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大阪の行政と街はこの15年でどう変わったのかーー「改革評価プロジェクト」の報告書を読む(上)

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
筆者所蔵画像

 財政再建、学力向上、インフラ整備など大阪がこの15年取り組んできた改革が着実に成果を上げていることがデータで確認できた。大阪府と大阪市は昨年度から合同で橋下改革以来の15年間の行政改革と都市構造改革の進捗を評価してきた(「改革評価プロジェクト」)。今回その結果が発表された。改革の進捗評価は2014年と2018年にも行われたが今回は4年ぶりだ。コロナ禍で芳しくない分野もあるが、生活保護の受給者の増加や企業の本社の流出など過去にワーストランキングを総なめした惨状からは確実に脱したと言えそうだ。評価の対象は、2008年に始まった橋下改革以降の15年分の改革(以下「維新改革」とする)である(報告書原文はhttps://www.pref.osaka.lg.jp/attach/40016/00455340/02shiryou2-1.pdf を参照)。

〇維新改革は行政の改革にとどまらず

 自治体が取り組む行政改革では、予算の見直し、職員の削減、組織の簡素化など、庁内業務の効率化が中心となる。15年前に始まった維新改革はそこにとどまらず、都市全体の成長戦略、インフラ投資、子育て支援、社会政策のイノベーションなど社会・経済全体を含む都市全体の再生を目指していた。そしてこの15年で大阪は大きく変わった。歴史の長い巨大都市の改革はしがらみが多く、大変だ。しかし政治と行政が主導すれば、府庁や市役所の仕事のやり方や財政再建にとどまらず、街のありかたも徐々に変えていけることがわかった。

〇まずは行政改革、そして企業、さらに住民

 大きな流れを振り返ると、2008年に橋下徹氏が大阪府知事に就任した。当初は大阪府が単独で補助金見直しなど行財政のスリム化に取り組んだ。やがて2011年の府知事と大阪市長のダブル選挙の後、府と市が連携して改革に取り組んだ。大阪市は特に人員数の見直しに、府は財政再建に注力した。さらに、いわゆる“えせ同和”の問題、第三セクターの不良債権処理などにも取り組んだ。

 改革の基本線はシンプルだった。府と市はまず自らの行政改革を断行した。一方で当初から「削るだけではなくて投資が必要」と考えた。改革でひねり出した資金と人員を使い、遅れていたインフラ整備に着手した。大阪では都市の環状道路の建設が首都圏や中京圏に比べ大幅に遅れていた。空港アクセスの鉄道整備も遅れていた。

 同時に手を着けたのが、学力向上、子育て、将来世代への投資だった。今回のデータでは改革を始めて7年目の2015年くらいから企業が反応し始めたことがわかる。この年は松井知事、橋下市長の2トップ体制のもと都構想の住民投票が行われた年だ。目端のきく企業が大阪は本当に変わり始めたと感じ投資を始め、ホテル建設が一気に加速した。

〇大阪問題からの脱却

 大阪の改革で最も難しい課題は、いわゆる大阪問題、貧困層や生活保護への取り組みだった。これはまだ解決したとは言えないが最悪期は脱したといえそうだ。

 大阪問題とは何か。第一に深刻な財政赤字である。そのためインフラ投資ができない。そのため企業が将来不安を感じ研究所を神奈川に滋賀県に工場を移すといった動きにつながった。当然、雇用が減り、失業率が上がり、所得も上がらない。それが税収減につながる。ますますインフラ整備は遅れ、さらには弱者にしわ寄せがいき、生活保護率が上昇しシングルマザーが生活難に陥る。2000年代初頭の大阪は欧米都市で問題になったいわゆる貧困の悪循環(再生産)の状態に陥っていた。

