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東大は今春こそ最下位脱出なるか⁉キーマンは驚異の盗塁阻止率を誇るプロ注目の「司令塔」

上原伸一ノンフィクションライター
1997年秋以の最下位脱出のカギを握る東大の松岡主将(写真提供 東京大学野球部)

他校の捕手を10キロ上回る2塁送球の速度

誰だ?あのキャッチャーは―。

昨年の東京六大学野球春季リーグ戦。すい星のごとく現れた捕手がいる。東京大学の松岡泰希(現4年、東京都市大付)である。今年は「赤門軍団」の主将を務める。

開幕早々、見る者をうならせたのがその肩だ。弾丸のような勢いでセカンドに達する送球は、明らかにこれまでの東大の捕手とは違う。評価が高まるのに時間はかからなかった。2カード目となる明治大学との1回戦。松岡は3つの盗塁を阻止する。これを機に“東大の強肩捕手”という見方が、“リーグ屈指の強肩捕手”へと変わっていった。

昨春のリーグ戦が終わると、突出していた送球力が数字でも実証された。盗塁阻止率は実に4割台後半。ちなみに昨年のプロ(NPB)の盗塁阻止率は、福岡ソフトバンクの甲斐拓也捕手が記録した4割5分2厘が両リーグ通じてトップである。むろん単純比較はできないが、数字的には「甲斐キャノン」を上回ったことになる。打撃でもチーム2位の打率をマーク。開幕前は「無印」だった捕手が一躍、プロのスカウトからも注目される存在になっていった。

松岡捕手は東京六大学リーグ屈指の盗塁阻止率を誇る(写真提供 東京大学野球部)
松岡捕手は東京六大学リーグ屈指の盗塁阻止率を誇る(写真提供 東京大学野球部)

2塁への送球タイムも1.85から1.90秒と、すでにアマチュアとしてはハイレベルにある。なぜ、そのタイムで投げられるのか?東大野球部はその理由をデータ分析で数値化している。

まず、送球タイムは2つの要素に分けられる。1つはボールの持ち替えの時間で、捕球してからリリースするまでのタイム。もう1つはリリースしてからセカンドまでのスピード、つまり球速になる。松岡の場合、前者は普通のタイムだが、後者の平均球速が135キロ。他校の捕手の平均が125キロというから、10キロも速い。松岡がいかに強肩の持ち主か、この数字が表している。後者が図抜けているから、送球タイムも早いのだ。蛇足で加えると、マウンドからの最速は144キロである。

冬場はさらなる盗塁阻止率の向上を目指し、コントロールに磨きをかけた。意識したのは「ライン」だ。

「キャッチボールもダイヤモンドの1塁線か3塁線の上で行い、球筋がラインに沿うように投げるようにしました。セカンド送球の際もラインさえずらさなければ、多少投げるのが遅れてもタッチのタイミングには間に合うので。この練習を重ねたことで、投げる時に目安となるラインが、頭の中で描けるようにもなりました」

プロ初の東大出身捕手誕生の期待も

捕手になったのは小学6年の時。ただ、望んでなったわけではなかったという。

「もともと投手だったんですが、スピードはあってもコントロールが悪かったんです。それで内野も外野も経験しましたが、上手くいきませんで…たどり着いたのが捕手だったんです」

こうした経緯でかぶったマスクだったが、子供の頃から地肩が強かった松岡は、捕手というポジションにはまっていく。在籍していた市ヶ尾弾当寺少年野球部の監督が、社会人・ヤマハで捕手としてプレーした伊佐地豪文氏で、基礎を教われたのも大きかった。

「少年野球だったんで、2塁に届きさえすれば、盗塁をアウトにできたんです(笑)阻止するたびに捕手が好きになっていきました」

以来、捕手一筋。中高一貫の東京都市大付に進むと、中学は付属のボーイズ(硬式)でプレー。高校では1年秋より正捕手も、3年夏は西東京大会3回戦敗退と全国的には無名だった。

東大に現役で合格すると、1年春よりリーグ戦に出場を果たすが、2年秋までは主に代打要員。それでも持ち味である送球力を磨き続けると、元プロ(中日)の井手峻監督の目に留まる。昨春の正捕手デビューの裏には、前年まで正捕手だった大音周平「前」主将をサードにコンバートした経緯も。それほど井手監督は松岡を高く買っている。

