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土葬墓地が足りない! 人手不足のその先の、深刻な埋葬事情

鵜飼秀徳ジャーナリスト、正覚寺住職、(一社)良いお寺研究会代表理事
イスラム土葬墓地(京都府南山城村)。著者撮影

 国内におけるムスリム(イスラム教徒)の「お墓問題」が、深刻な状況である。ムスリムの埋葬法は土葬だ。しかし、国内のムスリム墓地は数が少なく、絶対的に不足している。今後、人口減少社会における労働力の担い手としてイスラム圏である東南アジアなどからの外国人の流入が見込まれるが、「死後の受け皿」は整っていないのが実情である。本稿は「絶滅する『墓』 日本の知られざる弔い」(NHK出版新書)を元に構成する。

日本は火葬大国

 まず、おさえておきたいのは、土葬は国際的に禁忌とされている埋葬法では決してないということ。欧米の先進諸国でも土葬の割合のほうが火葬よりも高い国はいくらでもある。

 火葬率を他国と比較すれば、米国が45%、英国が75%、フランスが34%、イタリア18%、中国が49%、アラブ首長国連邦(UAE)はわずか1%である。各国にばらつきがあるのは、宗教上の理由が大きい。

 イスラムでは死後、肉体の復活が前提となっているので火葬を禁止している。したがって、UAEのようにイスラム教国家の場合、埋葬は土葬が基本となる。死後の復活を信じるキリスト教も同様であり、とくにカトリックでは土葬を選択する割合が高い。

 さて、在日ムスリムにとって、土葬墓の整備は切実な問題だ。たとえば日本人と外国人のムスリムが国際結婚をし、日本で暮らして亡くなるケースがある。また、外国人技能実習生や、留学生が国内で病気や事故などで亡くなる場合、さらに日本で死産したケースなど、さまざまである。

 現在、日本に在住する外国人ムスリムは16万人以上、日本人ムスリムが4万人以上といわれている。国別ではインドネシア、バングラデシュ、マレーシア、イラン、トルコ、エジプトなどさまざまだ。日本におけるムスリム人口は今後、年に10%ほどの割合で増えていくとの試算もある。

 大分県ではムスリムが増加傾向にある。技能実習生の受け入れ先は農業、漁業関連のほか、自動車やアパレルの工場など。ムスリムは貴重な労働力になっており、地域経済を支えている。

技能実習生受け入れと、埋葬の問題

 また大分県には、学生・教員ともに半数が外国籍という立命館アジア太平洋大学(APU)がある。大学関係だけでも数百人のムスリムがいるといわれる。

 ところが、死後の受け皿がまったく整っていない。現在、わが国におけるムスリムが埋葬できる土葬墓地は北海道、茨城県や埼玉県、山梨県など東日本に7カ所、西日本では京都府と和歌山県、兵庫県、広島県に4カ所あるだけだ。九州にはひとつもない。

 そのため、九州や四国在住のムスリムが亡くなった場合は、何百キロも離れた埋葬地(あるいは本国)へ遺体を運搬する必要がでてくる。その費用は数百万円単位になり、その後の墓参にかかる旅費などもバカにならない。墓の問題を抱える日本で、ムスリムは安心して死ねないのだ。

イスラムの土葬風景(ブルネイにて)。著者撮影
イスラムの土葬風景(ブルネイにて)。著者撮影

 そんな状況に救いの手を差し伸べたのが、カトリック別府教会だった。地元ムスリムに対し、好意で土葬墓地を提供してきた。先述のようにキリスト教、とりわけカトリックは原則的には土葬である。そこで、別府教会が所有する神父用の土葬墓地や、大分トラピスト修道院の土葬墓の一画を提供した。しかし、その区画数はわずか。あくまでも急場凌ぎであり、すぐに埋まってしまうことが予想された。

 そこで、別府ムスリム協会はムスリム専用の土葬用地の整備を決意。日出町の民有地を購入したのが2018年のことだった。そこでは100区画ほどの整備を予定していた。

 同時に、住民説明会も繰り返し開かれた。ちなみに土葬は墓地埋葬法では禁止していない。地元の条例にも適合しているため、町長の許可があれば土葬墓地設置が可能になる。

 しかし、地元住民らが反発した。町長や町議会にたいして土葬反対の陳情書を提出。反対の理由は①飲料水を湧水で賄っているので、水質汚染が心配②米、肉、野菜、卵など地元農作物への風評被害につながる③土葬墓の少ない西日本全域から土葬を求めて多くのムスリムがやってくることになり、土葬墓がどんどん増設されていくのではないか――などだった。

ラマダン明けの祝祭
ラマダン明けの祝祭写真:ロイター/アフロ

 それにたいして、ムスリム協会側は反論した。水質汚染に関しては、土葬予定地から水源地まで2kmも離れている。また、ほかの地域の土葬墓周辺では水質の問題が起きた事例はない。風評被害についても、土葬予定地の隣接地にはトラピスト修道院の土葬墓があって、これまで風評被害は出たことがない。土葬開設後の埋葬者も年間2−3人程度と見込んでいる――などと主張した。

 日出町議会は住民の反対の陳情書にたいし、賛成多数で採択。そこで、折衷案として土葬候補地を別の場所の町有地に移した。住民の事前協議も終え、いよいよ正式に申請すれば町が許可を出し、土葬墓地整備に取り掛かれるとみられていた。

 しかし、今度は新候補地に隣接する杵築市の住民が怒り出した。「寝耳に水」として、反対の陳述書を市に提出する。そして議会が採択し、事態は完全に膠着状態になった。候補地のたらい回しの様相を呈してきた。

