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「M-1グランプリ2020」決勝戦、キーワードは「泥臭さ」 今回の見どころは

てれびのスキマライター。テレビっ子
(写真:アフロ)

いよいよ本日、ABCテレビ・テレビ朝日系で生放送される『M-1グランプリ2020』決勝戦。

昨年は、M-1史上最高得点(※現在の採点システムにおいて)で優勝を果たしたミルクボーイを筆頭にハイレベルでドラマチックな戦いが行われ“過去最高”、“神回”などと評された。毎回のように「人生が変わる瞬間」を目撃できる『M-1グランプリ』。一体今年はどんな大会になるのだろうか。

決勝に残ったのはオズワルド、ニューヨーク、おいでやすこが、マヂカルラブリー、東京ホテイソン、アキナ、錦鯉、ウエストランド、見取り図の9組。これに当日決定する敗者復活1組を加えた10組が第16代王者の座を争う。

いよいよ機は熟したーー連続出場組:見取り図、ニューヨーク、オズワルド

今回の決勝進出者は、大きく3つにわけることができる。まずは連続出場組だ。

3年連続決勝進出を果たしたのは見取り図、2年連続となるのがニューヨーク、オズワルド。

見取り図は2018年に9位、2019年に5位と着々と順位を上げてきている。決勝進出者発表会見でも誰よりも落ち着いているように見えた。前年大会の楽屋でも盛山がムードメーカーとして雰囲気を盛り上げていたという証言もあり、大阪吉本の若手が所属する「よしもと漫才劇場」のリーダー格でもある彼らが、今回も出場者たちを引っ張る存在になるだろう。自らの強みを「泥臭さ」という彼らは、いわゆる「しゃべくり漫才」の王道をいくコンビ。経験値がものをいうだけに、機は熟したといえるのではないか。

前回、トップバッターとして登場したニューヨーク。最下位という結果だったが、松本人志の審査コメントに対し屋敷が「最悪や!」と言い放って爆笑を誘い、番組としての『M-1』を盛り上げた陰の立役者でもあった。今年は台頭する「お笑い第7世代」に対し、泥臭くいちゃもんをつける「第7世代論争」で、バラエティ番組で大活躍。『キングオブコント』においても準優勝という結果を残し、認知度も急上昇。脂が乗り切っているいま、彼ら本来の底意地の悪さを全開にした漫才が期待される。優勝候補筆頭だろう。

前回の大会では、独特なテンポの漫才でインパクトを残したオズワルド。今年10月に行われた「マイナビLaughter Night 第6回チャンピオンLIVE」でも優勝を果たし、確かな実力を証明し続けている。バラエティ番組では、伊藤の遅刻癖に焦点があたっているが、どれだけ遅刻をしても動じず、見事に「言い訳」で笑いをとる姿を見て『勇者ああああ』のプロデューサー・演出の板川侑右はこう彼を評している。

遅刻の責任を先輩になすりつけつつ「誰だよそれ」のツッコミをも誘発させる高度な言い訳テクニック。遅刻のミスを帳消しにするかのように登場から立てつづけに爆笑を取っていく伊藤に僕らは驚愕した。酒臭い息を撒き散らしながらヘラヘラとツッコミを入れていく「酔拳スタイル」でその日伊藤は笑いと撮れ高を大量に増産、現場を最後まで回しつづけた。

「ヤバい人」に出会ったかもしれない、そう思った。もちろん「ダメ人間」という意味ではなく「とんでもないスター」に化けそうな人という意味で。

(「QJ Web」20年6月11日)

先輩からは「お客さんが味方になって、どこでやってもウケる時期がある。オズワルドは今がそれなんじゃないか」と言われたというオズワルド (「日刊サイゾー」20年11月25日)。2019年の準々決勝、準決勝ではトム・ブラウン、決勝ではミルクボーイ、さらに今年の準決勝ではおいでやすこがと、その日一番ともいわれる大爆笑の直後に登場しながらも平常心で自分たちの漫才をやりきった彼ら。その類まれなメンタルでどの順番で出てきてもその実力を発揮してくれるはずだ。

賞レース決勝常連が並ぶーー返り咲き組:マヂカルラブリー、アキナ

決勝に返り咲いたのはマヂカルラブリーとアキナの2組。

マヂカルラブリーは、2017年以来2度目の決勝進出となる。その後、彼らは2018年の『キングオブコント』で決勝進出。さらに今年、野田クリスタルが『R-1ぐらんぷり』の決勝進出を果たし、史上初の「トリプルファイナリスト」になったばかりではなく、そのまま野田は『R-1』王者にも輝いた。このところ“賞レース荒らし”としてにわかに注目を浴びている大宮ラクーンよしもと劇場を主戦場にする「大宮セブン」の一角でもある。“劇場事情に詳しい”パンサー向井は、大宮の強さについて以下のように分析している。

「隔離された土地で、みんなそれぞれ独自の進化を遂げるっていう、ガラパゴス諸島みたいな劇場で。大宮の地元に根付いた営業とかがいっぱいあったりするんで。(鍛えられた)結果が今こうなってるのかなという感じはします」

(『シンパイ賞』20年12月13日)

