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大都市の経営改革を阻害する「官々規制」ーーポスト大阪都構想を考える新たな論点

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典:Estonia Tool Box

 水道、ごみ収集など都市の市民サービス事業は昔から国が法律で「市町村」の義務としてきた。しかし、事業の効率を考えると、もっと広い範囲で運営したほうが効率的だ。都市の市民サービスの最適な事業規模、そして経営形態(直営、株式会社、民間委託など)はその事業の性格と都市の事情で異なる。こうしたサービス事業の経営の規模や形態を自由に決める権限は国ではなく、地方が持つべきだ。

 大阪の維新改革の場合は、地下鉄、上下水道、ごみ収集など現業サービスのすべてを経営分析し生産性向上の方策を考えた。その結果、地下鉄・バスは民営化し、上下水道も民間委託や広域での連携など様々な方策を講じることになった。しかし、そうした改革をやった上でなお残る本質課題がある。国が法で定める各種制度、つまり過剰な「官々規制」である。

●国の市町村中心主義と事業の最適規模のずれ

 官民を問わず、どのような事業にも最大効率をもたらす最適規模がある。例えば防衛や通貨は国の単位で、保育や介護・福祉は市長村の単位で、産業誘致や観光戦略は都道府県や道州の単位がよい。

 大都市の経営改革に取り組むと、国が法で定める市町村単位の事業規模が小さすぎることに気が付く。例えば水道は浄水場の能力向上に照らし現行の市町村単位よりも広い範囲がよい。ゴミ収集も今は市町村単位だが、焼却炉の能力に照らすと市町村より広い方がいい。わが国では多くの事業が明治以来、国の法で市町村単位と決められているが、特に大都市圏で非効率が生じやすい。

 事業の範囲を広げる、あるいは経営規模を拡大する方法は、民間ビジネスでは合併や経営統合だ。しかし自治体の場合、市町村まるごとの合併は容易でない。また事業によって最適な規模は異なる。そのため事業別に一部事務組合や広域連合、あるいは広域を分担する県や県関連の団体に委ねる方法や複数自治体が共同で特定企業に委託し、そこで実質的なスケールメリットを実現する等の方法がある。しかしその手続きは極めて面倒だ。そもそも国が全国一律に何でも「市町村単位」を原則とする法規制を見直すべきである。

●全国一律では大都市自治体には不都合

 全国一律の弊害は行政サービスにとどまらない。わが国の地方自治制度はすべからく全国一律であり、大都市自治体が各種の現業事業を運営する上での不都合が多い。そんな中で東京都の特別区制度はほぼ唯一の特例といえる。しかし他都市での展開が想定されていなかった。それが大阪の維新改革を経てやっと東京以外の大都市に適用する方法が法制化されたが、厳しい住民投票の要件を課したために実現できない状態だ。

 また、国の場合は、法律さえ通せば自由に特殊法人が設立できる。だが自治体の場合、傘下の事業を執行するための法人形態は、財団法人、地方独立行政法人、公益法人、株式会社等の既存メニューから選ぶしかない。しかも地方独立行政法人の場合、担える事業も国が政令で定める領域に限定され、例えば劇場などの独立行政法人化ができない。

 海外ではこんな不都合はない。米国のオレゴン州には、交通や住宅政策の権限を州政府や市役所から切り出した「METRO(メトロ)」という広域政府が存在する。フランスにも「メトロポール」という大都市の行政サービスを広域で担う制度が最近、設けられ、ともに課税権まで持つ。

 わが国にも、例えば首都圏全体の交通政策を担う広域政府があってもいいだろう。だがわが国では自治体の枠を超えた組織の設計はすべて国の権限となる。その場合、何か制度を作るとなると、必ず全国一律の制度になってしまい、決まって都市部では使い勝手がよくない。大都市自治体には事業の多様性に合わせた自由な法人形態を自ら設計できる制度を用意すべきだろう。

●自治体の意思決定に関する国の法規制の制約

 大阪市営の地下鉄・バスの民営化では、当初の検討開始から議決までに実に12年を要した。これは地方自治法の特別議決制度で「特に重要と定めた事業」の廃止には出席議員の3分の2の賛成を要すると定められているために、賛成票の獲得が難しかったからだ。

 地下鉄・バスを「特に重要」と定めたのは大阪市議会であり、形式的には地元の意思の反映といえる。ただ、国の事業では国会の過半数の議決で足りる。ところが地方自治体のこととなると、国が出張ってきて、法律の定めを基にわざわざ3分の2にハードルを上げるように仕向けるのは過剰な官々規制である。地方自治の本旨に反すると言えよう。

 また都構想は大阪市と大阪府の両首長と両議会は賛成したが、国はそれに加えて「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(2012年成立)に基づき、大阪市民に対する住民投票を義務付けた。

 自治体の合併や垂直統合(都道府県と市町村の再編)に際して、首長の合意と議会の議決だけではなく、住民投票を要するという考え方自体は否定されるべきではない。だが、それを実施するかどうかは本来、地方議会で決めるべきだ。国の法で義務付け、しかもその手続きまで国法で細かく定めるのはやりすぎではないか。地方自治の本旨に合わないし、ハードルを上げ過ぎると結局、現状維持となり何の改革もできなくなる。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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