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いま注目を集める「みどりの窓口」の無人化 その鍵を握る「アシストマルス」とは

梅原淳鉄道ジャーナリスト
JR旅客会社のみどりの窓口。写真左端に顧客操作型のマルス端末が見える。(ペイレスイメージズ/アフロ)

みどりの窓口とは何か

 JR旅客会社各社で運転されている新幹線や特急列車などの指定券が係員によって販売される場所を「みどりの窓口」という。単なる駅の窓口と異なっているのは、「マルス」(Multi Access seat Reservation System)といって、JRグループの鉄道情報システム(通称、JRシステム)によって構築されたJR旅客会社の座席予約・販売システムの端末が設置されているという点だ。マルスは複数のUNIXサーバーによって構成され、2016(平成28)年3月31日の時点でJRシステムが開発した9903台の端末が接続されているという巨大なネットワークだ。この巨大ネットワークにおける2015(平成27)年度のサーバーへの照会数は1日平均で771万4000回、ピーク時は同じく984万7000回であったという。1万台近く接続されたマルス端末によって2015年度には1日平均187万4000枚ものきっぷが発券され、金額にして同じく98億4700万円のやり取りが行われている。

 みどりの窓口が全国の何カ所の駅にあるかは、恐縮ながら筆者は取りまとめていない。市販されている「JR時刻表」の「さくいん地図」に載っており、駅を示す「○」の記号が緑色に塗られている駅が該当する。

 ちなみに、「さくいん地図」にはJR東海の駅にも多数のみどりの窓口が開設されているとあるが、同社によれば1カ所も存在せず、単にきっぷ売り場と呼んでいるという。駅の窓口すべてにマルス端末を設置しているので、みどりの窓口と称する必要がないからそうだが、実際のところは怪しい。JR東海と大変仲の悪いJR東日本が1990年代にみどりの窓口という名称を商標登録してしまったのが気に入らないからだと言われている。JR東日本の言い分では、商標登録は異分野の企業に勝手に用いられないようにするための措置で、他のJR旅客会社から使用料は徴収していないそうだ。

JR旅客会社にとってみどりの窓口の維持は年々重荷に

 近年、みどりの窓口は曲がり角を迎えている。地方の路線の輸送人員が減少するなか、JR旅客会社各社が安定した利益を挙げるには合理化が欠かせない。この結果、駅で多大なスペースを占め、何人もの駅員を係員として配置しなければならないみどりの窓口を維持することが難しくなってしまった。

 加えて、JR旅客会社各社は2000年代に入ってインターネットによる指定席予約サービスを本格的に稼働させた結果、大都市のターミナルでもない限り、みどりの窓口が大混雑となる光景はあまり見られなくなった。今後は少子化の進行で人手不足が予想されるので、なおのことみどりの窓口は重荷だ。

 合理化や人手不足の進行ぶりは、JR旅客会社6社の駅員の人数を見るとよくわかる。2007(平成19)年3月31日現在で6社に合わせて2万4203人の駅員がいたが、10年後の2017(平成29)年3月31日現在では2万0427人と3776人も減っているのだ。

 かつては、JR東日本の山手線の電車が1周している区間の全駅に設置されていたみどりの窓口も、2012(平成24)年度には鶯谷(うぐいすだに)駅から姿を消した。いまではさらに数が増え、原宿、代々木、新大久保、目白、駒込、田端、西日暮里(にしにっぽり)の7駅にもみどりの窓口は設けられていない。

 みどりの窓口は撤去されたものの、たとえば先に挙げた山手線の電車が1周する8駅では券売機で指定席券を購入できる。顧客操作型といって、利用者が直接操作して指定券を購入できるマルス端末がこれら8駅に設置されているからだ。

 JRシステムが開発したMV形と呼ばれる顧客操作型端末は、1995(平成7)年度に試験的に3台がJR旅客会社に導入されて以降、急激に数を増やした。先ほどの統計とは年度が異なって恐縮ながら、2014(平成26)年3月31日現在でマルス端末が9908台設置されているうち、MV形は2138台と22パーセントを占めている。同じ日にJR旅客会社には駅が4649カ所開設されていたから、MV形は2.2駅に1台の割合で設置されている計算だ。いっぽうでJR旅客会社の係員が操作する係員操作型の端末であるMR形は3885台で全体の39パーセントと最大勢力ながら、ピーク時の4000台余りと比べれば徐々に数を減らしてきた。なお、残る3885台のうち、351台は単に空席の有無を示すだけのMD形と呼ばれる空席表示端末、3534台は旅行代理店向けなどの端末だ。

 顧客操作型端末のMV形は順調に導入されており、JRシステムによれば2015年度にJR旅客会社向けに5002台のマルス端末を販売したうち、2183台と44パーセントを占めるにまで成長したという。MR形は2461台、MD形は358台とMR形は依然最も多いものの、いずれMV形に逆転されてしまうかもしれない。

