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大都市自治体を経営改革する-臨床的知見をもとに(下)

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
筆者撮影(名古屋市)

前回は筆者が関わってきた福岡市、大阪府・市、新潟市、東京都の4つの大都市の経営改革を紹介した。今回はこれら大都市の経営改革はどういうメカニズムのもと進められてきたのかを考える。まず、従来型の行政改革では見られなかった特徴を4つ挙げたい。

●経営改革と行政改革の違い

(1)資源投入の削減よりも費用対効果に着目

 従来型の行政改革では、予算削減と組織・人員の簡素化が直接の目的とされてきた。改革は財政当局が主導し、推進の拠り所(よりどころ)は財政赤字だった。現場部局は当然、抵抗する。そこで行革専門の部署が設けられ、全部門に対して一律に「予算(あるいは人員)を○○%削減せよ」といった数値目標を与えることが多かった。行政改革は、現場の自律改革を促すよりも、上から下におろして進めることが多かった。行政機関では、何事も時間をかけて毎年少しずつ取り組む。行政改革も毎年少しずつ、進められてきた。よって、何年たっても行政改革室はなくならない。

これに対し経営改革は、期限を区切ったプロジェクトから始まる。まず、事業・サービスのあり方を全面的に見直す。事務・事業の必要性を見直し、次に顧客(住民)が期待するサービスのレベルや政策手段(規制か補助金かなど)の妥当性を見直す。そのうえで存続すべきと考える事業について、費用対効果を最大にする余地がないか探る。

そこから見えてくる改革案は、小さなサービス改善や節約もあるし、民営化、民間委託、独立行政法人化などの経営形態の見直しのような大きなものもある。見直し作業はまずは現場の行政パーソンが自らの事務・事業を数字とロジックモデルを使って自己点検する。その作業には庁外の第三者が関与する。その結果、既存の作業手順の見直しなど現場レベルの改善策が見えてくる。その次に予算や人員の見直しの話になるが、経営改革では必ずしも削減から入らない。なかにはもっと予算や人員を投入して効率を上げるべきという結論になることもある。

(2)小さな改善からスケールアップ

 このように経営改革は、実は個別の現場レベルの小さな事務・事業の合理化の積み重ねから始める。まずは現場レベルが生産性とサービス品質を自ら評価し、現場で解決できること、例えば作業手順の見直しなどを考案し、すぐやってみる。そのうえで予算、人員、組織、制度などを変える必要がある場合には、その必要性を数字とともに「見える化」して幹部、管理部門、首長に問題提起する。

 さらに、それをやってみても大きな改善が期待できない場合には、より大きな解、つまり民間委託や民営化など経営形態の見直しなどを検討する。同時に、近隣自治体との共同事業化など、水平連携も考える(特に水道、下水、消防、ごみ処理、公共交通エネルギー等のインフラ事業)。

 経営改革は、最初は地味な小さな改善から始める。しかし必要となれば、思い切って大きな解決策を考える。筆者が関わった大阪市の地下鉄民営化でもこの手順を踏んだ。まずは公営の事業形態のなかでできる限りのサービス改善を実践した。そのうえで官庁入札制度のせいで調達コストが下がりにくい等の分析をした。そうして民営化の必要性を現場を巻き込みながら考えていった。そのため民営化への現場の理解が早くから得られた。民営化は議会では何度も差し戻しとなったが、現場は当初から賛成だった。

(3)見える化、情報公開と情報発信

 情報公開は自治体公務の大前提である。企業が競合対策上、戦略を秘匿するのとは大きく異なる。前回も述べたが、自治体の経営改革は課題や改善の状況を情報公開すると進めやすくなる。行政機関には市場競争がない。株主からの圧力もない。代わりに情報公開をつかって世論を喚起することもできる。

 課題が情報公開されると、各事業部門ではいずれ想定される議会やメディアからの取材を意識した自律改革が始まる。私が関与した都市の場合、その第一歩は首長も出席する定期的な進捗チェックの会議だった。大阪府市では府市合同の府市統合本部、後の副首都推進本部会議、東京都では都政改革本部会議などである。会議はメディアにもフルで公開し、議事録も全文開示した。ちなみに福岡市や大阪市の改革の初期には、外部委員が第三者の視点から発見した課題を報道発表することもあった。

 大阪市の2005~2006年度の市政改革では、筆者は職員チームと多数の事業の分析を行った。そしてその結果を2008年に『行政の経営分析』(時事通信社)として出版した。關市長の退任に伴う改革の風化が防げた。3年後に橋下徹氏が市長に就任した際には、同書で指摘された積み残し課題の解決から着手できた。

 改革が長期にわたると、その成果を経過とともに総括する作業も必要となる。福岡市の場合、筆者は『自治体DNA革命』(2001年、石井幸孝氏らとの共著、東洋経済新報社)を、大阪府市の場合には前掲著のほか『大阪維新改革』(2015年、紀田馨氏との共著、ぎょうせい)、『大阪から日本は変わる』(2021年、松井・吉村知事市長との共著、朝日新書)を、新潟市の場合には『住民幸福度に基づく都市の実力評価』(2012年、筆者は監修、時事通信社)を出版し、改革の成果を情報公開した。

(4)大きな答えを早く描いて示しておく

 繰り返しになるが、経営改革の基本はあくまで現場での改善活動である。その上で必要なら、現場の自助努力を超えた民営化、広域化、あるいは事業廃止の選択肢も考える。しかし、その場合には議会の賛同が得にくかったり、既存の国の制度や規制が障害となる場合がある。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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