなか、最も多く保有しているのだ。

 もう一つはあまり知られていないかもしれない。観光輸送専業で営業している距離が極端に短いケーブルカーを除き、黒字経営の鉄道会社のなかで大鉄の実質的な利用者が最も少ないという点である。しかも、大鉄はたまたま2016年度だけ黒字であったのではない。2010年代に入り、2010(平成22)年度は2509万円、2012(平成24)年度は1311万円、2014(平成26)年度は3276万円、2015(平成27)年度は3382万円の営業利益をそれぞれ挙げている。

 JR北海道の苦境は大きく報じられたので、現在地方の鉄道が直面している厳しさをご存じの方も多いであろう。沿線の人口が減少しているうえ、数少ない沿線在住者たちも自家用車で移動するようになり、利用者は大きく減少してしまった。こうなると列車の本数も削減せざるを得なくなって不便となるので、さらに利用者は減ってしまう。こうした悪循環により、いままで数多くの鉄道会社が力尽き、営業の存続を断念せざるを得なくなっている。

実質的な利用者が少ないのに黒字 その理由を探る

 大鉄とて利用者の少なさは似たようなものである。それではなぜ、大鉄は安定して黒字経営を続けているのであろうか。

 理由の一つは、大鉄の第一の特長として挙げた蒸気機関車である。大鉄は「きかんしゃトーマス」をはじめとした蒸気機関車を観光列車に使用することで、運賃や料金といった収入、そしてお土産などグッズ類の売上を得ているのだ。

 大鉄によると、2016年度の利用者68万2000人のうち、蒸気機関車がけん引する観光列車(以下SL列車)の利用者は28万7000人であったという。つまり、全体の42パーセントを占めていたこととなる。最新の統計となる2018(平成30)年度も大鉄利用者70万人中、40.6パーセントの28万4000人(1日平均778人)がSL列車の利用者であった。

 となると、大鉄は地方の中小私鉄や第三セクター鉄道にとって一つの見本となる存在と言えるであろう。大鉄を見習うかのように、中小私鉄では秩父鉄道(埼玉県)、第三セクター鉄道では真岡鐵道(茨城県・栃木県)が蒸気機関車を保有し、SL列車として走らせている。近年では大手私鉄の東武鉄道も蒸気機関車を導入し、鬼怒川線でSL列車の運行を始めた。ほかにもSL列車を走らせたいと考える中小私鉄、第三セクター鉄道は多く、明知鉄道(岐阜県)や若桜鉄道(鳥取県)でも蒸気機関車を導入できないかと検討されている。確かに、大鉄の例を見て「自社でも……」と考えるのは自然の成り行きであろう。

大井川鐵道が黒字の理由は長年走らせているSL列車による

 大鉄が蒸気機関車による観光列車を走らせるようになったのは1976(昭和51)年といまから43年も前の出来事である。「蒸気機関車の導入は当時の経営幹部の白井らが決めたことです」と語るのは大井川鐵道の経営企画室課長の山本豊福さんだ。「経営幹部の白井」さんとは、鉄道業界の重鎮として知られる白井昭(しらいあきら)氏で、名古屋鉄道を経て大鉄の経営に携わった人物だ。

経営企画室課長の山本豊福さん。SL列車の起死回生策として「きかんしゃトーマス」の導入を企画した一人だ
経営企画室課長の山本豊福さん。SL列車の起死回生策として「きかんしゃトーマス」の導入を企画した一人だ

 山本さんは次のように続ける。「白井はイギリスの鉄道を視察し、運賃収入だけでなく物販の収入といった付帯事業を行って経営を成り立たせている姿を見て、当社もこの道で行くと決めたと聞いています」。

 言うまでもなく、「この道」とはSL列車を指す。実用的な鉄道車両としての蒸気機関車が引退したのは1976年3月で、当時は消えゆく蒸気機関車に多数の人々が熱を上げ、SLブームと呼ばれた。その熱が冷めやらぬ1976年中にSL列車を走らせたのであるから、白井氏の決断は先見の明があると言える。全国の中小私鉄、第三セクター鉄道にとって大鉄は、鉄道そのものを観光資源とする先駆者としてまぶしい存在であることは間違いない。

「かつては自治体など多くの関係者の方々が当社の蒸気機関車を視察に見えました」と山本さんは語る。山本さんによれば、白井氏は大鉄を訪問した人々に対しては多くを語ることはせず、SL列車の乗車を勧めたという。そのほうが導入後のメリットはもちろん、デメリットも理解しやすいであろうと考えたからだ。

 視察した関係者の多くは蒸気機関車の導入には難問が山積していると考えたようで、その後の実績を見ると、SL列車は案外増えていない。それもそのはずで、蒸気機関車とは元来、効率が悪いとして姿を消すこととなった鉄道車両であるからだ。蒸気機関の効率は、電気機関車や電車のモーターなどと比べて著しく劣る。運転に当たっては石炭や水を大量に用意しなければならず、しかも一度の給水で走行可能な距離は限られる。

 蒸気機関車を動かすには、運転士のほかに石炭を投入する役割を担う助士が必要だ。運転操作や整備も他の種類の車両と比べて格段に難しい。大井川本線には2.5パーセントの上り勾配があり、電車であれば軽々と登っていけるが、蒸気機関車の場合は運転操作を一つ間違えれば立ち往生してしまう。

