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証言・ダウンタウンの“伝説の漫才” 爆笑問題・太田はどう見たのか?

てれびのスキマライター。テレビっ子
2011年「ロカルノ映画祭」に参加した時のダウンタウン・松本人志(写真:Splash/アフロ)

10日・11日の2夜連続で生放送されている『FNSラフ&ミュージック』(フジテレビ)。

初日の10日では昨年に続き爆笑問題が出演し、“因縁”といわれている松本人志と再共演を果たした。

漫才中も「松っちゃん、見てる~?」と繰り返した太田光は、松本がいるスタジオに入ってくると松本の前まで行き「共演NG!」と言ってはしゃぐ。ようやく座ると松本に向けて「さすが、伝説の漫才!大したもんだね」と一言。「なんで声ガラガラなん?」と松本に聞かれ「漫才、練習しすぎて……」と自ら大笑い。

そんな太田に空気階段の水川かたまりが「小耳に挟んだんですけど、太田さんが『伝説の一日』のダウンタウンさんの漫才をご覧になったって」と水を向けるとこう答えた。

太田「見ましたよ、もちろん。あんなの見逃せないじゃないですか! 我々、元吉本興業として……」

松本「誰が笑うねん!(笑)」

太田「ダウンタウンが久々に漫才やるっていうんでそりゃ興味ありますよ。だからFANY(チケット購入サイト)っていうんですか、会員になって見ましたよ」

松本「ありがとう、ありがとう

太田も注目して見たダウンタウンの“伝説の漫才”。それが披露されると各所で話題となった。特に今回は見た芸人たちはもちろん、意外なほどダウンタウン本人の証言も多く聞くことができた。それも出尽くした感もある今、本人たちの証言を中心に振り返ることで“伝説の漫才”がどのようにして生まれたのかを探ってみたい。

伝説の漫才

2022年4月3日、大阪・なんばグランド花月(NGK)で行われた吉本興業・創業110周年特別公演「伝説の一日」。その大トリに登場したのがダウンタウンだった。

EPOの「DOWN TOWN」が出囃子として流れると舞台中央にはサンパチマイクがせり上がっていく。その光景にドッと沸く会場。もちろん、サンパチマイクが出てくるということは漫才をやるということだからだ。

松本人志はスーツ姿、浜田雅功はグレーのパーカーにジーンズというラフな格好で登場し、初めはフリートーク気味に進み、途中、客が二人の話に入り「お前、誰やねん!」と浜田がツッコむという具合で『ガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)のかつてのフリートークコーナーを彷彿とする息の合った掛け合いをしていく。このままフリートークが続くかと思いきや、松本が「肩慣らし程度に『クイズ』でも」と言ったあたりからアドリブ漫才としか言いようのないものへ入っていく。

まさに圧巻。

約31年ぶりの約30分にわたる2人の漫才は「伝説」と呼ぶにふさわしいものだった。

事前の打ち合わせはあったのか

漫才中も浜田が「打ち合わせ、してくれへんから」「ずっと思い付きで喋ってるやん!」などと言っていたが、まず最大の謎は、どこまで2人で打ち合わせをしていたのか。

これについては『ワイドナショー』(フジテレビ、22年4月17日)で松本が「今更2人で(事前に)立って合わすなんてことできへんからね、恥ずかしくて」と語り、ほぼ打ち合わせがなかったことを証言している。

さらに『ダウンタウンDX』(日本テレビ、22年5月5日)では、「全く稽古してないんですか?」と問われた浜田は「いや、ゴチョゴチョゴチョゴチョ…って言ってくんねん」と振り返る。小声で「まぁまぁ…大変やで、これお前」などと言ってくるも、その細かな内容については話していなかった模様。だから、浜田は本番前「動物園のゴリラみたいにずっとウロウロ、ウロウロ」していたと今田耕司は言う。

一方、松本は「落語的な感じで」考えていたと証言しているため、松本の中ではある程度、構成を決め、あとは浜田がどのようなリアクションをするかで臨機応変に変えていくというような形だったのだろう。

ダウンタウンの漫才の作り方

『水曜日のダウンタウン』(TBS、22年6月8日)では漫才の感想をコンビで言い合ったりするのかを問われ「そっから会話もしてないし、ありがたがられてもない」と松本。浜田は「ネタをちゃんとやってる頃は当然(感謝の気持ちは)ありましたけど、この間のことにかんして言えば、適当に喋ってますから」と返す。

