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FIA-F4首位の高校生ドライバーの練習は「グランツーリスモ」!山形県の二刀流レーサー、小林利徠斗

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
自宅でグランツーリスモをドライブする小林利徠斗【写真:DRAFTING】

近年のモータースポーツ界は一昔前では考えられなかったことで驚かされる。特に新世代の若手ドライバーたちは信じられないスピードと精神力で、先輩たちが乗り越えられなかった壁を越えていくのだ。

バーチャルからリアルへと「ゲーム出身のドライバー」の活躍も今や当たり前になってきているし、F1王者のマックス・フェルスタッペンも練習を兼ねてeスポーツでレースに参戦していることはよく知られている。

そんな過去には常識はずれだった手法で腕を磨く選手が国民体育大会(鹿児島)の文化プログラムとして開催される「全国都道府県対抗eスポーツ選手権」にも居る。国体eスポーツ「グランツーリスモ」の実況を2019年から務める筆者は2023年の大会を前に3人の注目選手にインタビューする機会を得た。その取材後記ラストはリアルレーサーの国体eスポーツ参戦だ。

オーバーテイクを連発した高校生ドライバー

昨年の「全国都道府県対抗eスポーツ選手権」(栃木大会)で17歳までの「U-18の部」で全国2位となったのは、山形県の高校生、小林利徠斗(りくと)。彼はレーシングカートでも東北を代表するドライバーだったが、今はトヨタの若手育成プログラム「TGR-DC RS」のドライバーとして若手の登竜門レース「FIA-F4選手権」を闘っている。

鈴鹿を走る小林利徠斗【写真:TOYOTA GAZOO Racing】
鈴鹿を走る小林利徠斗【写真:TOYOTA GAZOO Racing】

小林はFIA-F4では昨年の最終戦で初優勝。2年目の今年は富士の開幕戦でポールトゥウインと3位表彰台を獲得という素晴らしいスタートを切った。そして6月に行われた鈴鹿サーキットでのレース1では他車のトラブルやクラッシュの影響でセーフティカー先導が続き、実質1周半しかアクセル全開にできなかったレースで2台を抜き、2位表彰台。レース2では序盤に順位を落とすも、また2台抜いて4位で完走した。ここまで4レースを終えて、堂々のランキング首位につけている。

FIA-F4は全車が同じ車体、エンジン、タイヤを使うワンメイクフォーミュラレースであるため、特にコース幅が狭い鈴鹿サーキットではオーバーテイクは至難の業だ。スタートでそのまま順位が変わらずにレースが終わることも多々ある。相手のミスを期待するか、リスク覚悟で仕掛けていくしかない。しかし、小林は2日続けて2台抜いて順位をあげるというレースを展開したのだ。

筆者は長年、鈴鹿の場内実況アナウンサーとしてFIA-F4を実況しているが、速いドライバーは数多く見てきたが、ここまでレースを動かすドライバーは過去にあまり居なかったと感じる。インパクトの強さという意味では、現F1ドライバーの角田裕毅のFIA-F4デビューに匹敵する。小林利徠斗の鈴鹿でのレースはそれくらい心に残った。

小林利徠斗【写真:DRAFTING】
小林利徠斗【写真:DRAFTING】

そんな彼もひとたびレースを離れると、素朴な17歳の高校生だ。学校から帰ると自宅のベッドルームの筐体に座り、「グランツーリスモ」で走り込む。ちょうど鈴鹿のレースの日も、レースが終わって山形の自宅に帰り、「グランツーリスモ7」のオンラインレース「TOYOTA GAZOO Racing GT CUP」に出場していた。彼はまさにリアルとバーチャルの二刀流レーサーなのだ。

グランツーリスモが唯一の練習

小林利徠斗は「乗れない時間はゲームでもいいから走りたい」と語る。優秀なカートレーサーたちだけに許可される16歳からの「限定ライセンス」を取得し、鈴鹿サーキットをフォーミュラカーで走る彼だが、当然のことながら、運転免許がないのでリアルの車に乗ることはできない。

近年の若手レーサーは経験を積むために、FIA-F4以外の地方選手権フォーミュラカーレースにも出場するという選手が多いが、小林利徠斗が出ているレースはFIA-F4だけだ。

彼は莫大な参戦コストがかかる全日本カート選手権にも出ていたドライバーなので、さぞかし恵まれた環境で育ってきた選手なのだろうと私は勝手に思い込んでいた。しかし、「グランツーリスモ」の取材で山形県の自宅を訪れ、父の利典さんとお話をした時、本当に驚いた。