 整備の大変さも筆舌に尽くしがたい。蒸気機関車のボイラーの圧力を上げるには何時間も要するうえ、一度火を落とすと次に走行できるようになるまでに何日もかかる。したがって、蒸気機関車を走らせると決めたなら24時間体制でのメンテナンスが欠かせない。

 蒸気機関車の運転や整備は現代の車両とは大きく異なり、維持には技術の伝承が欠かせない。SL列車とは、蒸気機関車の面倒を見て、そして自在に操って初めて実現できる乗り物なのだ。

 大鉄のように年間で30万人近い動員力をもつSL列車も、それだけでは営業収支を劇的に改善する特効薬とならないことは、蒸気機関車を保有する他の中小私鉄、第三セクター鉄道の経営状況を見るとわかる。SL列車を走らせているとして紹介した秩父鉄道、真岡鐵道の両社は2016年度までの2010年代、2016年度の秩父鉄道が鉄道事業で203万円の営業利益を計上した以外はすべての年度で赤字であった。

SL列車のあり方を180度変えた「きかんしゃトーマス」シリーズ化

 大鉄を含む中小私鉄や第三セクター鉄道にとって効率的な経営は絶対条件である。しかし、観光客を誘致するための有力な手法の一つは、極めて非効率な蒸気機関車を走らせることだ。両者は矛盾しており、だからこそ成功例は少ない。ならば、大鉄は他社から見て参考となる存在であるのか、そうでないのかが気にかかる。結論から言うと、大鉄についてはやはりSL列車を主体とする鉄道会社として見習う点は多い。時代の変化に応じてSL列車という観光資源を変化させているからだ。

 大鉄の蒸気機関車による観光列車の利用者数は1976年度以降順調に増え、バブル期の1990(平成2)年度には31万3000人とピークを迎え、その後低迷が続いたものの、2010年度には26万1000人にまで回復した。しかし、東日本大震災の発生で利用者数は落ち込み、また2013年8月1日から高速乗合バスの基準が強化され、1人の運転手が日中に1運行で運転可能な時間は9時間まで、距離は500kmまでに制限されたこともあって2013年度には21万7000人にまで減ってしまう。首都圏から大井川鐵道を往復するとちょうど500kmを越える距離となり、大口の利用者であったバスツアーによる団体客が激減してしまったのだ。

 大鉄はSL列車を走らせて以来、恐らくは初めてとなる危機に瀕した。「外的な要因はあるにせよ、SLで食べていくと決めたのですから、努力をどこかで怠っていたのだと思います」(山本さん)

 対策を練ったときに思い浮かんだのは子どもたちを中心に人気を博していた「きかんしゃトーマス」だ。これまで大鉄は蒸気機関車を昔のまま、つまりレトロなイメージを大切にして利用者を獲得してきた。その蒸気機関車をキャラクター化させるというのであるから180度の方針転換と言ってよい。

「きかんしゃトーマス」シリーズの第一陣となるトーマスが走り始めたのは2014年7月のこと。運転開始と同時に多くの家族連れが押し寄せ、同年度には27万2000人がSL列車を利用し、まさにV字回復を遂げた。

 ならば、保有する車両をキャラクター化すれば中小私鉄、第三セクター鉄道にも観光客がやって来るのではと考えたくなる。それは恐らくは正しい。しかし、大井川鐵道は「きかんしゃトーマス」化に向けてまさに社運をかけた決断を下した。

 トーマスやジェームスを見ると、既存の蒸気機関車を単にお化粧直ししたのではない。大井川鐵道はニュースリリースで「ご掲載・OAの際には、通常のSLを『改造した』『顔をつけた』という表現は避けていただきますようお願い申し上げます」と記している。子どもたちの夢を壊さないという配慮であるのは当然として、もう一つはそれだけ本気で、つまりあたかも新造したかのような出来映えに自信をもっているからであろう。

 見てくれだけの改装でないことは「きかんしゃトーマス」化への投資額を見れば容易に理解できるが、残念ながらその数値を大鉄は明らかにしていない。先に挙げた「鉄道統計年報」から、車両保存費といって大鉄が保有する100両あまりの車両の維持費用の推移を見ると、導入前年度の2013年度は1億833万円であったのに対し、2014年度は1億1316万円、2015年度は1億1577万円と徐々に増え、2016年度は2013年度よりも3160万円増しの1億3993万円となった。増加分のすべてが「きかんしゃトーマス」への改装費とは言えないものの、車両への投資を増やしていることは明らかだ。

 何よりも日本製の蒸気機関車がイギリス原作の「きかんしゃトーマス」に合わせたバランスで改装されている点は評価に値する。お化粧直しに当たっては原作の権利者らの厳しい監督下に置かれ、しかも毎年チェックを受ける。そうした厳しい目からも、大鉄の「きかんしゃトーマス」シリーズの出来映えには驚かれるほどだという。

 先に述べたように蒸気機関車は元来非効率な乗り物であるから、とても手がかかる。火の粉をまき散らしながら走るので、線路際の雑草はこまめに抜いておかなくてはならない。現在、多くの地方の路線では夏になると線路際には雑草が生い茂る。なかには線路が見えなくなるほど放置される例もあり、合理化も極限にまで達したことを嫌と言うほど感じさせられてしまう。大鉄の取り組みは効率とは程遠いものの、しかしその非効率な蒸気機関車なくして達成は不可能だ。全国の中小私鉄や第三セクター鉄道がSL列車で成功できるかどうかの鍵は、一見遠回りに見える方法を実行するかしないかにかかっているのかもしれない。

(写真はすべて筆者撮影)

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鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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