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「しゃべらない漫才」で上沼恵美子との“因縁”に終止符 M-1新王者・マヂカルラブリーのギャンブル

てれびのスキマライター。テレビっ子
(写真:アフロ)

「ケセガンガンガンガンガーン!」とおなじみの出囃子が流れる中、せり上がってきたマヂカルラブリーの野田クリスタルは土下座をしていた。その時、野田の視線に笑っている観客の顔が映った。その瞬間、「勝つかも」と思ったという。

12月20日に開催された『M-1グランプリ2020』決勝戦(ABCテレビ・テレビ朝日系)。

『M-1』における“史上最速ボケ”で得た野田の“予感”は的中し、1本目のネタで2位につけ、優勝決定戦に勝ち進んだマヂカルラブリーは、2本目の漫才で大爆笑を生み、史上初めて審査員の票が3-2-2でわれる大接戦を制して優勝を果たした。

最大のギャンブル

野田が土下座でせり上がってきたのには伏線があった。

マヂカルラブリーは3年前の2017年にも『M-1』の決勝に進出。その際、審査員の上沼恵美子から「好みじゃない」「よう決勝に残ったな」などと酷評され、最下位に沈んでしまった。ここから「上沼怒られ枠」などという言葉まで生まれた。

そのため野田は、2019年の『M-1』敗者復活戦では「えみちゃん、待っててねー!」と、2020年の『R-1ぐらんぷり』で優勝した際は「えみちゃん、ありがとうーー!!」と叫ぶなど、たびたびネタにしていた。

マイクの前に立った野田は自己紹介で「どうしても笑わせたい人がいる男です」という掴みを使い、しっかり笑いをつなげ、「高級フレンチ」のネタを披露した。

「GYAO!」で配信された『世界最速反省会』によると、ギリギリまで1本目のネタをどちらにするか決められなかったという。

彼らが準決勝で披露したのは「吊り革」だった。通常、準決勝はその年で一番自信のある勝負ネタをかける。つまり、マヂカルラブリーは、勝負ネタを“温存”したのだ。多くの芸人は、1本目に準決勝のネタを持ってくる。なぜなら1本目で上位3組に残らなければ、2本目のネタを披露できないからだ。せっかく一番自信のあるネタを見せないまま終われば後悔することは必至。よっぽど自信がなければ、温存することはできない(1本目は良かったけど、2本目は見劣りするといわれることが少なくないのはこのためだ)。

だから、マヂカルラブリーの選択は大きなギャンブルだったといえるだろう。

野田が1本目に「高級フレンチ」を披露すると決めたのは、5番目だったおいでやすこがのネタが終わった後だという。マヂカルラブリーは6番目となったため、まさにギリギリの決断だった。

おいでやすこがは準決勝で一番の爆笑をとり、予選1位で突破した。ピン芸人同士のユニットとして初のファイナリスト。その芸風もいわゆる漫才師とは異なるため、場の空気が変わり、彼らの直後の出番は、やりにくい。

だが、彼らの出番の後、CMが入った。

そこで野田は「高級フレンチ」で行く、つまり「吊り革」を温存すると決めたのだ。CMが入れば荒れたスタジオの空気が一旦リセットされる。そうなれば自分たちの世界に持っていくことができると考えたのだろう。

奇しくも出番順は2017年同様、6番目。

ネタ終わり村上は「漫才を見つめ直して1から作ってきました」と言うが、スタイル自体は変わらず我が道を行く漫才だった。

「早くあの人の声が聞きたいです」と言う野田に「待て待て待て。まずは点数です」と今田が制す。

採点は上沼恵美子が94点をつけた他、中川家礼二、サンドウィッチマン富澤がこの日の最高点をつけ、合計649点。おいでやすこがに次ぐ2位につけ、“ギャンブル”に勝ったのだ。

