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ウクライナを手がかりに日本の針路を考える(下)ーー極東の秩序維持にはしたたかな戦略と努力が必要ーー

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典:Estonia Tool Box

 前回は、今のロシアの行動は戦前日本の大陸進出に似ていると指摘した。戦前日本にしろ今のロシアにしろ、他国への軍事侵攻は巨大な賭けだ。通常の感覚で取れるリスクではなく非合理な思考の産物としか言いようがない。国家が巨大な非合理に従って行動する場合、その国は「国民の最大多数の最大幸福」を目指していないと断じていい。

 ロシアの場合、ソ連時代に強大化したKGB(国家保安委員会)出身者や軍隊関係者が支配階級を形成する。ソ連崩壊後の混乱の中でエリツィン大統領は自身のスキャンダルを解消してくれる部下としてKGB出身のプーチンを重用したといわれる。それを契機に旧KGB人脈が国の官僚組織を支配しつづけた。あとは軍隊である。軍隊と旧KGBが新貴族階級として国民を支配する国家となった。よってロシア国家は両勢力の組織の存続、権益確保を国民の生命や財産を守ることより上位に置く。いわば、寡頭的貴族政治(利権の分配構造)の中世的国家である。

●各地での紛争は支配勢力の存在基盤

 この文脈で考えるとロシアがグルジアやウクライナなど旧ソ連の隣国に次々に軍事侵攻するのは合理的に見える。なぜならロシアに侵略された国々はNATOに加盟できなくなる。それはロシア軍にとっては脅威の軽減と各地への駐留というほどほどの特需を継続させることを意味する。あとは対NATOで対立をエスカレートさせずに紛争の火種が燻っている状態を続けることを常態化すればいい。それが支配勢力にとってはベストな状態となる。

 KGBも同じだ。国内の反政府勢力や西側との諜報合戦が適度に存在し、反対分子やスパイの摘発が必要と国民に説明できる状態が組織の維持拡大にとってはベストである。スパイや反政府分子は適度にいたほうが”商売繁盛”だろう。

 要するに旧KGB勢力と軍隊にとって「平和」は決して望ましいことではない。「完全なる平和」は彼らの仕事を減らし存在を脅かす。

●平和は支配勢力にとって不都合

 民主主義国は国民主権だから最大多数の最大幸福を求める。だから平和は最優先だ。ところが強権国家では平和は不都合である。支配組織の存続という部分最適を目指すなら戦死者を出しつつも侵略を続けるほうがいい。かくしてKGBや軍隊を牛耳る反社会的勢力が国家を乗っ取ると海賊と同じで自己都合の戦争(略奪行為)を始める。だからそこに国民国家的な大義は見いだせない。

 ちなみに民主主義は全体最適を実現する装置である。民主主義国家では多種多様な勢力が議会で意見を戦わせ、それがガラス張りで報道される。また軍隊、大統領などが単独で暴走できないような権力の分散とシビリアンコントロール、相互チェックの構造がある。また戦場に送られる兵士やその家族は主権者であり納税者である。多数の戦死者や財政破綻をもたらす戦争は防衛戦争以外、国民の賛同が得られない。よって民主主義国家は他国への侵略戦争は起こしにくい(そして、防衛の際にも世論の統一に時間がかかるのだが)。

●宥和策は両刃の剣

 さて、これから世界はロシアにどう対峙すべきか。戦前日本とロシアは似ているが、最大の違いは核の有無である。大日本帝国は核を持たず、広島・長崎の悲劇に至った。ところがロシアは経済制裁に苦しみつつも核を使う可能性がある。軍としても地上戦で苦労をするより、核で早く終わらせたいという誘惑にかられるはずだ。それを恐れて西側も宥和策を繰り出す可能性がある。つまりウクライナ東南部への非合法なロシア軍の駐留を実質的に容認し、プーチン政権を打倒してロシア全体を民主国家に変えようとまでは考えない。これで安定しそうに見えるが、宥和策は両刃の剣である。非合法な侵略を容認すれば、ならず者国家は核の威力を背景にもっとつけあがる可能性がある。だから毅然として対峙すべきだが、民主主義国家では国内世論の統一にも諸国間の意思統一にも時間がかかる。かくして後手後手に回る可能性があり現実には状況を見ながら微妙なかじ取りとなるだろう。

●極東では現状維持がベストという現実路線

 さて、極東はどうか。ロシア、中国、北朝鮮の3国がいずれ韓国や台湾のような民主主義国になればベストだろう。しかしそれが実際に起きる過程は全く見えない。戦前の日本のように完全制圧され民主主義がインストールできればいいがその可能性は高くない。むしろ既存の強権勢力が衰退すると他のならず者が台頭して戦い始め大混乱が起こるのではないか。イラクやアフガニスタンが先例である。日本はまれな成功例でしかない。

 かくして下手をするとロシアや中国は中世のように強権勢力が核を持って群雄割拠する分裂国家になる。イラクやアフガンのような内戦が続き、へたをすると核を材料に日本を脅迫してくるかもしれない。

 それならば極東は今のような権威主義国家が居座り勢力均衡を続けるほうが平かもしれない。わが国は中・露・北朝鮮とは幸い海を隔て、日米同盟もある。現状維持が一番“まし”な選択肢ではないか。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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