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草彅剛の充実の1年を締めくくるドラマ『デフ・ヴォイス』 手話が伝える豊かな世界

てれびのスキマライター。テレビっ子
(写真:イメージマート)

2023年、草彅剛のテレビドラマにおける充実っぷりは特筆すべきものだった。

まず1~3月には、6年ぶりの連ドラ主演となる『罠の戦争』(カンテレ・フジテレビ)が放送。『銭の戦争』『嘘の戦争』に続く「戦争シリーズ」第3弾で、クールで清濁併せ呑む政治家秘書を演じた。

10月から放送が始まった朝ドラ『ブギウギ』(NHK)では、笠置シヅ子をモデルにしたヒロイン・福来スズ子(趣里)とコンビを組む服部良一をモデルにした羽鳥善一を草彅にしか出せないであろう味で軽やかに演じ物語に深みを与えている。

さらに11月には『世にも奇妙な物語 '23秋の特別編』(フジテレビ)でも久しぶりに主演を務めた。

そして、充実の1年を締めくくるにふさわしい作品といえるのが『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(NHK)。飄々とした羽鳥とは真逆の陰のある役を演じている。12月16日に前編が放送され、本日23日には後編が放送される(同日、前編も再放送予定)。

日本手話と日本語対応手話

『デフ・ヴォイス』は、耳の聞こえないろうの両親のもとで育った、聞こえる子供=「CODA」である草彅演じる荒井尚人がある裁判の手話通訳を務めたことをきっかけに殺人事件の深い闇と向き合うストーリー。

このドラマ最大の特徴がろう・難聴の役ほぼすべてを20人もの当事者が自ら演じていることだ。脇役ではなくドラマのキーパーソンでの起用はほとんど例のない画期的なことだ。タイトルの「デフ・ヴォイス」という言葉には、「ろう者の声」「手話」そして「社会的少数者の声」という意味が込められている。

劇中、手話通訳を務めるようになった荒井が、その依頼者のろう者・益岡とこんな会話を交わしている場面がある。

益岡:あんた、懐かしい手話を使うんだな。
荒井:父も母もろう者でしたから
益岡:やはりそうか。今までの通訳さんは、日本語に合わせた手話が多くてね、私にはわかりにくくて疲れる。
荒井:益岡さんたちが使う手話とは違いますからね
益岡:我々にとっては外国語も同然だよ。

このやりとりを見て、不思議に思った人も少なくなかったはずだ。手話に違いがあるの?と。

実は一口に手話といっても様々な種類がある。日本で使われている手話は大きくわけると「日本手話」と「日本語対応手話」と呼ばれるものがある。おそらく多くの人がイメージするのは後者。

「日本語対応手話」は、その名の通り、日本語に対応していて、声(日本語)に合わせて、手を動かす。例えば、「私の名前は〇〇です」を表す場合、「私(の)」+「名前(は)」+「〇〇」+「です」と、日本語の語順に合わせて手を動かす。

一方、「日本手話」は、ろう者の間で伝統的に使われてきたもの。これは、日本語の語順とは必ずしも一致せず、また、手の動き以外にも表出するものが規則的にあり、文法的な役割を果たすという。「私(の)名前(は)」と手を動かすことに加え、顎をひき、上目遣いになる。さらに、間を空けず「何?」の手話が入って、首をふる。最後は顎を少し斜めにあげながら「長嶋」と名前を表出し、うなずく。しばしば手話をする人の表情が豊かだといわれるのは、そもそも手話という言語のルールがそれを含んでいるからだ。

と、訳知り顔で語っている自分も、それをほんの数年前に『手話の学校と難聴のディレクター ――ETV特集「静かで、にぎやかな世界」制作日誌』(長嶋愛:著、ちくま新書)を読んで知って驚いた(上記の手話の説明も本書を参照したもの)。

本書はタイトルが示す通り、『ETV特集』で放送され、2018年度ギャラクシー賞の年間大賞を受賞したドキュメンタリー『静かで、にぎやかな世界』の制作秘話をディレクターを務めた長嶋愛が綴ったものだ。

