第92回都市対抗野球大会は東京第1代表の東京ガスが初優勝を飾った。実は今大会、公式YouTubeチャンネル「雑談魂」と東京ガスのコラボが実現し、社員や関係者の方たち向けの試合解説を行っていた。初めての試みが行われた大会で、チームも初めて頂点に立った。運命的なうれしさを感じた。

 東京ガスには現役時代、大変お世話になった。メジャー移籍以降、オフの練習場所として都内のグラウンドや室内トレーニング場をずっとお借りしていた。肌寒さも感じる早朝からアップ、走り込みやダッシュ、キャッチボール、ときにブルペンにも入らせてもらった。その後は室内トレーニング場で地道なウエートトレーニング。東京ガス野球部の選手たちと顔を合わせることも多かった。

 実は学生時代、一番好きだったのが社会人野球だった。当時の社会人は金属バットで〝ノーガードの打ち合い〟のような乱打戦。試合が終わるまで勝敗がどっちに転ぶかわからない展開に興奮した。当時の投手には酷だっただろうが、そうした環境にもまれてプロ入りしてきた投手はタフだった。

 学生野球が高校や大学の看板を背負うなら、社会人野球は企業の看板を背負ってプレーする。給料をもらって野球をしているという中で、プロと同様に戦力構想から外れれば引退を余儀なくされる厳しい世界だ。都市対抗では、都市の代表という位置づけにもなり、負けたら終わりのトーナメントを戦うのが醍醐味でもある。会社のため、自分のため、養う家族のため・・・。選手たちの必死さも伝わってくる。

 現状は厳しい。バブル崩壊や平成不況と言われた時代、日本企業の業績が傾くと、実業団のスポーツチームはたちまちリストラの対象になった。社会人野球の名門チームも休廃部が相次いだ。今回のコラムを書くにあたって、データを調べたら、かつて200を超えていた企業チームが100を割り込んでいる。この間には、五輪競技のプロ解禁もあった。2004年アテネ五輪は史上初めてオールプロの日本代表が結成され、私もメンバーに選ばれた。社会人の人たちのひのき舞台を奪ってしまったという申し訳なさもあった。

 あまり知られていないことだが、社会人野球の選手たちは子どもたち向けの野球教室を地域貢献の一環として行っている。報道される機会がほとんどないだけだ。プロ野球選手が教室を行えば、メディアに取り上げられるが、社会人は露出が少ない。普及活動にも力を入れているのだから、少しでも日の目を見ればいいなと思う。

 今大会は新型コロナウイルス禍の感染者数が減少傾向にあり、観客数も1試合1万5000人まで上限が緩和された。私は会場の外で解説を行ったが、東京ガスの社員たちは東京ドームで応援できた。

 歓喜の瞬間を〝天国〟で見守った元選手がいる。安達公則くん。高校時代は甲子園にも出場して「大分の鉄腕」と呼ばれた。私もメジャー時代のオフ、会食する機会があった。引退後、一時は社業に専念し、その後に投手コーチとして現場に復帰した直後に急逝してしまった。きっと喜んでいるはずだ。長い歴史の中で、色んな人たちの思いが受け継がれている。これからも社会人野球に注目していきたい。読者の皆さんも、ぜひ一緒に社会人野球を応援しましょう!