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注目の埼玉の「盟主」争い。センバツベスト4の浦和学院か?19年まで夏5連覇の花咲徳栄か?

上原伸一ノンフィクションライター
2013年の春のセンバツで初優勝を遂げた浦和学院。今春はベスト4に進出した(写真:アフロ)

埼玉県内では25連勝中

今夏は大阪桐蔭3度目の春夏甲子園連覇がかかる。この「無敵艦隊」を甲子園で倒せるのは、関東では浦和学院だと言われている。春のセンバツでは、準決勝で延長11回の末に近江に敗れたものの、ベスト4に。父である名将・森士監督から引き継ぎ、昨秋から「名門・浦学」を率いる森大監督は、甲子園初采配で好成績をおさめた。父・森士前監督も、甲子園で初めて指揮した1992年のセンバツでベスト4に進出。父に並ぶことは31歳の若き指揮官の目標でもあった。

センバツ後は公式戦で負け知らず。春の県大会で2年連続17度目の優勝を飾ると、続く関東大会でも5年ぶり7度目となる覇者になった。森監督は「近江戦での悔しさが、選手たちのさらなる闘争本能を駆り立てている」と話す。

埼玉県内では昨年春から4季連続で優勝しており、目下、25連勝中である。夏は県の連勝新記録と5季連続優勝がかかる。むろん、夏の埼玉大会の優勝候補筆頭である。

他校が「打倒浦学」を旗印にする中、虎視眈々と復権を狙っているのが花咲徳栄である。2015年から19年まで、夏5連覇を達成。校歌の2番、この最後の節である「夏の 花咲徳栄高校」そのものの強さを誇った。17年夏には埼玉県勢初となる全国制覇も成し遂げている。

この10年(20年の独自大会を除く)の埼玉は、両者による2強の時代だった。花咲徳栄が6度、浦和学院は4度、夏を制している(南北に分かれた18年夏の記念大会は両校が甲子園に出場)。2校以外での優勝は14年の春日部共栄だけである。

浦和学院は上尾高を春・夏通じて6度甲子園に導いた元監督の野本喜一郎氏が礎を築き、森(前)監督が歴史を作った。これまで春・夏通算25回、甲子園出場を果たしている。

一方、春・夏で12度甲子園出場の、花咲徳栄の土台を作ったのは稲垣人司前監督だ。岩井隆監督にとっては、高校(桐光学園)時代の恩師でもあり、花咲徳栄ではコーチとして仕えた監督だ。その技術指導は岩井監督のベースとなっており、今も師と仰ぐ。大会の前や、教え子の指名がかかるドラフト前には、必ず墓前で手を合わせているという。

県勢初の夏の全国制覇は花咲徳栄

甲子園の出場回数では大きくリードしている浦和学院だが、夏の勝利数はともに12。勝率では花咲徳栄が上回る。しかしセンバツでは、浦和学院が23勝しているのに対し、花咲徳栄は3勝である。

埼玉は1985年に立教高(現・立教新座)が初めて夏を制すまで、春・夏は公立が優勝を独占していた。こうした中で台頭してきたのが浦和学院である。86年夏に甲子園初出場を果たすと、いきなりベスト4に進出。全国の舞台で「埼玉の私学」の存在を知らしめた。

浦和学院が開いた道を春日部共栄や聖望学園といった、強豪私学も続いた。01年夏には花咲徳栄が初めて甲子園へ。埼玉が私学優勢の地になる先駆けとなったのは間違いなく浦和学院である。13年春は埼玉の学校としては2校目となるセンバツ制覇を成し遂げた。

森(前)監督には「自分たちが埼玉の盟主」という自負があっただろう。夏の全国制覇も自分たちの手で―。当然、そう思っていたに違いない。埼玉県勢初となるのは浦和学院しかない、と。

ところが、前述の通り、真紅の大優勝旗を初めて「彩の国」に持ち帰ったのは花咲徳栄だった。森(前)監督の悔しさは想像に難くない。絶対に忘れないとばかりに、野球部の食堂の窓ガラス、その全てに花咲徳栄の夏制覇を報じるスポーツ紙の1面を貼り付けていた。

森(前)監督はメディアの前で、めったに本音を語らない。しかし翌夏、埼玉大会を前に、前年の心境をこう吐露した。

「日本一になるにふさわしいチームを先に岩井監督に作られてしまった。自分が情けなくて屈辱的でした。立ち直るのに時間を要したほどでした」

埼玉県勢初となる夏の全国制覇を果たした17年の選手権大会決勝で指揮を執る花咲徳栄の岩井監督
埼玉県勢初となる夏の全国制覇を果たした17年の選手権大会決勝で指揮を執る花咲徳栄の岩井監督写真:アフロ

互いに勝ち進めば準決勝で激突

夏の栄冠を先んじられた時、息子である森大監督は父親の心境を察しながらも、当時はコーチの立場だったのもあり、花咲徳栄を冷静に見ていたという。早稲田大学、社会人野球の三菱自動車倉敷オーシャンズでプレーした後、16年に母校に帰って来た。

「勝つチームには勝つだけの理由、根拠があるな、と。僕はあの頃、スコアラー的な仕事もしていたので、徳栄さんの試合をよく見ていたんです」

自身は浦和学院時代の3年夏(08年)、エースとして夏の県3連覇を遂げた。「ウチが強かった時もその理由はあったと思います」

森監督は“なぜそうなのか?”と理詰めで考える指揮官だ。「まだ1年目で、夏を戦った経験値もないので」と控えめだが、コーチ時代に早大の大学院で心理学を学ぶなど、指導の引き出しも多い。

花咲徳栄に対する意識は当然ある。「昨秋の県決勝で、初めて監督として徳栄さんとやらせてもらいましたが、大学時代に経験した早慶戦のように、特別な一戦だと感じました。夏も徳栄さんに勝って優勝してこそ、価値がある優勝になると思ってます」

片や花咲徳栄の岩井監督は、00年秋に監督就任して以来、「宿命のライバル」とは何度も相まみえてきた(12年からの10年間だけでも13試合の対決がある)。浦和学院についての質問も数えきれないくらい受けてきたことだろう。だが、聞かねばならない。

「今さらではありますが、4季連続で県優勝の浦和学院については…」と切り出すと、こう答えた。

「浦和学院とやれば必ずがっぷり四つになる。これはもうわかり切っています。1点でも多く取ったほうが勝つ、とシンプルに考えています」

そして森監督についても言及した。

「若い新監督になってチームの雰囲気が変わったのが、いい方向に出ている。監督が変わった時は要注意なんですよ。1年目は勝てることが多いから」

そういえば、花咲徳栄が甲子園に初出場したのは岩井監督の1年目だった。昨年まで歴代最長記録タイ(高校)となる7年連続でドラフト指名選手を出すなど、育成にも定評がある名将も、森監督を警戒しているようだ。

カリスマ指導者だった父のDNAを受け継ぐ若き指揮官が率いる浦和学院か?

それとも夏までに必ず仕上げてくる百戦錬磨の勝負師が束ねる花咲徳栄か?

互いに順当に勝ち進めば、今夏は準決勝で激突することになる。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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