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大阪の創造都市戦略に学ぶーー全国一律の「地方創生」マインドを捨てよう

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典:筆者撮影

 「地方」のあり方について全国一律で「地方創生」「地域再生」と語るのは間違いだ。地域の戦略はその地域がグローバルな「都市間競争」に参加しているか、そうでないかで大きく違ってくる。

〇「グローバル都市」と「ローカル地域」

 「地域」の姿は極めて多様だ。同じ地方でも県庁所在地といわゆる田舎は違う。大都市でも大阪市、東京都、さいたま市などは人口が増えているが他はそうでもない。そんな中で政府は「地方創生」を掲げ、全国を一律に「地方」ととらえ活性化を謳うが「政治的配慮」以上、何の意味もない。

 そもそも地方では中核都市を除くと「地方創生」どころか「持続可能性」が課題だろう。若者がどれだけ居つくか、小中校が維持できるか、ぎりぎりの地域が多い。もちろん努力して人口や所得が上がっている地域もあるが数は少ない。そもそも世界はどんどん都市化している。世界人口の55%はすでに都市に暮らし、ますます都市への人口集中が進む。何もしなければふつうの「地方」は衰退すると考えるのが合理的だ。こうした地域を私は「ローカル地域」と呼び、大阪や福岡など東京以外の都市部を「グローバル都市」と呼ぶ。そして両者の戦略は分けて考えるよう提唱している。

〇ローカル地域と持続可能性

 さて「ローカル地域」についてはこうした厳しい現実をふまえたうえで将来に向けてその地域を、①畳むのか、②持続可能にするための現実策を考えるのか、③発展させるのか、若い世代の人たちは現実的な絵を描く必要がある。

 ちなみに地域を「畳む」とかいうと不謹慎だの「見捨てるのか」という批判をいただくことがあるが、大事なことはその地域の人々の人生と暮らしである。地域はあくまで道具であり舞台でしかない。会社も同じで重要なのは社員の人生であり会社の未来ではない。我が国では「会社」や「地域」を運命共同体ととらえ、丸ごとそれを延命させる議論になりがちだが、会社も地域も道具でしかない。そういう視点に立った時に「畳む」という戦略は出てきてよいと思う(ヨソモノの意見ではなく、あくまでその地域の人々の主体的な判断として出てきた場合の話だが)。

〇冷徹な現状認識から出発

 かつては産業化で農村から工業地帯に人が集まった。今はサービス業など第3次産業化の時代だ。農村だけでなく工業地帯からも若者は魅力的な大都市に出ていく。人々はやりたい仕事やより豊かな生活ができる地域に移動する。例えば地元の大学や専門学校を卒業してもそれに相応しい職業が見つからなければ、都市に出ていく。政府は「東京一極集中の是正」「地方への人口分散」を言い続けるが現実は真逆に動いてきた。地方の振興は政治の努力、スローガンとしては理解できるが現実には難しい。要は「地域創生」のとらえ方の問題だが、国の一律的な施策ではなく、その地域の人たちがそこを「持続可能な地域にしたい」と考えたときにそれを実現する国や県の支援策と考えるべきだろう。

〇農業だけでは食べていけない

 農業そのものは食糧安保に直結し、国全体にとっては大切な産業だ。だが、米どころの新潟市ですら農業は雇用者数の2%、域内総生産の5%にすぎない。しかも補助金に依存して成り立っている。一部の果樹やハーブを除くと農業だけで地域が支えられるか疑問である。そこで6次産業化が唱えられているが、現実には加工技術の開発やマーケテイングの取り組みまで自前でできる農家は少ない。そもそも今の農家は機械の購入から作物の販売まですべてを農協に依存する。そうした地域で6次産業が育つかどうか疑問だ。

〇工場やモールの誘致は焼き畑農業と同じ

 工業については特定地域に何かの産業を集積させる計画が目につく。だが土地だけ用意して生産設備だけを誘致しても持続可能なイノベーションは生まれない。半導体が典型だがすでに技術を確立した企業の工場を地方に誘致するのは確かに常道だ。そして誘致は地元に雇用を生み出す。しかし研究開発、製品改良のノウハウは生産拠点よりも本社や研究所に集約される。工場は償却が終わるとより良い適地や人件費が安い場所に移転しやすい。よそからの大型工場誘致はその時は華やかでいいが、もともとあった小さなビジネスで創意工夫をしていた人材が一時雇いのワーカーに化けてします。ショッピングモールも同じだ。パートやバイトの仕事がたくさん生まれ、雇用も売り上げもごっそり持っていく。おかげで細々と数か所で食品スーパーを経営していたような地場企業が廃業に追い込まれる。しかし、やがてそうしたモールも減価償却を終えるとその地から出て行ってしまう。するとあとには何も後に残らない。誘致への依存は“焼き畑農業”に似ており、危険である。地場産業が創意工夫をやり続け、生き残れるような仕組みを作って誘致に臨むべきだろう。