しかし、もっとも雪辱を晴らしたかった相手である上沼恵美子のコメントは「3年前? ……なんにも覚えてない」というものだった。

しゃべらない漫才

関東芸人がファイナリストに多く残った今大会だが、優勝決定戦に勝ち残ったのは、マヂカルラブリーのみ。2015年のトレンディエンジェル以来、関東から王者は出ていない。

審査員も務めるナイツ・塙は「関東芸人はM-1で勝てないと思っています。ちょっと、言い過ぎかな。言い換えると、勝とうと思わないほうがいい」(『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』)と綴っている。なぜなら『M-1』の王道は「しゃべくり漫才」。そのしゃべくりの「母国語は関西弁」。日本語でオペラやミュージカルをやると、どこか不自然な感じがしてしまうのと同じように、関西弁以外でしゃべくり漫才をやるのは不利だというのだ。

そこでマヂカルラブリーが導き出した答えは「しゃべらない」というものだった。野田がほとんどしゃべらず、動きと村上のツッコミだけで笑わしていくのだ。

変則的な漫才ばかりだった今大会の中でもひときわ変則的な漫才。これに会場は大爆発した。司会の今田耕司も涙を流しながら笑う。

床に寝転がり小便が自分にかかった演技をした瞬間、優勝が見えたという。

結果、3-2-2の大激戦で礼二、志らく、富澤の票を獲得したマヂカルラブリーが優勝。ちなみに上沼はおいでやすこがに票を投じたため、「ズッコケそうになりました」「シビアなんだなって」と野田は笑って振り返る。

これにより、野田は2020年、『R-1』に続き1年で2冠となった。本人たちもその『R-1』王者という看板が優勝への後押しになったのではないかと分析している。

野田は涙ながらに「最下位とっても優勝することあるんで諦めないでください!」と語り優勝を噛み締めた。そして最後に「えみちゃん、やめないでーー!」と叫び、上沼恵美子との“因縁”に終止符を打った。

クリスタル期

翌朝出演した『ノンストップ』(フジテレビ)では、司会の設楽に「2020年スゴいね。両方タイトル獲っちゃって」と言われるとこのように返している。

野田: 俺の時代っすか?

設楽: そうだよ、野田の時代。クリスタル期だよ。

野田: 『キングオブコント』もファイナリストになってるんで。

設楽: 3冠はマズいって。どっかから圧力かかる(笑)

(『ノンストップ』20年12月21日)

一部では「あれが漫才なのか?」などという議論も起こっていると聞くが、わざわざその定義を狭くする必要なんてないはずだ。10組ともがまったく種類の違う漫才で、こんなにも漫才は自由で幅広く多様なものなのかと、改めてその可能性の無限さを感じさせてくれた大会だった。その中でももっとも自由で、もっとも笑いをとったのがマヂカルラブリーだったのだ。

ナイツ・土屋も「漫才じゃないんじゃないか、という話もありましたけど、桂子師匠がよく『突っ立ってるだけなんか芸じゃないよ』って言ってたから、天国で大笑いしてたんじゃないか」(『世界最速反省会』)と語った上で「わかんない。すごく怒ってるかもしれないけど」と笑う。誰も漫才を明確に定義することなんてできない。

最下位に沈んだ2017年は「むちゃくちゃ叩かれた」という。その時も「こんなの漫才じゃない」と言われ、「何が面白いんだ」「漫才師の中で一番つまんない」などと言われた。

優勝会見では、「前のコンビも合わせて16歳から『M-1』にチャレンジしてきて落ち続けてきた。村上も前のトリオで挑戦してきた。すげー長くて。3年前の最下位って、並の最下位じゃない。お笑いやめてもいいくらいの最下位だった」と振り返る(「お笑いナタリー」20年12月21日)。楽屋に戻った野田が「もう漫才やれないかも」と漏らすほどだったという。そこからの大逆転劇だったのだ。

加藤浩次に「どう? 気持ち的には最下位から優勝って」と問われこう答えている。

野田: 見たか!って感じですね。

加藤: それは誰に対して?

野田: この世に!

(『スッキリ!』20年12月21日)

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ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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