 本来、信仰に基づく墓地の整備は、技能実習生らを受け入れている地域や行政の責任だ。現状では、ムスリムの人権や、信教の自由が侵害されている状態だ。大分だけではない。日本は将来的には外国人労働者に頼らざるを得ない状況になる。「ゆりかごから墓場まで」整備して迎えることは、人道上当然だと思う。

仏教寺院がムスリムの土葬墓を整備

土葬墓地を整備している高麗寺(京都府南山城村)。著者撮影
土葬墓地を整備している高麗寺(京都府南山城村)。著者撮影

 2022年に国内最大級の土葬エリアを設けたのが、京都府南山城村の韓国系禅宗寺院の高麗寺だ。高麗寺代表役員の崔炳潤(サイヘイジュン)氏に会ってきた。

 高麗寺は極彩色の伽藍が特徴的な韓国系の禅宗(曹渓宗)寺院で、山間部に5万坪もの敷地を有している。曹渓宗は韓国では最大の仏教宗派である。高麗寺は日本における中心拠点であり、大阪市にも分院がある。韓国仏教は檀家制度を敷いていないので詳細な信者数は不明だという。だが、在日韓国人の心の拠りどころになると同時に、墓所を設けて弔いを続ける宗教空間としては、日本の仏教寺院と変わらない。

 高麗寺には数百基以上の火葬骨用の霊園がある。さらに霊園の拡張工事が進んでいる。一般の区画に隣接して、土葬専用墓地を造成するためである。棺を運搬するための専用道路も完成間近(2023年3月時点)だ。

 現在、500区画ほどが整備済みだが、最大3500区画ほどを設けられるという。高麗寺霊園は、国内最大の土葬墓地である。

 これほどのキャパシティがあれば、近畿一円における土葬希望者が心配する必要はなくなりそうだ。高麗寺ではムスリム以外にもキリスト教や儒教など、土葬率の高い宗教も受け入れる。宗教によってエリアを分けているので、どの宗旨であっても安心して眠ることができる。もちろん、日本人であっても土葬可能だ。

 崔氏が土葬墓の整備に手を挙げた理由は、自身の生い立ちと、日本で一生をまっとうするムスリムの境遇を重ね合わせたからだ。崔氏は在日韓国人の2世として和歌山県田辺市に生まれた。崔氏は幼い頃から、いわれのない差別を受けて、希望する就職も叶わなかった過去をもつ。差別にたいする反骨から、あえて日本国籍を取得することを選ばず、現在も在日韓国人のままで通している。

 崔氏は27歳の時に大阪・鶴見で自動車整備工場を起業。崔氏の母親が熱心な仏教徒であった縁がきっかけで、30年前に高麗寺に招かれ、前管長の手助けをし、高麗寺の代表役員に就任したのが2014年のことだった。当時の高麗寺は無住で荒れ放題だった。崔氏は経営する自動車整備工場ごと南山城村に引っ越し、在日韓国人の浄財で創建された高麗寺の再生に心血を注ぐことになる。

 崔氏は在日韓国人のための墓地の整備を手掛ける中で、「日本には土葬ができなくて困っている人がいる」という話を聞いたのが、土葬事業を始めるきっかけだ。

「差別を受けて過ごしてきた者として、差別を受けている人の助けになろうと思ったのです。土葬墓地をつくろうと思っても、許可を得るのに地元住民から反対運動を起こされるのが現状です。死後の復活を信じるがために土葬墓に入らなければならないのに、入れる墓地の認可が受けられない。そんな人生の最後を円満に迎えられなく差別を受けているイスラム教徒やキリスト教徒たち異教徒、異民族の人たちのお役に立てるのであれば、と思い、人生、最後のご奉仕のつもりで土葬墓地を始めたのです」

日本人が、土葬を望むこともある

 2022年2月から、土葬の受け入れを開始。現在、2体が埋葬され、生前契約はすでに20件ほど入っているという。

 2022年12月に第1号として土葬されたのは、愛知県瀬戸市に住む日本人女性だった。彼女は一般的な仏教徒であったが、土葬を強く希望していた。全国の土葬希望者に、最適の土葬墓地を紹介する「土葬の会」(山梨県)経由で、高麗寺が埋葬地に選ばれた。

 2人目は、ムスリムのトルコ人を夫に持つ日本人女性の母(石川県在住)。娘の結婚をきっかけにして、自身もムスリムに改宗したという。この女性の場合、メッカのある西方向に遺体をむけて埋葬したという。

 神奈川県在住のカトリックの夫婦が訪れ、自分達が入るための2区画を予約契約していったケースもみられた。

 九州では土葬にたいする強いアレルギーがあるのに、この村では反発もない。高麗寺で大規模土葬墓の設置が可能な理由は、南山城村やその周辺地域では数年前まで、土葬が当たり前のように行われていたからだ。

 土葬墓の設置を巡って紛争が起きる地域もあれば、受け入れる地域もある。紆余曲折のなかで宗教や国境を超えてキリスト教、仏教が連携しムスリムの人を助けようとする精神が育まれてきていることも事実のようだ。

 本稿は「絶滅する『墓』 日本の知られざる弔い」(NHK出版新書)を元に構成した。

ジャーナリスト、正覚寺住職、(一社)良いお寺研究会代表理事

京都市生まれ。新聞・経済誌記者などを経て、2018年に独立。正覚寺(京都市右京区)第33世住職。ジャーナリスト兼僧侶の立場で「宗教と社会」をテーマに取材、執筆、講演などを続ける。近年は企業と協働し「寺院再生を通じた地方創生」にも携わっている。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』『仏教の大東亜戦争』(いずれも文春新書)、『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)など多数。最新刊に『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)。一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事、大正大学招聘教授、東京農業大学・佛教大学非常勤講師など。

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