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Official髭男dism『Editorial』が傑作アルバムである3つの理由

内田正樹ライター 編集者 ディレクター
(Official髭男dism 写真提供:PONY CANYON)

Official髭男dism(以下ヒゲダン)のニューアルバム『Editorial』が好調なセールスを記録している。

『Editorial』は8月18日にリリースされた彼らのメジャー2ndアルバム。同月16日から18日の集計で75,162枚を売り上げ、2019年10月リリースのメジャー1stアルバム『Traveler』の初動3日間の売上59,606枚を上回るペースでCDアルバム売上ランキングの首位に輝き、8月21日分のデイリーアルバム売上ランキングでも首位に位置している(※いずれもオリコンランキング)。

(『Editorial』(通常盤)ジャケット。写真提供:PONY CANYON)
(『Editorial』(通常盤)ジャケット。写真提供:PONY CANYON)

またBillboard JAPANの8月20日配信ニュースによるとダウンロードチャート(※GfK Japan調べ)においても5,053ダウンロード(DL)でこちらも首位をマーク。『Traveler』初週時の13,760ダウンロードを塗り替える結果も期待出来そうな動向を見せている。テレビ出演や「MUSICA」「ROCKIN’ ON JAPAN」といった音楽専門誌を中心とした表紙巻頭企画などの積極的なメディア稼働も売上に大きく貢献していると見ていいだろう。

彼らは「ノーダウト」「Pretender」といった今なお繰り返しストリーミングサービスの再生回数を伸ばし続けているヒット曲を持つ。『Editorial』も大いにロングセールスが期待出来るが、正直、筆者は「もっともっと売り上げてもいい傑作」だと思っている。

では、改めて『Editorial』はどこが凄いのか? 筆者はヒゲダンについてはライブを観たことがあるものの取材は未経験。そこで本作に感動して前述の各雑誌媒体やレーベル公式サイトのオフィシャルインタビューを読み漁ると大まかに3つのポイントが感じられた。

1.[メンバーの葛藤と急成長]

本作の制作には、まずヒゲダンがメジャーシーンでブレイクしたことで起こった周辺環境の変化におけるメンバーの葛藤が作用していたという。リスナー、つまりは大衆が求めるヒゲダンのイメージやセールスへのプレッシャーに囚われることなく、あくまでも自分たちがやりたい音楽をやる。そこに藤原聡(ボーカル、ピアノ)、小笹大輔(ギター)、楢﨑誠(ベース、サックス)、松浦匡希(ドラム)の4人が腹を括った様子がメディア取材のなかで語られている。そしてメンバー全員が楽曲の制作機能を持っていることもヒゲダンの重要な個性だ。本作では藤原を中心にメンバー全員が詞曲を手掛けている。バンドがバンドという集合体のまま個々の人間性と音楽性が絶妙なバランスで融解する。理想的ではあるものの、それが現実となる例は極めて稀有な事例である。

(Official髭男dism「I LOVE…」[Official Video])

2.[秀逸なアレンジとレコーディングマジック]

オープニングトラックの「Editorial」で聴くことの出来るボーカルエフェクトのかかったデジタルクワイアのアカペラナンバーに始まり、本作には様々な音像のレコーディングマジックを味わうことが出来る。例えば「アポトーシス」における打ち込みのサウンドと生楽器のアンサンブルの妙、シンセベースとエレキベースの使い分け、ドラムのフィルやキックの巧妙な表情付け然り、続く「I LOVE…」におけるデジタルなイントロから繰り出されるギターのカッティングが効果的に作用するグルーヴ然り、ロック、ソウル、ファンクといったメンバー各々のルーツのセンテンスがジャンルレスに発揮され、様々な音色がメロディ/歌声と心地良い調和を生み出している。全てが見事なまでにポップな着地を果たしているので「HELLO」「Cry Baby」のような変則的なメロディ/アレンジの進行にも違和感なく身体が動いてしまう。

(Official髭男dism「アポトーシス」[Official Video])

(Official髭男dism「Cry Baby」[Official Video])

相当数のハイスペックな音色が用いられているにもかかわらず、エディットもミキシングも異常なまでに聴き易い。ボン・イヴェールやウィークエンドの作品で味わえる質感が想起されるが、筆者はさらにビートルズ、ビーチボーイズ、クイーンといったレジェンド級のバンドの傑作から感じられたカラフルなスタジオレコーディングの“マジック(魔法)”という言葉も頭に浮かんだ。

3.[コロナ禍の日々と寄り添うリリック]

「アポトーシス」が代表的だが、本作のリリックの多くで描かれているのは変容する世界と日常を生きる上での葛藤や戸惑い、そして未来へと立ち向かう勇気だ。藤原のファルセットは時に祈りのようにさえ感じられる。「決して強くはない」という赤裸々な独白のようなアルバム後半の「ペンディング・マシーン」も、映画主題歌の「Laughter」「Universe」も、さらには「Bedroom Talk」「Lost In My Room」におけるパーソナルな“個”の掘り下げも全く閉じていない。

(Official髭男dism「Laughter」[Official Video])

(Official髭男dism「Universe」[Official Video])

これまでの楽曲と比べてシリアスなテーマが先鋭的なサウンドによって鳴らされたアルバムだが、そのポップ性と共感性はむしろ増してさえいる。あらゆる意味で否が応でも“個”と向き合う時間の多いコロナ禍の今日、多くの音楽リスナーと強く寄り添う一枚だと強く感じられた。

興味のある向きは音源と共に前述媒体のインタビュー記事にも是非目を通してほしい。特に発売中のMUSICA 9月号にはメンバー自身による詳細な全曲解説が掲載されているのでお薦めだ。

ヒゲダンは明日8月28日(土)20時30分からアルバム発売を記念して約30分の無料ライブを公式YouTubeから配信予定。同日17時30分からの事前プログラムでは2019年の日本武道館ライブの映像やミュージックビデオも配信予定だという。

(Photo by TAKAHIRO TAKINAMI 写真提供:PONY CANYON)
(Photo by TAKAHIRO TAKINAMI 写真提供:PONY CANYON)

さらに9月4日からは来年4月17日までに及ぶ(コロナ禍の影響による振替公演を含む)全47公演のアリーナツアーも予定されている。未だ不安定な情勢だが、時代を切り取り個と向き合った『Editorial』のポップサウンドが生のステージでどのようにプレイされるのか、大いに期待したい。

Official髭男dism official site

https://higedan.com/

Official髭男dism 公式 YouTube

https://www.youtube.com/channel/UC3vg17IZ1IV73xx069jG44w

Official髭男dism official Twitter

https://twitter.com/officialhige

ライター 編集者 ディレクター

雑誌SWITCH編集長を経てフリーランス。音楽を中心に、映画、演劇、ファッションなど様々なジャンルのインタビューやコラムを手掛けている。各種パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/ディレクション/コピーライティングも担当。不定期でメディアへの出演やイベントのMCも務める。近年の執筆媒体はYahoo!ニュース特集、音楽ナタリー、リアルサウンド、SPICE、共同通信社(文化欄)、SWITCH、文春オンラインほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』などがある。

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