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政策は数字だけでなく、10次元で捉えよう―データ至上主義とEBPMブームへの疑問―

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

 最近、EBPM(エビデンス・ベースド・ポリシー・メーキング)がブームだ。欧米に倣ってデータとロジックで政策の意義と効果を科学的にとらえようという経済学者たちの運動である。わが国政府もその導入を提唱し、一部で予算や組織の手当てをしている。結構な話だが実は「政策の意義や効果をデータで語ろう」「政策を科学しよう」というのは決して新しい話ではない。世界中でだいたい20年ごとに間欠泉のように出てくる学者主導の運動論である。最初はベトナム戦争後の米国でPPBS(プランニング・プログラミング・バジェッティング・システム)という仕組みが提唱された。これは結局、絵に描いた餅に終わったが約20年後には政策評価がブームになり、これは一定の成果をみた。わが国でも政策評価法ができた。それから約20年の今、再び世界的なEBPMブームである。

●20年毎にでてくる「政策を科学する運動」

 昨今ブームのEBPMは内容的には20年前の政策評価とさほど変わらない。私は20年前に政策評価の法制化を提唱した一人であり『行政評価の時代』(NTT出版)を書いた人間だが、20年前の政策評価も今のEBPMもさほど中身に違いはないと思う。だが今回は経済学者が主導し、前回は行政学者やコンサルタントが主導した。なぜ20年ごとかというと研究者が世代交代するからではないか。40代に達した元気な若い研究者が「政策に科学が必要だ」と言い出す。同世代の政治家たちも「20年前の制度ではダメだ」と言い出し急きょ新制度が付加される。かくして20年ごとに制度は刷新される。そういう意味では「政策を科学する運動」は、あたかも神社の式年遷宮に似た営みといえよう。伊勢神宮などでは20年ごとに神殿を建て替えるならわしとなっている。建物自体はもっと長く持つはずだが20年で宮大工は代替わりする。技術を継承する実地演習も兼ねて20年だといわれる。”業界”の新陳代謝、技術承継のためにはちょうどいいタイミングなのだろう。

●政策は政治的妥協の産物

 そういうこともあってか霞が関や実務家はEBPMの必要性は知りつつも覚めている。なぜなら政策は、所詮は科学よりも政治的妥協の産物だからだ。

 とはいえ政策評価であれ、EBPMであれ、数字とロジックで政策を「見える化」することの意義は大きい。民主主義の基本は情報公開である。政策の目標や成果をわかりやすく説明することでチェックにもさらされる。生産性指標も必要だ。非営利の仕事であっても効率は求めるべきだ。

 しかし、EBPMが言うように既存の政策をいくら科学で分析しても新しい政策は生まれないと思う。イノベーションは既存政策の分析よりも全く違ったところの技術やアイデアから出てくる。例えば新幹線やふるさと納税などは、いずれも政策という意味では極めて効果の大きなイノベーションだったといえるが、前者は科学技術の発展によるものだし、後者は政治的決断のたまものだった。既存の政策を評価して点検したところでああいうものにはつながらない。そもそも政府の政策判断、そして投資判断は、最後は政治、つまり”まつりごと”である。しかも最近は世界的に政策作りが官僚主導から政治主導に変わった。学者や官僚がいくら科学で政策を見える化しても、政治の魔術の世界にはあらがえない。

●EBPMよりも純粋サイエンスとの関係設計が課題

 一方で最近はコロナ対策や原発問題等、科学者の専門知識に委ねないとなかなか政治判断できない時代になった。政策は、今や社会科学よりも工学や自然科学を必要とする。そして両者の関係が密接になるほど、内容は複雑かつ市民から見えにくくなっていく。だからきちんとしたデータを使ったEBPMよりも、既存の政策を「見える化」する手法の充実が先決だろう。

 かつて財源が豊富にあった時代はインフラ建設と福祉のどちらにお金を使うかが一大事だった。だから経済学や政治学が貢献できた。しかしこれからの成熟期には安全規制と経済性の妥協点を見極めたり、科学を使ってリスクをどうコントロールしたりできるかが重要だ。単なるエビデンスや数字、ロジックでは間に合わない。つまり数字や経済学は状況認識には役立つが、それで課題が解決できる分野はますます限られてくる。

●政策科学は「次元」の切り口から政策を分析しよう

 それでは社会科学や政策科学は政策の評価や改革にどう貢献すべきだろう。私は政策研究、政策科学は「社会問題」を起点とする多次元のモデルで捉えていくべきと考える。

ここでいう次元とは、政策を動態的に捉え、改革や刷新の鍵を探るときに浮かび上がる着眼点である。将棋に「着眼大局、着手小局」という言葉があるが、あの着眼である。具体的には「社会課題」「ステークホルダー」「場所」「政策ライフサイクル」「風土」「分野」「政策手段」「データ」「説明明瞭性」「科学信仰」が、この着眼点、つまり次元に当たる。

 こうした次元のイメージは、政治家など実務家の頭の中に経験則となって収まっている。彼らの武勇伝を聞くと即興芸術のように思えるが、個別事象を次元に沿って分析すると法則性が見えてくる。実は研究者やコンサルタントなどの外部専門家は、個別事象につかず離れず関わる立場にある。であるが故に次元ごとの法則性を見いだせる。そうした法則性を見える化し、意思決定の役に立つノウハウを提供していくのがこれからの政策科学の役割だろう。

●宇宙も政策も10次元でできている?

 具体的にこれから着目すべき次元とは何か。第1に「(1)社会課題(感染症対策、所得格差、公共交通等)」を挙げたい。これはあえて「政策」からではなく、受益者、納税者の切り口から考えるという意味がある。基礎自治体に「こども課」が増えたのはその表れだ。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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