トヨタ社長会見は模範的、でも常務はアウトです。

社員が逮捕され、シロクロがはっきりしない段階に、所属する企業がどんな対応をするべきか。こうしたクライシス状況を具体的に想定した役員向け広報メディア対応の研修をこれまで数多く手がけてきましたが、この問いに対してすぐに明快な答えを出せる人は、決して多くはありません。

だからこそ、このタイミングは捜査の結果が出た後よりも企業の対応やその内容に差が出やすい。逆に言えば、「あの状況になった時に、どうすればいいか」の答えを多くの経営層の人たちは知りたがっています。

その観点で、トヨタ女性役員の麻薬輸入事件におけるトヨタの対応は1つの模範解答と言えます。

1.「信じる」というメッセージ

6/18(木)米国から麻薬を密輸したとして、警視庁がトヨタ自動車の常務役員ジュリー・ハンプ氏を麻薬取締法違反(輸入)容疑で逮捕しました。

その約4時間後にトヨタは声明を出します。

「ハンプ氏の逮捕について承知しておりますが、当局の捜査が継続しており、それ以上の事実は把握しておりません。捜査には全面的に協力して参ります。われわれは今後の捜査を通じて、ハンプ氏に法を犯す意図がなかったということが明らかにされると信じております」

注目は何といっても最後の一文です。

薬物を自ら輸入手配したところまでは本人が認めているということで、こうした場面でよく使われる「早く疑いが晴れることを願っています」とは言えません。

そこで会社側が寄り添える精一杯のメッセージが、「本人に意図がなかったことを信じる」というものでした。

「信じるなんて誰でもできる」「無責任だ」「海外から見て、この言葉は甘いんじゃないの?」といった声もありましたが、捜査が進む段階なので、あの人はああだこうだ、というコメントはできません。会社側もシロかクロかが分からない。不用意にかばうこともできないし、「ただ驚いています」だけでは冷たい印象が出る。

その時点で使える、結果がどうなったとしても企業メッセージとして繰り返し使えるギリギリの表現が「信じる」という言葉だったと考えられます。

2.迅速なトップの会見

報道によって世間が騒がしくなり、憶測やスキャンダル風に騒ぎ立てる動きも出てきた翌日、金曜の午後に入って、「17時に社長会見」という一報が流れました。早いタイミングでトップが出てきたな、という印象を持った人が多かったのではないでしょうか。

情報が少なく、捜査中で話せることも限られている。そんな理由で記者会見のタイミングを決めきれず、後に対応が遅いなどと批判される企業が少なくありません。

実際、朝日新聞などは、

「2009年秋からの大規模リコール問題では、豊田社長自身が翌年2月まで記者会見せず、「誠意が感じられない」などと厳しい批判を浴びた。逮捕翌日に早々に記者会見に応じたのは当時の反省からだ」

出典:朝日新聞

などと報じていますが、いずれにしても今回のトヨタは、会社側の意思でトップが説明の機会を作る、という姿勢を見せることができたと言えるでしょう。

自ら先手を打ち、会社側の意思がはっきりしていると、会見自体もコントロールしやすいものです。

約200人ものメディアが参加した注目度の高い会見だったにもかかわらず、30分足らずであっさりと終了。それでも不満の声は大きくならず、トヨタが発信したいメッセージはしっかり伝えられたと考えられます。

■トヨタ社長会見(2015/6/19)

3.個別の質問を原則論で答える

メディアは、トヨタ初の女性役員のデビュー直後という、象徴的な人物が最も注目されるタイミングで逮捕されたということで、いろんな意味で大きな痛手だと思っているし、そう報じたいという意図があります。

なので、トヨタにとってのハンプ氏はどうなのか、という話をとにかく聞きたいわけです。

一方で、万一「クロ」だった時に任命責任やリスク管理の面を指摘される可能性がありますから、特定の人物像について、このタイミングでトヨタ側は細かく語りたくありません。

ポジティブにも言いにくいし、ネガティブにも言えない。

米国人役員の安易な切り捨てと見られて米国内で批判が高まることも避けたいし、国内でも女性登用の難しさ、みたいな言われ方をしたくありません。

あちこちに地雷がある状態です。

その点でも、豊田社長はやりとりに長けていました。繰り返し聞かれるハンプ氏についての質問に対して、決して踏み込みすぎないのです。

それは、たとえばハンプ氏が「かけがえのない仲間」であり、「人柄」と広報トップ(CCO:チーフコミュニケーションオフィサー)としての「当事者意識」に優れている人物だ、という程度で、その立場に就く人物なら誰にでも言えそうな内容にとどめます。

この場合はそれが適切なのです。

慣れない日本生活に対する「会社のサポートが十分だったのか解明に努めたい」といったことですら、社員一般について言える内容で、その後には必ず原則の話でまとめます。

トヨタは国籍性別を問わず「適材適所で人材を登用」し、「真のグローバル企業」になる大きな決断をしたのだ、と。

豊田社長は、会見で「役員・従業員は私にとって子供のような存在。子供を守るのは親の責任。子供が迷惑をかければ謝るのも親の責任だ」とも語っています。特徴的な表現で注目されましたが、これもハンプ氏個人についての心情ではなく、経営者としての考え方を示したにすぎません。

そして、何を聞いても最後には「捜査中で詳しい話は控えたい」「捜査には全面的に協力する」「ハンプ氏に法を犯す意図がなかったことを信じる」という前日の声明を繰り返しました。

それによってこれらが現段階でトヨタとして言えるほとんど全ての情報であることをうまく印象付けました。

これが現段階で模範解答と言える大きな理由です。

これによって、メディアとしては最低限の報道はできるけど、それ以上に話を膨らませづらくなったと見られます。

4.いずれにしても常務はアウトです

会見の様子から、トヨタが何とかハンプ氏を守りたいと考えていることはよく伝わってきましたが、たとえトヨタの声明通り「ハンプ氏に法を犯す意図がなかった」としても、残念ながらハンプ氏はアウトです。

ハンプ氏が、仮に健康上の何らかの理由で、米国では鎮痛剤として普及するオキシコドンを使っていたとします。

法律知識や意識に乏しい、ごく一般の外国人であれば、日本国内では所持に手続きが必要だと知らなかった、という言い訳はあるでしょう。

しかし、彼女はグローバル企業のグローバル広報のトップです。

広報を数年やれば、責任者でなくともリーガルリスクや必要な手続きに意識が及ばないことは、仕事の性質上、考えられません。

ましてや、トヨタの社長が当事者意識が強いと評する優秀な人物です。米国でさえ中毒が社会問題化されているという薬物の扱いについて、手続きが必要だと知らなかったと考える方が無理があります。

手続きが面倒だったとするなら、コンプライアンス面でアウト。

もちろん、密輸の意図有りでも、中毒でもアウトです。

法を犯す意識が仮になかったと言えたとしても、リスク意識の欠如という観点から、いずれにしても、広報の責任者としては完全にアウトなのです。

5.真のグローバル企業に向けて

もし、トヨタがこの先も「真のグローバル企業」としてあるべき姿を示すとするならば、ぜひブレずに一貫した方針で対応を決めてもらいたい。

注目され、持ち上げられたトヨタ初の女性役員で広報トップという会社の顔は、おそらくトヨタを去っていくことになるでしょう。

その際には、ぜひこの先も国籍性別を問わずに「適材適所」の観点から登用を決めること、そして、「真のグローバル企業」に向けた成長を止めないことをはっきりと発信してもらいたいと思います。