 治安も悪化していた。どこから手を着けていいかわからない非常に難しい状況だった。しかし知事が変わり(08年)、次いで市長も変わった(11年)。府も市も役所がまず身を切る改革をやり、改革の原資を捻出した。あわせて将来に向けた展望を企業と住民に示し一緒に改革しようとアピールした。財政資金は、遅れていたモノレールの延伸や淀川左岸線の高速道路整備などインフラ整備と現役世代への投資、特に教育に集中投入した。企業が安心して民間投資が回復し、やっといい循環に入りはじめた。

 具体的には、2008年、大阪府の財政再建のプロジェクトで橋下知事の「収入の範囲内でやる」という決意表明から始まった。2011年以降は橋下氏は知事を辞めて大阪市長になる。大阪市は京阪電鉄出身のプロ経営者を交通局長に招き地下鉄の合理化(のちに民営化)を始める。また民間より4割も高かった市バス職員に代表される給与のカット、職員数の削減などをやった。民営化できるものは全部民営化し(公園の指定管理者制度導入など)府と市で重複する事業も全部見直した(信用保証協会、中小企業支援組織、各種研究所、大学等)、また文化施設や動物園も独立行政法人化した。こうして2015年くらいまでに行財政改革のメニューにはすべて手が付き、やがて2017年には他都市に比べて極めて過剰だった大阪市の職員数は正常化し、外郭団体数は激減した。

 今回の改革の評価では長年悩まされてきた財政問題にもめどがついたと判明した。大阪府では経常収支比率が大幅に改善、府債の償還財源となる減債基金も2024年度までに復元完了できるめどが立った。大阪市も積年の悩みの阿倍野再開発事業の単年度収支不足が2023年度末までに解消できるめどが立った。今年は15年を要した行財政改革で一区切りがついた年と言えよう。

 インフラについては、やっと作った関西国際空港を何とか生かすべく、橋下知事時代に当時の民主党政権(前原国交大臣)とかけあい先鞭(せんべん)をつけ、その後の紆余曲折を経て2012年に伊丹空港の民営化と関西新空港との経営統合ができた。モノレールの延伸や地下鉄なにわ筋線の建設なども2015年から19年にかけて投資が決まった。それとセットで大阪・関西万博の開催も18年に決まった。

 さきほども述べたが企業の反応が良くなったのは2015年くらいからだ。有効求人倍率が上がり2017年には地価の上昇率が日本一になった。オフィス空室率は今や東京よりも低い。

〇データでみる改革の成果

(1)職員数

大阪府の職員数は、全国で人口当たり最下位。極めてスリムである。大阪市は政令指定都市の中で最も過剰だった。だが、地下鉄やバスは民営化し、病院、博物館などは合理化し独立法人化した。人口当たりの職員数は今は政令指定都市の平均レベルになった。

(2)財政

 大阪府は地方債残高を膨らませ、以前は全都道府県の中で最下位だった。それが大阪府の将来負担比率(自治体の財政規模に対する地方債等の負債の比率)は今では全国13位。平均に近いところまで回復した。大阪市の将来負担比率は、20ある政令指定都市のうち13位だったのが、今は圧倒的1位になった。

(3)交通インフラ

 地下鉄なにわ筋線の建設など鉄道や道路のインフラ建設は府と市の利益が一致せず遅れていた。それが2011年以降、府と市の話し合いが急速に進んだ。2012年、13年あたりに計画がどんどん決まり、その後は都市計画決定を経て最近、次々と着工している。阪神高速の淀川左岸線も2017年についに着工した。

(4)教育・子ども関係

 教育は基礎自治体の仕事なので大阪市のデータとなるが10年前は65億円で一般会計に占める比率は3.9パーミル(‰)だった。それがこの10年間でほぼ10倍になった。子どもたちの変化は比較的早い。全国学力テストの成績は、小学校の算数、国語はだんだん上がってきた。中学校は、数学や国語は全国よりかなり低かったが、平均に近づいてきた。中学校の英語は全国平均より相当下だったのが、今は全国平均よりも高い。高校は授業料無償化が始まり、また中退率は下がった。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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