劇場でネタをやっていた時代は、松本がネタを持ってきて浜田はどう反応していたのかと問われるとこう語っている。

松本「うちは割と(台本ではなく)口伝えでやってたから

浜田「(『これちゃうなぁ』みたいなのは)ない

松本「でもちょっと『んん…?』っていうのはあったと思うで

(※『水曜日のダウンタウン』TBS、22年6月8日より)

なお、以前放送された『まつもtoなかい』(フジテレビ、22年2月19日)では、「調子いいときは漫才5分でできる」と語っていた。

『ダウンタウンDX』(日本テレビ、22年4月28日)では今回の漫才の終わらせ方についても言及。

浜田は「1発目聞いて、すぐ2発目来たから。あ、もし次来たら強制終了やと俺は思ってた」と答える。

松本の父親が他界し、家に線香をあげに訪れて号泣した芸人は誰でしょうと、浜田の号泣をイジるクイズが続けて出された。これをサインだと感じ取った浜田は「3発目が来てくれたから」と「もうええわ!」と終わらせたのだ。

松本はもしここで終わらなくても「どうなるかにもよるな。別にその後もあるっちゃあるけど」と振り返りつつ「終わり方が難しい。浜田に任すしかないから」とお互いの絶大な信頼関係で阿吽の呼吸が成立していたことがわかる。

衣装のスゴさ

そんな終わり方で漫才を締め、舞台からはける時、「別々に帰ってきましたけど、見た感覚では松本さんがファーって帰っていくところに、戯れた浜田さんが(松本の)肩組んでしがみついて帰ってきた感じ」だったと『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ、22年5月13日)で感想を述べたのが大悟だ。

その大悟は浜田の衣装がスゴかったと言う。なぜならグレーの服は汗が目立つから。どんな事態になって汗をかくかわからない舞台にそれを着るのは「汗をかくわけない」という自信があるからだとプレイヤーならではの視点。「どんな精神しとるん?一番脇汗が目立つタイプ!」と。

ちなみに、衣装でいえば、ノブと大吉、濱家が、浜田が履いていた靴(NIKE AIR JORDAN 1 RETRO HI OGの青)を買ったという。

意外だったのはその浜田が唯一こだわったのが出囃子。「当時の出囃子」と東野が証言するEPOの「DOWN TOWN」を使いたいと言ったのは浜田だったと『ワイドナショー』(同前)で松本が語っている。

漫才の題材

『ツマミになる話』(同前)では松本が「絶対に時事ネタはやらない」と漫才の題材に対するこだわりを語っていた。「時事ネタやればウケるじゃない? 浜田が俺を叩いてきた時にウィル・スミスを出せばウケるやろうし広げることはできるけど陳腐じゃない?」と。

では、どんな題材を好むのか。

その答えは「伝説の一日」以前に放送された『笑いの正体』(NHK、22年3月21日)で語られている。

このときも松本は漫才についてあまり練習したこともない、台本も作らないと語った上で、「カモシカのような足」ではなく「カモシカの足のような足」ではないとおかしいといった「日本語遊び」が原点にあるという。

そんな松本について濱家は、松本が「すー…、スタジオの」のように最初に言いよどむときがあるが、それは「時間置いてその間にこっちが頭の中を整理して聞きやすいように仕向けている」のではないかと分析する。こうした言いよどむ独特の間は、今回の漫才でも巧みに使われていた。

また劇団ひとりは、浜田のツッコミに対して「浜田さんが“発明”したのはボケられると腹が立つという感情が(ツッコミに)乗っかるってこと」だと解説。まさに今回のアドリブ漫才はそうした感情が乗ったツッコミを生み出しやすいものだったし、その浜田の“発明”が最大限活かされていたものだった。

ダウンタウンの漫才について鬼越トマホーク・金ちゃんが、爆笑問題の太田に感想を求めた際、太田はこう答えたという。

立ち話みたいな感じで漫才やるっていうのが俺らにはできないスタイルだからめちゃくちゃ面白かった。あれがホントの漫才のスタイルだな

(※『ゴッドタン』テレビ東京、22年8月20日)

爆笑問題・太田光
爆笑問題・太田光写真:ロイター/アフロ

忘れられない一日

『笑いの正体』(同前)では、松本にとって最初の“伝説の1日”ともいえる「一生忘れられない日」があると述懐している。それはデビューしたばかりの頃。まだテレビでほとんど活躍できていなかった時期に、正月の超満員のなんばグランド花月で、「紳助竜介→ダウンタウン→やすし・きよし」という普段はありえない香盤があったそう。