〇ローカルアントレプレナーの育成

 地域に産業を育てようと考えるなら、小さくてもいいから何かのイノベーションを自分で引き起こせるアントレプレナーを育成するべきだ。そのためには地元の教育機関が大切だ。そして次は自治体や地方の金融機関が支援を惜しまないことが重要だろう。

 どこの地域にも産業にしろ観光にしろ何かのポテンシャルはある。ポテンシャルがあるから今まで人が住んできた。だが新たにリスクを取って何かをしようというアントレプレナーが出てこない限り衰退するだけだろう。仮にそうした人物がいても潰されてしまうことも多い。たとえば地元の中小商店の跡継ぎが頑張って商店街に有機野菜のレストランと野菜の即売センターを作ったとする。だが「ロットが小さいから面倒だ」と言って近隣の農協が協力せず、結局長続きしない、といった例が各所にある。悪意なき無関心が地域の発展の芽を摘んでいる。

 ちなみに地元のやる気のある企業を成長させるうえで、ふるさと納税や道の駅、インターネット産直などのチャネルは重要だ。中間組織を介さずに直接、全国や広域の消費者に直接販売できる。直販すると商品への評価も得られ、商品の改良が始まる。そこから広げていくと産業化などもできる。筆者はいろいろな地域で人々の話を聞くが今のところ、そうした試みをする人々は全体の2割もいない感じだ。アントレプレナーを発掘して励まそうという地域ぐるみの気運と努力が欲しい。

〇都市は「グローバル都市間競争」の意識から

 さて、同じ地方でも都市が抱える課題は違う。都市はミズモノ、あるいは資本主義の申し子である。経済と発展の思惑の中で雇用も立地も観光集客も動いている。「成長と発展」を掲げ続けないとやっていけない。「持続可能でいいや」という体裁をとったとたんに他都市に人材も投資も逃げていく。都市は遊民的な技術者、高度人材と企業に支えられている。彼らは移り気である。常にベターな場所、これから旬になりそうな場所を探している。その夢と願望に沿ったビジョンを常に出し続けていなければならない。そしてその競争は国内にとどまらず、グローバルレベルである。

〇国家主導の都市戦略の愚かさ

 ちなみに都市の戦略やビジョンは国が立てるものではない。なぜなら国は都市から富を吸い上げ、地方に再配分する存在である。構造的に国と都市は競争する。また国はえこひいきできない。政治的に国土の均一的発展などというおよそ戦略論的には間違いが明らかな都市戦略しか示せない。よってまったくあてにならない。そもそも都市の方が国なんかよりはるかにグローバルな存在である。ドメスな国の意見なんかに従っていたら滅亡しかねない。

 ちなみに東京など多くの大都市は震災など災害リスクを抱える。データセンターの分散化はもう始まっているし、電気も地域で発電して常に域内で安定供給できる体制を整備すべきだろう。ただ、それを国が主導すべきかという意見もあるが私は懐疑的だ。なぜなら計画経済的な機能分散の計画は成功したためしがない。また国には財政支援の余力がない。

〇都市間競争と都市戦略が重要

 それより大事なことは「都市間競争」と「都市戦略」だ。ここでいう都市とは、政令指定都市や県庁所在地あたりの人口数十万人規模が対象になる。これらの都市はクリエーティブな人材や先端企業の立地先として常に競争する。もちろん海外都市とも競争する。

〇創造都市戦略

 ここで重要なのはリチャード・フロリダが提唱した「創造都市」の考え方である。彼は21世紀の富の源泉は文化芸術や才能ある人材(タレント)がもたらすイノベーションだと考えた。経済をけん引するのも企業や工場ではなく人材(タレント)だと考え、それらを誘引するのが創造都市戦略だとした。その中核は大学や文化施設である。コミュニケーションや癒しをもたらす公園やレストランも必要だ。創造都市には多くの地域からタレントが集まり、彼らの交流から新たな発想やイノベーションが生まれる。かつての都市は空港や鉄道などインフラが重要だったが今後は文化や芸術が大事だ。

〇大都市大阪の創造都市戦略

 ちなみに大阪はまさに産業都市から「創造都市」に脱皮しつつある。典型が昨年開館した中之島美術館である。大学も府立と市立を統合再編して森之宮地区に新キャンパスを作っている。大阪城や天王寺公園の大規模なリニューアルも公民連携で成功させた。大阪城公園は大和ハウス、関西テレビ、電通などのコンソーシアムが運営受託して50億円も投資して大阪城のお堀の周辺を回遊できる魅力的な公園に変えた。天王寺地区では大阪市と近鉄が連携して天王寺公園を一面芝生にし、周辺をお洒落な飲食施設で囲んだ。市民が多数集まる憩いの場になった。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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