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「対立が先鋭化する世界」と「対立の”見える化”すらできない日本」について

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典:ESTONIA TOOLBOX

 ウクライナに加え、パレスチナでも紛争が続く中、トランプ氏の再選の兆しもあり世界は“世紀末”の様相である。世界あちこちで対立が先鋭化しこれまでの平和を支えた秩序の崩壊の危機が迫る。かたや日本の国内は極めて平穏だ。表出すべき対立が「見える化」すらされずに既存の仕組みが静かに崩壊していく。

 世界も日本も戦後、80年近くを経て、スタイルは違うが今まで当たり前だった平和な日常と安定的な未来展望を失うリスクに直面している。AI(人工知能)の危険性を論じる前に人間が自ら社会を壊してしまうリスクを考える時期に来ている。

●世界を引き裂く4つの事象

この数年来、世界は落としどころのない対立に翻弄されていきた。第1に世界の覇権をめぐる米中の対立、第2にロシアのウクライナ侵攻、第3にイスラエルとパレスチナの対立、第4にトランプ前大統領とバイデン現大統領に象徴される米国の分断だ。

いずれも対立の主役ははっきりしている。しかし対立は理念や世界観をめぐるものであり、経済利害の対立とは異なり妥協の見通しが立たない。米中対立は、自由と民主主義の普遍的正しさを確信する米国と、そんなものは米国が自国都合で世界を支配するための道具でしかないと見る中国との対立である。これは相手国に対するいわば”人格否定”にも等しい理念と世界観の対立であり、妥協や融和の余地が乏しい。

ロシアも同じだ。ウクライナは歴史的にロシアの一部だという主張はいわば急に持ち出された“天動説”であり、ウクライナはもとより、独立国家の主権を信じる西側諸国には理解しがたい。地動説と天動説はどちらも宇宙観であり交わらない。まるで神とは何かを巡るキリスト教とイスラム教の対立に等しく、妥協点は見いだせない。この構図はイスラエルとパレスチナも同じである。さらに世界の盟主の米国内でも「短期利益追求型小国主義」ともいうべきトランプ支持者と、「理念立脚型大国主義」のバイデン支持者との対立が先鋭化しており、両者の主張は全く交わらない。

●4つの事情が連立する危険を考える

こうした状態が続くと世界はあちらこちらで切り裂かれ、あるいは対立が続くと精神も経済も弱体化し、随所がずたずたになっていく可能性がある。さらにこれら4つがもしも連立方程式のように連動した瞬間――たとえば、トランプ氏が勝って、イスラエルが過激化し、米国がウクライナ支援をやめてイスラエル支援に傾注するとロシアと中国がますます台頭する。そして中国が逡巡する米国をしり目に台湾に侵攻――という展開もありうる。

戦後の約80年間、明るい理想主義と経済成長のもとで楽観協調主義により過ごしてきた世界の基調は暗転し、第1次世界大戦前夜のような空気に包まれるかもしれない。2024年は持ちこたえられたとしても、その先の明るい展望が描けない。いったんは切り裂かれてみないと世界の展望は開けないのかもしれないーーというのが私の内心の悲観論である。

●日本では対立がそもそも「見える化」されない

国内はどうか。こちらは世界情勢とは逆に「対立の構造すら”見える化”できない」という暗中模索の状況にある。世界はチキンレースのような緊張にさらされている。一方で日本は霧の中、道路の真ん中をぼうーっと歩いているような気持ち悪さが国内にまん延している。何しろ将来展望はもとより目先の争点が乏しく(たとえば今更議論しても無意味な大阪・関西万博の賛否くらいか)、戦いの担い手も見えない。国内で政治的争点とされる数々の課題はいずれも本質が明らかにされないまま、玉虫色の答えと若干の補助金が与えられ、問題が先送りされ続けている。

たとえばライドシェアの解禁問題。一部の政治家がバスやタクシーの運転手不足の問題を機に必要だと言い出し、その後、タクシー業界と国土交通省が守旧派と言われつつある。しかし本当の主役は第1には交通弱者に代表される利用者(国民)、第2にはタクシーの運転手たち(労働組合など)、第3にライドシェアビジネスをやりたいベンチャー企業だろう。最初に起こるべきはタクシーの運転手たち(労組)と解禁を叫ぶ消費者の主張のぶつけ合いのはずだが、どちらの声も聞こえてこない。各種消費者調査では「不安だ」「政府がちゃんと審査してほしい」といった意見が多い。またタクシーの労組は、本来は車両が余っているのに運転手が足りない中、2種免許の要件緩和など運転手を増やす方策を政府に求めるべきだろう。そのうえで政府は「海外では当たり前のライドシェアを解禁したいがどうか」と消費者に投げかけるべきだ。ところがこの問題は「守旧派のタクシー業界&国交省」対「改革派の政治家」という構図で解釈される気配があり、釈然としない。

●労組の弱体化がもたらす人手不足問題

本当の対立があぶりだされてこないという最近の日本の問題の典型は、エッセンシャルワーカーの人手不足問題である。人手不足はタクシーのほか路線バスの運転手、介護スタッフ、、学童保育のスタッフなど多くの業界に及ぶ。通説では、介護は介護保険制度の制約があり利用料金が上げられず、スタッフの賃金にしわ寄せがくるらしい。学童保育のスタッフ不足の問題も政府予算の制約のしわ寄せがスタッフの低賃金や過少配置などの根っこにあるといわれる。

だが、もしそうならば原資を増やすべく介護保険制度を変え、政府の予算を増やしたりすればいい。それができないのは政治家がこれらの課題を重視していないことにある。

また、これら人員不足や賃金の問題の本来の主役は、本来は労働組合である。だが今どきのワーカーは労働運動で待遇改善を訴える以前に離職してしまう。だから一連の人員不足は形を変えたストライキ、職場放棄といえる。本当は賃金の値上げをめぐる激しい対立が根っこにはあるべきところ、労組が弱体化し雇用も流動化したせいで対立が起こらない。かくして政治家は労働条件に目配りせず、消費者や納税者にも負担を迫らない。その結果、我々は(政治家に忖度され)、意図することなく(おそらく不当に)安い料金で介護や学童保育のサービスを利用できている。そしてその裏で労働者は黙って職場を去り、サービスは劣化し制度は形骸化していく。

●財政再建の放棄も同じ構図

ちなみに財政危機も同じ構造である。何かと理由をつけて財政再建の先送りを続けた結果、為替市場で円は弱体化し日本人は貧しくなっている。その中で岸田政権は唐突に所得税減税を打ち出し、かえって国民の支持を失っているほどだ。財政問題も本来は緊縮派と拡張派が論争を広げるべきところ、どの政党も国民に忖度して財政再建を筆頭政策に掲げない。

このように日本では対立が目に見えないがゆえに平和だが、かえって崩壊が進んでいく。世界と逆の形だが、平和な日本はシステムが自己崩壊する危機に瀕(ひん)している。

●世界観と主体意識の構築

極端な対立が世界を引き裂きそうになった時期はこれまでもあった。1962年のキューバ危機では若きケネディ米大統領が主戦派の軍幹部を抑え、ソ連との対話を進めて核戦争を回避した。80年代の米ソ軍拡競争ではソ連のゴルバチョフ書記長が自ら核実験の停止を言い出し、実行した。あの決断がなければどこまでエスカレートしていたかわからない。世界はこれまでリーダーの偶然の采配の上に平和を保ってきただけといえよう。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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