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1曲33分。金子ノブアキがおくる「一人の時間」のためのアンビエント・ミュージック

内田正樹ライター 編集者 ディレクター
(金子ノブアキ)

2020年の言葉にならない気持ちを記録した

12月25日(金)、金子ノブアキが新曲「Zange Utopia」を配信リリースした。まるで神秘的な森の中にいるようなサウンドから始まる33分の曲に歌や言葉はない。環境音を想起させる電子音や、キーボード、ドラムのサウンドやノイズで構成された、いわゆるアンビエント・ミュージックだ。「2020年の言葉にならない気持ちを記録した」。金子に制作の背景をインタビューした。

金子:偶然にもコロナ禍の直前にドラムも叩けるスタジオ機能を自宅に設けていたので、ソフトウェアを使って、全ての演奏/録音を自分で手掛けました。2月からの自粛期間中は挑戦する時間も失敗する時間も潤沢にあった。締め切りに追われているわけじゃないからどれだけ失敗してもいいし、悦に入るように延々とドラムを叩いていてもいい(笑)。おかげで制作するスキルも速度も格段に上がって、多くの曲が生まれた。その中の5曲をシームレスに繋げたのが、この「Zange Utopia」です。

(「Zange Utopia」。楽曲はApple Music、iTunes、Spotify、Google Music、YouTube Musicで配信中)
(「Zange Utopia」。楽曲はApple Music、iTunes、Spotify、Google Music、YouTube Musicで配信中)

リリースの予定もなく、思いのままに制作した曲だった。

金子:あくまで個人的に、「よかったら聴いてみて」と近しい友人たちに送っていたものです。みんなきっと鬱屈としているはずだから、メディテーションでも、ヨガでもストレッチでもジョギングでも、ドライブでもお茶の時間でも、どんな場面でもいいから、自由に使ってもらえたらと思って。すると、映像監督の清水康彦君が「これ、何か形にしようよ」と言ってくれまして。

第一線のクリエイターが集ったミュージック・ビデオ

かくして清水のディレクションによって、楽曲の2パートを切り取って2編のミュージック・ビデオが撮影された

「Zange Utopia 〜Dune〜」には、ダンサーに東京バレエ団プリンシパルの柄本弾、衣装にファッションデザイナーの芦田多恵、 撮影にフォトグラファーの荒井俊哉が、「Zange Utopia 〜Bridge〜」にはコレオグラファーにダンサーの鈴木陽平、撮影にフォトグラファーの廣瀬順二と、錚々たる第一線のクリエイターたちが参加した。いずれもアート性の高い映像である。

金子:映像のプランニングは清水君の主導で進んでいたので、豪華な顔触れを知って僕の方が驚きました。昔馴染みもいれば、柄本君や芦田さんのような初対面の方もいてくれて。こんなに素晴らしい方々が共鳴してくれたのは光栄の極み。照明スタッフもいないので、全て現場の光を活かした。皆さん、ほとんど手弁当で参加してくれました。ちょっとバンドに近いというか、チーム感のあるクリエイションになりましたね。

最大の敵は“孤独”

二編の映像がそれぞれに描き出しているのは、人が“孤独”と向き合う姿だ。

(「Zange Utopia 〜Dune〜」より。撮影:荒井俊哉)
(「Zange Utopia 〜Dune〜」より。撮影:荒井俊哉)

金子:コロナ禍を生きる今の僕らにとって最大の敵は“孤独”だと思う。「Zange Utopia 〜Bridge〜」で、二人のダンサーがスマートフォンの光で互いの姿を照らし合うのも、孤独と繋がりを確かめ合う様子を表現しています。人は皆、決して一人では生きられない。「自分は大丈夫」と自己のメンタルを過信せず、何かを頼って、誰かを信じてほしい。僕がこの曲に込めたのは『自分の親愛なる人たちが、どうか孤独ではありませんように』という祈りと願いでした。そこは二編の映像でも汲んでもらっています。

(「Zange Utopia 〜Bridge〜」より。撮影:廣瀬順二)
(「Zange Utopia 〜Bridge〜」より。撮影:廣瀬順二)

イングランド出身の音楽家ブライアン・イーノが1970年代に提唱したアンビエント・ミュージックは、今日では音楽の一ジャンルとして知られている。大まかに言えば、何らかの空間や場所と寄り添うような、もしくは初めからそこで鳴っていたかのような静かな音が、刻々と変化しながら奏でられていくという音楽表現だ。「Zange Utopia」もまさにそんな一曲である。

