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どんな業種でもできる「サーキュラー型ビジネスモデル」ーCO2削減と収益確保の両立を目指す現実解ー

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出典:エストニア政府提供画像

欧州発の「カーボンニュートラル」が時代を動かす中心テーマになってきた。だがわが国は政府主導の二酸化炭素(CO2)削減だけにとらわれず、企業と消費者が中心になってサーキュラー型のビジネスモデルと経済・社会の仕組みの構築を急ぐべきだと思う。

 日本はもともと資源も石油も乏しく、省資源・省エネでは世界に先んじてきた。それをもっと徹底するとサーキュラー型社会が実現できる。その結果、CO2も削減できる。ところがCO2の削減、特に4割減等の高い目標の達成を基軸にすると企業の環境戦略は焦点がぼやけ、高すぎる理想に足がすくむ。ここは浮き足立つことなく、日本古来の「もったいない(MOTTAINAI)」哲学を掲げ、サーキュラー型社会の構築を目標とすべきだ。

○かつて日本は環境問題では先進的地位にあった

環境問題ではかつて日本は世界の中で有数の先進国だった。もともと資源とエネルギーに乏しく、もったいない精神が根付いた社会だった。1970年代には企業の公害問題とオイルショックを経験し、企業が排出する有害物の規制と省エネが進んだ。

ところが日本は土地が狭いため、廃棄物は燃やして減容してきた。そのためかCO2削減にはやや及び腰で、また島国のせいか地球レベルの温暖化への感度は鈍かった。

 片や世界では80年代から90年代に気象観測技術が進歩し、また全世界の気象情報の共有化が進んだ。そこで欧州を中心に地球温暖化と温室効果ガス問題が環境問題の主役の地位を占めるようになった。そしていつの間にか日本は環境問題のリーダーからフォロワーになってしまった。

○環境問題は今後、「水平」から「垂直」へ進化

環境問題は戦後の先進国で次第に社会の中心課題になっていったが、その歴史はしばしば「水平化」の歴史だと言われる。最初は水俣病のように工場の周辺住民の問題にとどまっていた。それがやがて光化学スモッグのように自動車社会に共通するすべての大都市の課題となり、さらに温暖化問題を機に課題のスケールと解決の舞台は全世界単位に広がった。

しかし90年代以降、環境問題は同時に「垂直化」してきた。垂直化とは企業の中での課題の高度化を意味する。当初は有害物質の排出抑制と資源・エネルギーの節約が目標だった。それが今や事業のバリューチェーン全体を組み替える動きに進化した。例えば、自動車でも家電でも、作るときの省エネ・省資源や部品や材料のリサイクルにとどまらず、リサイクルに適した製品の設計、製品長寿命化、中古品流通の仕組み作り、店頭での廃品回収や部品・資源回収などへの取り組みが進む。これが「垂直化」である。

◯環境問題の垂直化とサーキュラー型社会への移行

このように企業がバリューチェーンを組み替え始め、環境問題は今や、「水平化」にとどまらず「垂直化」の時代に入った。これを経済の視点から見ると、従来の「リニア型」の経済が「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」に移行することを意味する。

前者は、企業が「Take(資源を採掘)」し、「Make(製品を製造)」して、消費者が「Waste(捨て)」というリニア(直線)型の経済システムだった。しかし、後者では今まで廃棄されていた製品や原材料が新たな資源となってぐるぐる循環する。新たな資源採掘の必要は減り、廃棄される量も減る。

○「モノ(資源)」のサーキュラー型モデル事例 〜自動車とペットボトルは優等生〜

 自動車は年間約300万トンが廃車となる。ほとんどが鉄やプラスチックだが、総廃棄量の99%はリサイクルされる。2002年に「自動車リサイクル法」が制定され、変化が起こった。メーカーはリサイクルしやすい製品を生産するようになった。廃車時にも積極的に回収するようになり、廃車から資源を取り出し再製品化する。

ペットボトルも同じだ。海洋ゴミ問題として大きく取り上げられ、95年に「容器包装リサイクル法」が制定された。今では約85%がリサイクルされる。いずれも法律と各企業の努力の賜物(たまもの)といえよう。

○「カネ(資金)」の回り方もサーキュラー型に転換

「サーキュラーエコノミー」の時代になると、企業は廃棄量それ自体を減らすことよりも「最終処分量」を減らすこと、つまり全体のリサイクル率を上げることが求められる。それにつれ企業の資金の循環のあり方も変わる。

かつてはカネの流れも資源と同じようにリニア型だった。例えば、環境に良いことをやるのはCSR(企業の社会的責任)活動と位置付けられ、社会貢献の「コスト」だとされた。CS Rに投じる資金は税金のようなもの、あるいは直接利益につながらない間接コストと考えられた。せいぜいが広告・宣伝費として計上される程度だった。

しかし今では企業が「サーキュラー型」のバリューチェーンを構築すると、さまざまな収益上のメリットが得られる。第1には材料・資源の調達コストが下がる。第2に消費者と投資家から歓迎され、高価格でも売れる等の有利な扱いを受ける。

第3には製品の長寿命化に伴って修理ショップや下取りセンター、あるいはサブスクリプション契約を展開するようになり、顧客とのタッチポイントが増える。すると流通マージンを払わずに直販でき、製品を買ってもらった後でも顧客の声が入るようになる。ひいては新製品のヒットやリピート購買につながりやすくなる。

 リサイクル技術の向上でリサイクル材料の再生コストが下がったこと、ネットの発達でリースやレンタル、サブスクリプションが普及し、また回収もしやすくなったことで、新しいバリューチェーンやビジネスモデルが生まれつつある。

このようにサーキュラーエコノミーは企業のものづくりだけでなく、資金の使い方も変えつつある。その意味で環境問題は特殊な一分野の課題ではなく、ビジネスモデル、いや資本主義の姿をも変えつつあるといえよう。

◯政府の環境規制の強化と雇用への影響

 サーキュラーエコノミー、エコロジーは欧州人のこだわり、市民運動の一環だという見方がある。確かにその一面はあるが、思想や運動が政府を動かし、あらたな環境規制を生み出し、それも世界の企業の経営に影響を与えている。

例えば、ドイツ政府はスマートフォンの商品寿命が著しく短い点を問題視しメーカーに7年間の予備部品の用意とセキュリティアップデートの提供を義務付けた。EUも2035年以降はゼロエミッション車、つまりバッテリー電気自動車や燃料電池車のみとする規制を発表した。こうした動きに乗り遅れた企業は欧州でビジネスができなくなる。トヨタ会長は「カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)は雇用問題であることを忘れてはいけない」と述べている。その意味ではサーキュラー型ビジネスモデルへの対応は、「モノ(資源)」「カネ(資金)」だけではなく、「ヒト(雇用)」にも影響を与えるだろう。

◯CO2削減とサーキュラーエコノミー

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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