前年、この大会をきっかけにブレイクしたすゑひろがりずに続いて「大宮セブン」が『M-1』をも席巻するかもしれない。前回の『M-1』決勝では、上沼恵美子に「好みじゃない」「なんで決勝に上がってこれたの?」と酷評され、最下位に沈んでしまった雪辱は、『M-1』で晴らすしかない。まさに今年がその絶好のチャンスだろう。

アキナは2016年以来2度目の決勝進出。2014年、2015年、2017年には『キングオブコント』にも決勝進出しており、賞レース決勝の常連だ。山名は今年になって、「いま漫才やっていて楽しい」と感じるようになったという。準決勝でも「ネタをやっている途中で、すでにイッてました」と力を込めて振り返る(「Smart FLASH」20年12月12日)。決勝に行く確信があったというのだ。こういうときの芸人は強い。

大会の主役になるかーー初出場組:おでやすこが、東京ホテイソン、ウエストランド、錦鯉

初出場となるのは、おいでやすこが、東京ホテイソン、ウエストランド、錦鯉といういずれも個性的で“物語”を持った大会の“主役”になり得るコンビたちだ。

おいでやすこがは、ピン芸人のおいでやす小田とこがけんからなるユニット。ピン同士のユニットが決勝に進出するのは大会史上初だ。準決勝直前に『R-1』のルール変更でその出場資格を突然失った2人。それが大きなフリとなって、準決勝では一二を争う爆笑を生んでいた。昨年、漫才師っぽいネタを作って予選敗退した失敗を踏まえ、今年は漫才師っぽくなったらお互い注意し合うことを徹底したという彼ら。彼らの“物語”がしっかり観客が共有できれば、そのハイテンションなネタで一気に空気を変え、うねりを生むことも可能だろう。

ここまで紹介した全組が吉本所属だが、他の初出場3組は非吉本だ。

グレープカンパニーの東京ホテイソンは、2017年から3年連続で準決勝進出。まだ20代半ばながら早くから決勝進出候補に挙げられていたが、ついに今年、決勝にたどり着いた。たけるが幼少期から嗜んでいた備中神楽をいかした独特なツッコミが代名詞だが、霜降り明星・粗品の「体言止めツッコミ」と比較されてしまう運命をたどってきた。そんな東京ホテイソンの昨年の漫才を見て東京03の飯塚はこう評している。

「(昨年のM-1の)敗者復活でみた東京ホテイソンがすごいおもしろくて。たとえツッコミじゃなくなってんの、今。あの言い方なんだけど、喩えとかじゃないの。進化してる感じがして。あれを進化させられるんだって!」

(『ゴッドタン』20年2月29日)

初出場ではあるが、それを感じさせない本格派。『M-1』との相性もよさそうで高評価が期待される。

決勝進出者発表でもっともどよめいたのはタイタン所属のウエストランドだ。東京ホテイソン同様、早くから注目され『THE MANZAI』の認定漫才師にもなり、『笑っていいとも!』のレギュラーにも抜擢されるが、あと一歩というところでブレイクには至らず、雌伏のときを泥水を啜るようにあがいてきた。その捨て身ともいえるまくしたてる漫才で、鬱屈したむき出しのパッションをぶちまけ、爪痕を残すのは確実だろう。

ちなみに井口は、前歯が上下共に2列で「二重歯列」という特殊な歯並びを持つが、歯が8本ないのが錦鯉・長谷川だ。

その錦鯉の名が決勝進出者発表会で呼ばれると、周りの芸人仲間の多くが自分のことのように喜んだ。いま、もっともお笑い芸人・お笑いファンからもっとも背中を押されている存在といっても過言ではないのがSMA所属の錦鯉だ。49歳の長谷川と42歳の渡辺からなる大ベテランコンビでありながら、『M-1』ラストイヤー(結成15年)は、7年後の長谷川が56歳の年という面白すぎる経歴。長谷川が収入難で後輩芸人からわずか300円を借りたという“事件”も話題になった。強烈な哀愁が漂いながらも、そのネタはひたすら“バカ”でハイテンション。事務所の先輩であるハリウッドザコシショウにも通じる“人間力”で会場を味方につければ、大きな追い風となり、最年長優勝という快挙も夢ではないはずだ。

敗者復活組もハイレベル。今年のM-1を占うキーワードは「泥臭さ」

今年は9組中6組が関東芸人。2015年のトレンディエンジェル以来4組目の関東芸人からの王者が出るのかも注目される。

敗者復活組も、ぺこぱ、金属バット、コウテイ、キュウ、ランジャタイ、ニッポンの社長、インディアンス、からし蓮根、ゆにばーす……と個性あふれるハイレベルな戦いになるはず。誰が復活しても決勝進出者と遜色なく、優勝も狙えるだろう。

「漫才は止まらない」という横断幕を掲げ、無観客での予選1回戦から始まったコロナ禍での『M-1』。今年の決勝は、「泥臭さ」がひとつのキーワードになるのではないか。闇が深いほど、強い光を放つ。過去最高と称される昨年を超えるような“物語”の種は揃っている。今年、「人生が変わる」のは誰になるのか。その瞬間を見届けたい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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