客からは早くやすきよを出せという視線。それに燃えた松本はドカーンと爆笑をかっさらう。次のやすきよはそこまでウケておらず「勝った」と思ったという。

この実力と人気が見合っていない時期のことを描いたのが、NSCを特集した『アナザーストーリーズ』「笑いの革命者たち」(NHK、22年4月22日)だ。

デビュー当初は、なかなかメディアで活躍の場がなかったダウンタウンだが、彼らのことを一番面白いと確信していた大崎洋(現・吉本興業会長)は自らラジオ番組に出演してダウンタウンを売り出す。それが『心斎橋わしらはお笑い探検隊』(ラジオ大阪)。大崎がホストとなって芸人にインタビューする番組だ。

1985年にダウンタウンが出演した回で、「ダウンタウンはなぜ売れないのか?」をテーマに、まず島田紳助の「あいつらオモロいねん。めちゃめちゃオモロいねんけどね、今、流行らへんのや。今、お酒でいうたらみんなが『焼酎の時代や』言うてんのに一生懸命おいしいワイン作ってるのと一緒。うまいねんけど飲むやつがおらへん」という漫才にこだわるダウンタウン評を本人たちにぶつける。それに対する彼らの回答がスゴい。

松本「僕らはごっつい漫才に固定してると思ってはる、今の話、聞いとったら。漫才にすごく力を入れてオモロい漫才をやろうとしてると思ってるでしょ? 僕らはそこまで漫才をやってません。というか、もう僕らの中で漫才は答えが出てますから。もうオモロいんや、ほっといても絶対負けへんわっていう

浜田「下手にならんように練習さえすりゃあ……

松本「そうです。それだけのもんで、ハッキリ言うて課題から外れて(漫才は)置いてますから、今度は違うところへもう行ってますから。僕らの漫才はほとんど完璧です

(※『アナザーストーリーズ』で紹介された『心斎橋わしらはお笑い探検隊』の音源より)

2人の漫才に対する確固たる自信が窺える。

「漫才論争」への回答

そんな漫才に対して、マヂカルラブリーの『M-1』優勝によって起こった「漫才論争」について『ワイドナショー』(フジテレビ、20年12月27日)では「漫才の定義っていうのは基本的にない」と言及。

松本「定義はないんですけど、定義をあえて設けることでその定義を裏切ることが漫才なんですよ。だから定義はあえて作るんですが、これは破るための定義なんですよ。今回のマヂカルのことでいうと、たとえがいいのかどうかわかんないんですけど、野球のすごい大一番のときに、ピッチャーが、“消える魔球”を投げたみたいな感じなんですよ。で、我々プロは『すごいな』『ここで消える魔球、魔球投げてくんねや』って思うんですけど。まぁ、にわかプロ野球ファンなんかは『あれは卑怯だ。あそこで魔球投げるかね。真剣勝負せえや』みたいな意見出てくるんですよ。これはたぶんね、一生交わらない。交わらないからこそ、我々は飯が食えていける

(※『ワイドナショー』フジテレビ、20年12月27日より)

さらに「“正統派漫才”なんてさ、正直、ベテランの漫才師さんでいまいち爆発力に欠ける人をなんとか言わなアカンから言うてるだけやからね」と付け加える。

今回の「伝説の一日」の漫才についての証言でもっとも驚いたのが、漫才をやろうと決めたきっかけ。

それが『水曜日のダウンタウン』でおぼん・こぼんが仲直りして行なった漫才を見たこと。「2人で喋るのってカッコいい」と思ったのだと(『ツマミになる話』同前)。

実際の放送でもおぼん・こぼんのVTRを見終わった松本は「カッコいい、やっぱカッコいいよねぇ……」と唸るように繰り返していた。

2022年5月28日の『ENGEIグランドスラム』(フジテレビ)では爆笑問題に代わり大トリを任されたおぼん・こぼん。

僕らの場合はインチキ漫才」と本人がいう“正統派”などとは口が裂けても言えない楽器を使ったハチャメチャな漫才を披露し、「漫才、楽しいね!」と笑った。

関連:「天才」横山やすしの“謹慎”が「やすきよ漫才」にもたらしたもの

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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