小林利徠斗の父・利典さん(左) 【写真:DRAFTING】
小林利徠斗の父・利典さん(左) 【写真:DRAFTING】

小林利徠斗はごく普通のサラリーマン家庭の子。それで日本のトップクラスのカートレースでレースをし、ステップアップの理想的な王道コースに乗っているのは、ちょっと信じられないことだ。そう、彼はリアルの世界で結果を残し、周りに支援してもらって、この王道コースを歩んでくることができた。今の彼にはトヨタのスカラシップで乗らせてもらっているFIA-F4しか出場できないし、このコースから外れたらレース活動を続けるのは難しく、後が無い状況なのだ。

だから彼は自分が小さい時からやり続けてきた「グランツーリスモ」で今も走り込み、バーチャルの中でドライビングの研究を続けている。自宅には精巧に作られた高額なシミュレーターがあるわけではない。「グランツーリスモ」の大会で使われるハンドルコントローラーがあるのみだ。

「元々、ゲーマーなところはあったので、カートをやりながらもゲームを続けていました。あくまでもゲームは楽しむためにやるものであって、それが今はリアルとバーチャルがいい感じに重なって、二刀流とかに見られるようになってきました」と小林は語るが、ちゃんと彼なりの理由があって「グランツーリスモ」を続けているという。

「技術の向上をしたいので、毎日2時間くらいは走っています」と言う小林。「グランツーリスモ」とGフォースを感じながら走る現実のレースは違いがあることをちゃんと理解した上で、「グランツーリスモ」で色んなマシンに乗り、それぞれのマシンの挙動の違いを考えながら、タイムアタックをやり続けている。

小林利徠斗【写真:DRAFTING】
小林利徠斗【写真:DRAFTING】

現実のレースでは走れるチャンスは非常に限られており、あれこれ考えて試す時間もない。しかし、バーチャルレースの「グランツーリスモ」では何度もタイムアタックをすることができ、世界中のライバルたちが日々自分のタイムを上回ってくる。どうしたら彼らより良いタイムを出すことができるか、それを考えることが小林利徠斗というドライバーを成長させているのだと思う。

バーチャルでも世界トップクラス

世界中のドライバーたちが同じフィールド、同じ条件で速さを競う「グランツーリスモ」。そこでも小林利徠斗は世界トップクラスのタイムを叩き出す。新収録されたスーパーフォーミュラのSF23でのタイムアタックは世界ランキング3位のタイムを記録。5月に全7レース開催された「グランツーリスモ ワールドシリーズ」のネイションズカップでもランキング首位。まさに日本を代表する「グランツーリスモ」レーサーになってきた。

昨年の本大会での小林利徠斗【写真:DRAFTING】
昨年の本大会での小林利徠斗【写真:DRAFTING】

そんな小林利徠斗も山形県代表として出場した昨年の国体・本大会では悔しい敗戦を喫した。オフライン大会となる本大会では専用の筐体を全員が使用するが、小林にとっては「グランツーリスモ」公式レースの筐体を初めて使ったレースだった。

「想定以上にモニターが大きくて戸惑いました。距離感が掴めなくて、決勝では他の人に追突したり、予選の時もブレーキもどこで踏んでいいか分からなくてタイムも出せずで、悔しかったです」と本来の自分のレースをすることができなかったようだ。

7月1日には18歳になる小林だが、4月2日時点での満年齢が対象となるため、今年は「U-18の部」に残る。小林利徠斗は当然のことながら大本命となるだろう。

18歳になれば、「グランツーリスモ ワールドシリーズ」のワールドファイナルなど、まさに世界一を決めるオフラインレースにも参加可能な年齢となる。バーチャルの世界でも世界一を争える立場になるということで、こちらも注目だ。

今年の秋には「グランツーリスモ」が映画化され、バーチャルからリアルへと転身したレーサーたちの姿が描かれる。おそらく世間からも相当な注目を浴びることになるだろう。そんな中、バーチャルでもリアルでも結果を残す二刀流レーサー、小林利徠斗はさらに時代を牽引する存在になっていくのではないかと思う。

7月1日から始まるオンライン予選はオートポリスのショートコースで、市販車のスプリンター・トレノを使ったタイムアタック。初心者でもトライしやすい設定だ。筆者自身もトライする予定だが、個人的には「グランツーリスモ」シリーズを研究し続けた小林利徠斗がどんなタイムを出してくるのか、気になって仕方がない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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