顧客操作型のマルス端末の課題を解決したアシストマルス

 マルス端末の主役の座を射止めようとしているMV形にも泣き所はある。大別して3つあり、一つは取り扱っているきっぷの種類がMR形と比べて少ないという点、そしてこの理由が最も深刻で、購入時に証明書類、たとえば身体障害者手帳や学生証、シニア向けサービスのジパング倶楽部の会員証などが必要なきっぷは買えないという点、最後の理由は近年増えた外国人観光客からは利用しづらいと敬遠されてしまうという点だ。

 JRシステムはいま挙げた課題を解決すべくアシストマルスと呼ばれるサービスを開発した。このサービスはMV形に音声・映像情報入出力装置を接続し、マルス端末から離れた場所にいるオペレーターが接客するという仕組みをもつ。

 アシストマルスの利用者は、モニター装置に表示されたオペレーターの表情を見たり、声を聞きながらMV形を操作して目的のきっぷを購入する。いっぽう、オペレーターは利用者によって読み取り台に置かれた証明書類を確認したうえで、利用者が希望するきっぷを買えるように手助けしていく。外国人観光客に対しては外国語が堪能なオペレーターを配置して対応する。

 JRシステムはアシストマルスを2010(平成22)年に開始した。ここに来て急に注目されるようになったのは、MV形のうち、2015年度の販売台数が1010台と最も多く、なおかつ2次元バーコードリーダーや非接触ICリーダー・ライター搭載と、最も高機能なMV-50形にアシストマルス機能を付加したMA-50形が2018(平成30)年になって本格的に供給されるようになったからだ。

 JR旅客会社各社はアシストマルスの導入に意欲的で、特にJR西日本では2019(平成31)年3月に入って各地の駅でみどりの窓口を廃止して、同社が「みどりの券売機ぷらす」と呼ぶアシストマルス端末へと置き換えた点が大きく報じられた。JR西日本は現在京阪神地区に約180カ所設置されたみどりの窓口を順次縮小し、2030年ごろには30カ所程度に減らすという。

アシストマルスは普及間違いなし。しかし、これで本当によいのだろうか……

 アシストマルスは来る2020年代のJR旅客会社にとって心強い味方に違いない。その反面、課題もいくつか存在する。

 各所に多数のアシストマルス端末を設置したことにより、コールセンターで待機するオペレーターの数も増やさなくてはならない。もちろん統計的な手法で計画的に人員を配置すればよいと言えばそれまでだ。しかし、ピーク時には結局みどりの窓口にいた係員と同数、あるいはさらに多いオペレーターがいたという事態に陥るかもしれない。

 それから、アシストマルス機能を利用するとどうしても操作に時間を要してしまう。特にアシストマルスでなくてはならない利用者というのは元来きっぷの購入に不慣れであるから大変だ。アシストマルス端末の前で長蛇の列ができ、列車に乗り遅れたという笑えない話も実際に起きるかもしれない。

 実を言うと、アシストマルスという考え方は古くから存在する。千葉ニュータウンを走るいまの北総鉄道の北総線が1979(昭和54)年3月9日に開業した際、各駅に駅員を配置しなかった代わりにきっぷの精算を離れた場所にいるオペレーターが音声で指示する精算中央装置が導入された。ところが、列車が駅に着く時間というのは決まっているので、精算業務が必要となる時間も集中してしまう。結局、自動化された精算機の前には長蛇の列ができて不評を買い、せっかくの精算中央装置も短命に終わった。

 JR東日本は2005(平成17)年3月、MV形に自社で開発したオペレーターによる遠隔支援方式の「もしもし券売機『Kaeruくん』」(以下kaeruくん)を導入しているが、やはり同様の理由で撤退を余儀なくされている。もっとも、この時点ではMV形のマルス端末自体の機能が限られていた点を考慮しなければならない。また、kaeruくんが導入された一部の路線の沿線では廃止されたみどりの窓口の復活を求めて反対運動が起きており、JR東日本は時期尚早と考えたのかもしれない。

 アシストマルスはJR旅客会社で今後爆発的に広まって行くであろう。しかし、筆者はアシストマルス端末での混雑は解消されづらいと考える。どのみちコールセンターを設置するのであれば、一般の電話機から通話してきっぷを購入できる仕組みを整えたほうが有益ではないだろうか。

 利用者はオペレーターと直接会話しながら電話できっぷを申し込んだ後、必要に応じてファクスで証明書類のコピーをコールセンターに送信する。オペレーターは利用者の希望に応じてやはりファクスできっぷの情報を記したQRコードを返送し、そのQRコードを駅の券売機で読み取らせて現金を払えばきっぷが買えるというものだ。いま挙げた方法は全くもって1990年代までの技術を活用したもので、新しい考え方はどこにもない。にもかかわらず、アシストマルス端末の一番の利用者であろう高齢者にとって最適な方法だと言える。JR旅客会社にとってもアシストマルスと同じ効果が得られるのではないだろうか。

参考文献

『JRシステム30年のあゆみ』、鉄道情報システム、2017年

藤井和彰、「マルスシステムの展開とその安定稼働維持に向けて」、「JREA」2014年11月号、日本鉄道技術協会

溝口徳洋、川西純、小林博倫、「マルス端末におけるインバウンド対応について」、「鉄道サイバネ・シンポジウム論文集」、2015年11月号、日本鉄道サイバネティクス協議会

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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