金子:アンビエントは昔から好きです。ロイクソップやスザンヌ・サンドフォーといった北欧系も好きです。アメリカ西海岸のロックを聴く一方で、「都会で遊ぶのも楽しいけれど、森や山に行くのも超楽しいじゃん?」という感覚で親しんできました。様々な映画のサウンドトラックやゲーム音楽からも影響を受けました。

雄々しいドラムと不穏なノイズで迎えるフィナーレは、「まだ何も終わってはいない」という現実のメタファーのように聴こえる。

金子:どんなに耳を塞いでも聞こえてくるネガティブな情報や、不安な集団心理をイメージしました。だけど、音楽からも、二編の映像からも、最後は立ち上がるためのきっかけとなるような、希望の欠片を感じ取ってもらえると思います。

怒りや悔しさを原動力に

金子はソロ活動の他に、RIZE、AA=、近年は新たなバンド、RED ORCAのドラマーとしても活動している。しかし周知の通り音楽業界はコロナ禍の影響で深刻な打撃を受けている。

金子:有観客のライブは2月からやっていません。年末にゲスト出演が決まっていたライブイベントも中止になってしまった。今年3月にリリースしたRED ORCAの新作アルバム『WILD TOKYO』がiTunesのロック・チャートで1位を獲った。いい風が吹き始めた最中でしたが、ツアーも中止しました。悔しかったし、答えは必ずしも一つじゃないけれど、いまはお客さんの安全が第一だと早々に割り切りました。いい風はまだメンバー全員の心にちゃんと吹いている。カッコいい曲を継ぎ足して、次のチャンスを狙います。

自粛期間が始まると、Instagramのストーリー機能を通して、iPhoneで撮影したドラムプレイの映像を自宅スタジオから日々アップした。

(下のリンクは金子のInstagram。4月7日の投稿)

金子:特に使命感もなく、ただ「みんな元気かな?」という感じでした。旧知の仲間が参加してくれたり、新たな出会いもたくさん生まれて、とても幸せでした。

無論、コロナ禍による打撃は俳優業も例外ではない。それでも今年、金子はNHK連続テレビ小説『エール』、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』、Netflix『今際の国のアリス』といった話題作に出演した。2021年1月29日には「dTV」オリジナルドラマ『Re:名も無き世界のエンドロール~Half a year later ~』も配信される。

金子:本当にラッキーだったという他にないです。感謝しています。ナレーションの仕事も増えました。これまで俳優業の現場はどこかで「やせがまんも仕事のうち」という昔ながらの美徳がありました。でも、そんなのコロナの前では役に立たない。来年の予定はまだあまり見えていませんが、感染に配慮しながら、無理をしないように自分で気をつけていくしかない。

(幼少の頃からドラムを叩いてきた。 写真:廣瀬順二)
(幼少の頃からドラムを叩いてきた。 写真:廣瀬順二)

2020年の様々な思いを金子ノブアキなりに記録した「Zange Utopia」。彼は「33分という長さにとらわれず、自由に活用してもらえたら」とリスナーに語りかける。

金子:起承転結にはこだわりましたが、どこから聴いてもらっても、どこで止めてもらっても楽しんでもらえる作りだと思います。僕は日頃、バンドでもソロでも、物語のサウンドトラックを目指し、音楽を鳴らしています。無論、その物語の主人公はフロアの観客やリスナーの皆さんです。まだまだ大変な時世だし、どうしてもくすぶってしまうけれど、僕もいまは牙を磨き、刀を研ぐための時間と腹を括って、怒りや悔しさを表現の原動力に変えています。この「Zange Utopia」が一時でも皆さんのサウンドトラックになれたらと願います。一人で過ごす時間に、リラックスして聴いてもらえたらうれしいです。

金子ノブアキ official site

http://kanekonobuaki.com/

official Twitter

https://twitter.com/KanekoNobuaki

official Instagram

https://www.instagram.com/nobuakikaneko_official

ライター 編集者 ディレクター

雑誌SWITCH編集長を経てフリーランス。音楽を中心に、映画、演劇、ファッションなど様々なジャンルのインタビューやコラムを手掛けている。各種パンフレットや宣伝制作の編集/テキスト/ディレクション/コピーライティングも担当。不定期でメディアへの出演やイベントのMCも務める。近年の執筆媒体はYahoo!ニュース特集、音楽ナタリー、リアルサウンド、SPICE、共同通信社(文化欄)、SWITCH、文春オンラインほか。編著書に『東京事変 チャンネルガイド』、『椎名林檎 音楽家のカルテ』などがある。

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