今年のドラフト候補に名を連ねる。東大はこれまで6人のプロ野球選手を輩出しているが、投手兼外野手だった井手監督以外は全て投手。野手1本だった選手はいない。東大捕手として初のプロ入りへの期待もかかる。だが、本人はいたって控えめだ。

「是が非でもプロに行きたい気持ちはないんです。もしチャンスがあったら…という感じですね。でも“ドラフト候補”とか“プロ注目”と書いてもらえるのは光栄ですし、そうやって記事にしてもらえることで、東大でもプロを目指せるんだと、高校生が東大野球部に興味を持ってくれたら、と思っています」

クリーンナップを担う勝負強い打撃にも定評がある(写真提供 東京大学野球部)
クリーンナップを担う勝負強い打撃にも定評がある(写真提供 東京大学野球部)

重視しているのは投手の力をいかに引き出すか

どうしても送球力、肩の強さが取り上げられることが多いが、実は松岡が重視しているのはリード面であり、投手の力をいかに引き出すか。こうしたことを深く考えるようになったのは大学に入ってからだという。

「捕手目線での野球の見方を教えてくれたのは、僕が1年生の時に助監督をされていた中西正樹さん(現・第一工科大コーチ)です。捕手出身の中西さんと試合のビデオを見ながら、場面に応じた配球を、なぜそうなのかを含めて、勉強させてもらいました」

投手の力を引き出す上で大切にしているのが、試合当日の投手とのコミュニケーションだ。会話の中から投手の調子を聞き、その日一番のボールを把握する。また、いつもの決め球が厳しい状態であれば、投手有利のカウントで投げさせるという。松岡は「データを踏まえ、打者の弱点を突く配球もしますが、それも投手次第です。そこに投げ切れないのであれば、別の配球を選択します。投手の状態も変化しますので、試合中も会話をしながら、投手主導のリードでいくか、それとも打者主導のリードでいくか、臨機応変に判断をしています」と話す。

重視しているのは投手の力をいかに引き出すか。投手の状態を見極めながら配球を組み立てる(写真提供 東京大学野球部)
重視しているのは投手の力をいかに引き出すか。投手の状態を見極めながら配球を組み立てる(写真提供 東京大学野球部)

2塁送球のタイムを縮めるのも、盗塁阻止率を上げるのも、投手の力を引き出すためと心得ている。盗塁を刺せれば、アウトが1つ増え、投手もリズムに乗ってくる。この2つはあくまでも投手のため、チームのための数字であり、個人的な関心はさほどないという。

投手の力を引き出す捕手を目指す上で、松岡には忘れられないシーンがある。2017年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次ラウンド、日本代表がオーストラリア代表に4-1で勝利した試合だ。5回1死1、2塁、この場面で中日の岡田俊哉が救援登板するが、極度の緊張で1球もストライクが入らない。満塁となり、なおも2-0とボールが先行してしまった。

「ここでマウンドに駆け寄ったのが巨人の小林誠司捕手でした。小林さんが声をかけた後、岡田投手は次の1球でゲッツーに仕留めたんですが、絶妙なタイミングと気遣いが投手の力を引き出したと感じました」

東京都市大付高時代から投手とのコミュニケーションを大切にしていた(写真提供 東京大学野球部)
東京都市大付高時代から投手とのコミュニケーションを大切にしていた(写真提供 東京大学野球部)

リーグ戦期間中は金曜日の晩に2時間かけて、次のカードのシミュレーションを行う。松岡は「他大学のビデオやノートを見ながら、このバッターを抑えるにはどうするか、ウチの投手陣で勝つにはどうするかと、考えるのが好きなんです」と言うと「野球のゲームをしているような感じですね」と笑った。

昨秋のリーグ戦。東大は法大1回戦に勝利すれば、1997年秋以来の最下位からの脱出となったが、この試合に大敗(11対1)。松岡は「勝負どころでの弱さが出てしまった」と振り返る。

主将として挑む春のリーグ戦。大事な場面、大事な試合でいかに結果を出すか。捕手としては投手の力を最大限に引き出し、クリーンナップに座る打者としては勝負強さを発揮するつもりだ。

必ずや最下位から抜け出す。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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