『静かで、にぎやかな世界』は鮮烈な作品だった。

番組は、子どもたちが大騒ぎしている場面から始まる。しかし、そこに声は聞こえない。なぜなら彼らはろう者。まくしたてるように手話を操り、豊かな表情で饒舌に会話をしている。先生にドッキリを仕掛けるんだと作戦を練って笑っているのだ。その楽しげな光景は、カルチャーショックにも似た衝撃を与えてくれた。

ろう学校・明晴学園を舞台にした本作で、手話で話す子どもたちを見ていると、手話もひとつの言語であるということを思い知らされる。まさにあまりにも豊かなデフ・ヴォイスが聴こえてくる。

英語がもっとしゃべれたらいいのにと思うのと同様に、手話をしゃべれず会話に加われない自分が悔しくなってしまうのだ。いまや障害者を「かわいそう」という目線でつくるドキュメンタリーはさすがにほとんどなくなったが、「羨ましい」と思わせてくれる番組に出会ったのは初めてだった。

口話教育と手話教育

『デフ・ヴォイス』では殺害された海馬学園の理事長・能美隆明のあまり評判の良くない人となりを語る際にこんな証言があった。

「海馬学園がおかしくなったのは、娘婿の能美隆明が理事長になってからですよ」
「能美は一部有力者の意見を優先し、徹底した口話教育を始めたんです」
「もともと専門家ではなかったのでうまくいかなかったみたいで」

「口話教育」って何? それがなんで悪いの? と思われた方もいるだろう。

前述の本によれば、驚くべきことに日本では90年代初頭まで、多くのろう学校では手話が禁止されていたという。

聴者は手話を使えないのだから、ろう者が口話を理解する能力を高めることでコミュニケーションを取るべきだという考え方で「口話教育」が優先されたのだ。読唇や発音の訓練によって、音声によるコミュニケーションをとろうとする方法だ。

しかし、音を聞いたことのない人が100種類以上ある音を、わずか16種類程度の唇の形から読み取るのは至難の業。

そもそもそれは、「共生」とは名ばかりのマジョリティに合わせればいいという勝手な理屈だ。

『静かで、にぎやかな世界』の舞台である明晴学園では、「日本手話という言語で話し、ろう者としてのアイデンティティを持つ言語的少数者」を、ろう者と定義し、「第一言語」として「日本手話」で学ぶことで子どもたちの思考力とコミュニケーション力を高める教育方針を掲げたのだ。

人は「言葉」によって考える生き物だ。だからこそ彼らには彼らに合った手話という言葉が必要で、それを獲得した子どもたちは、豊かなコミュニケーションができていたのだ。

その人の手話

草彅「言葉の壁とか人と人の間の見えない壁みたいなものが手話によってなくなるような感覚、ちょっと他の現場では味わったことのないような感覚がある」
(『ハートネットTV』12月13日)

草彅剛は『デフ・ヴォイス』の撮影を通してそんなふうに感じたという。

公式ホームページには、本作の制作過程が制作統括をした伊藤学によって綴られている。

ここでも手話には複数の種類があることが説明され、こう続けられている。

生きてきたバックグラウンドで培われた『その人の手話』がある

おそらく劇中で草彅らが使っている手話も、それぞれのキャラクターの生き方や人格が宿った手話なのだろう。きっと手話がわかる人ならば、それがよくわかるに違いない。なんと豊かなことだろう。このドラマでもまた手話が使えないことを悔しいと思った。

草彅剛は、クランクアップの際、共演したろう者たちにこう挨拶した。

草彅「手話にして人に伝えるっていうエネルギーをめちゃくちゃ皆さんから感じて、その力っていうのは生きていく僕らが何か大切なものが隠されているんじゃないかななんて思ったりしてすごく勇気をもらえるシーンがたくさんできたんじゃないかなと思っています」
(『ハートネットTV』12月13日)

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ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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