ちょうど40年前、1976年の7月22日。
日本テレビで放送された『木曜スペシャル』が大きな反響を呼んだ。題して「謎の怪奇人間オリバー!」。
“人間とチンパンジーとの混血”「ヒューマンジー」という触れ込みで鳴り物入りで来日したオリバーくんを特集した番組だった。
演出は数々のUFO番組で名を馳せた矢追純一である。視聴率は24.1%を叩きだした。
超VIP待遇の演出
オリバーくんは「染色体の数が、チンパンジーと人間のちょうど中間」の47本だというのだ(これは結局検査で否定された)。実際、オリバー君は通常のチンパンジーよりも人間っぽく見えた。歩く姿勢がよく、スムーズ。顔つきも人間に近く、頭髪も薄かった。椅子にも座れるし、直立不動もできる(チンパンジーの亜種「ボノボ」だったという説もある)。
何より、人間の女性のヌード写真を見せると勃起するというのだ。動物学的にはありえない現象だという。
ファーストクラスで来日し、ホテルはスイートルームに宿泊という超VIP待遇の演出も大きな話題となった。一週間の豪華食事メニューまで細かに報道された。
こうしたギミックで連れてきたのが、「アントニオ猪木vsモハメド・アリ」などを実現させたことでも知られる伝説の興行師・康芳夫である。
康: 日本航空のファーストクラスで来日させて、京王プラザのスイートルームに泊まらせる予定だった。結局どちらもキャンセルされて、貨物飛行機で来たんだけどね。部屋は檻に入れる条件でダイヤモンドホテルのスイートになった。
ちなみに、この時、オリバー君の世話係を務めたのは、まだ大学を卒業したばかりでADだった伊藤輝夫、のちのテリー伊藤。「あの経験でテレビに関する考え方が変わった。テレビってなんでもできる」と思ったという。
こうした演出で連日週刊誌などを賑わせる「オリバーくん旋風」を巻き起こした。それは週刊誌にとどまらず、一般紙までにも波及。朝日新聞や毎日新聞では、このギミックを「パスポート申請したが、出入国は結局、荷物扱い」「『サルがファーストクラスの部屋に泊まったのでは、あとでお客が来なくなる』と断られる」などと内幕を報じ、真っ向からの批判を展開したことで社会現象となっていった。
さらに「オリバー君のロックンロール」なるイメージソングまで作られたのだ。
オリバーくんとのSEX計画
極めつけはオリバーくんの「花嫁」候補として「お見合い相手」が募集されたことだ。
人間のヌードに発情するならば、人間との性生活を実況できるのではないかと企画されたのだ。なんと報奨金は1000万円。今なら、いや、当時としても倫理的に許されるものではないありえない企画だ。
だが、この呼びかけに何十人もの女性から応募があった。
その中から康が選んだのが19歳の元女優の女性だった。
このことは『週刊女性』76年9月7日号に「オリバーくんとのSEXを志願した女性の素顔」と題した記事で報じられている。
見出しには「強姦されると思えばいいじゃない!」という文字が踊る。
その女性は、オリバーくんとのSEXに名乗りを上げた理由として報酬金や売名に加えて「両親を見返したい」という思いがあると「オリバーくんの許嫁」本人が語っているという。
「幼い頃に両親が離婚して……(オリバーくんとSEXして両親を)あっと言わせてやりたい。子供を放っておく人間の方が、よほど道徳的じゃないんだって」
医師の立ち会いのもと、オリバーくんを縛り付けたうえでSEXする予定だった。
しかし、決行直前、母親からの強い中止の申し入れがあり、結局この世紀の実験は実行されなかった。
「オリバーくんの許嫁」の真実
この顛末を『週刊プレイボーイ』の連載で綴った荒俣宏は、2001年、その「オリバーくんの許嫁」と対面を果たしている。
たまたま自分のことが書かれた記事を読んだ女性本人が、事実と違うと編集部に抗議してきたからだという。
「首尾よく子ができれば1000万円出るとは聞きましたが、実際にオリバーに触れてもいませんので、お金は1銭もいただいておりません。ですから、当時報道されたような、お金欲しさに応募したという話はまちがいです。でも、親の反対で実験が中止になったというのもまちがいです。母は、むしろ応援してくれましたから。私だって本気でしたし」
では、なぜ中止になったのか。
康芳夫はこのように語っている。
康: 話の方向が猟奇的になりすぎたんだ。警察まで電話をかけてきて、本当にそんなことをするのかと警告するしね。まんがいち、そういう子が生まれた場合、法律が追いつかないから、国家的な問題になる。日本テレビも中止を決断せざるを得なかった。
テレビがなんでもありだった時代。“見世物”的、下世話な好奇心を刺激し、センセーショナルを巻き起こした「オリバーくん旋風」。
それはテレビとは何か、倫理とは何か、人間とは何か、という問いを40年経ったいまも投げかけている。