Yahoo!ニュース

「大学生」とは何者か?SNSで新入生に訓示を書く意識高い系よ、まずは普通の大学生活の成立を応援せよ

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
ついつい人は自分の理想の大学像を語ってしまうものなのだ。(写真:アフロ)

意識高い系ウォッチャーとしては、たまらない季節がやってきた。明日から4月だ。大学には新入生が、企業には新入社員がやってくる。この時期は意識高い系の人たちが、SNS上で「訓示」や「お気持ち」を表明する。その香ばしさを味わうのが毎年の楽しみである。いや、エールをおくりたくなる気持ちはよく分かる。先行き不透明な世の中を生きる若者を応援したいのだろう。中には完全に自己PRのための「訓示」もあるのだが。

もっとも、この手の話はたいてい「前向きに生きろ」「スゴイ人になれ」という話になりがちだ。気持ちは分かるのだが、若者をめぐる環境は年々、過酷なものになっている。特に大学生に関してはそうだ。奨学金問題、ブラック企業問題、さらには就活の早期化・長期化・・・。単位も簡単にはとれない。出席もICカードで管理されており、代返をすることは難しい。レジャーランド、モラトリアムと揶揄された大学の姿はそこにはない(まあ、過ごし方によるのだが)。

意識高い系トークは迷惑なのだ。あるべき若者像の押し付けであり、時には言葉の暴力になりうる。

それでも、ついつい自分のあるべき大学像、大学生像をもとに、訓示のようなもの話してしまう。実は「いい話」だと思うのは、大学生においてはごく一部の層にしか響かない。実際は、大学生というよりも、その人のファンが共感する。若者にエールをおくる○○さんってかっこいい、的な。

そんなことを考えていたときに、大変に面白い本に出会った。

『大学1年生の歩き方 先輩たちが教える転ばぬ先の12のステップ』(トミヤマユキコ・清田隆之 左右社)

https://www.amazon.co.jp/dp/4865281738/

である。

マイナビニュースでの人気連載をまとめたものだ。大学生活のガイド本というものは、毎年のように登場しているが、「大学1年生」に振り切っているのが面白い。勉強、サークル、アルバイト、恋愛、就活など、分野別にまとめるのではなく、大学に入学してからの12ヶ月間を時系列で案内しているのも分かりやすい。「やばい、クラス内で友達グループができてしまった」「キャラ設定を変えたい」など、時期別に起こる課題に対応しているのが良い。

現代の大学生の悩みに寄り添っていると感じるのは、「人間関係」「コミュニケーション」「居場所」などの悩みに対して、多くのページがさかれていることである。「社会人気取り」に気をつけろ、「色恋だけではない男女関係」を築くためには、「ショボい目標」を立て続けろ、などのアドバイスは現代の大学生に寄り添っているものだと言えよう。自分も就活ガイド本、大学生活ガイド本を書いたことがあり。お陰様でその中の一つはシリーズ4作で5万部を超える、スマッシュヒットとなったものもある。ただ、相当、学生たちに取材したつもりでも、何かこうズレたものになっていたようにも思う。ましてや、大学生協で生き残っている就活ガイド本、大学生活ガイド本は実態と相当ズレているものもあり。このような本は貴重だろう。

個人的に最も響いたメッセージは「何度でも仕切り直せる場所、それが大学」というものだ。そう、そもそも志望大学に受かっただけでは人生決まらないし、入ってからも、様々な失敗をしても立て直し、立ち直ることができる場が大学だ。

大学ガイドとして極めて優れている。いや、なんせ、実は20代、30代の社会人が、学生時代のことを想い出すのに最適な本ではないだろうか。読んでいて胸が熱くなるものだった。実際、マイナビニュースで連載されていた頃は、社会人の読者が多かったという。

もっとも、何かこう、腑に落ちないモヤモヤ感があったのもまた事実だ。これまでの大学生活ガイド本よりも、現代の学生を見ていて、寄り添ったものになっているものの、しかも比較的若い著者の本だとはいえ、やや上の世代からの説教に聞こえてしまう。ざっくりした例えではあるが、都心の、しかも有名大学に通っているが悶々としていて、書籍を買う余裕と意欲がある学生向けなのではないか、と。著者の2人は、早稲田大学のOB・OGだが、早稲田の生協(あの地下にある広いところ)や、大学付近のあゆみブックス早稲田店で飛ぶように売れる光景は想像できる。ただ、他大学にとってはどうだろうか。学生に寄り添ったアドバイスのようで、その前に、学生は目の前のことで精一杯なのである。

書籍のご紹介はこの辺にしておこう。言いたいのは「普通の大学生活が成立すること」を応援しなくてはならない時代なのではないだろうかということだ。最も、そこで「普通とは何か」という議論が始まり堂々巡りとなるのだが。それくらい、大学生像は以前とは違ってきているし、大学によっても、本人の経済状況によっても異なっている。

数年前、まさに早稲田の学生に「就活くらいしか、手をつなぐことができる機会はない。その就活が、売り手市場になってきた。私たちは手をつなぐことができるのだろうか」と相談された。これもまた、この学生の見ている世界の話でしかないのだが。

例によって話が拡散してしまたが、「普通の大学生」像が揺らぐ時代であることを理解し、まずは「普通の楽しい大学生活」が成立することを応援しないといけない時代だと思うのだ。

さて、3月31日だ。明日から新学期が始まる。私も大学の教員をしている。3期目となる千葉商科大学国際教養学部は過去最高の人数が入学してくる。定員割れしたのは1年目だけだった。学生と教職員が積み重ねてきたことが認められてきているということだろう。彼らの期待に応えつつ、あるべき学生像を押し付けすぎずに、日々向き合いたい。

というわけで、新入生に対して、「訓示」「お気持ち」をSNS上で発信する意識高い系たちよ、もっと若者のことを理解してほしい。老害的説教を書いたところで、肝心の新成人に全く読まれず、読んだところで共感もされない成人式の社説みたいにならないように。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

常見陽平の最近の記事