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ル・マン24時間レースに62台が出場!コロナ禍でもグリッドが全て埋まるのはなぜ?

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ル・マン24時間レースに出場する62台のマシン【写真:FIA WEC】

世界三大自動車レースの一つに数えられる「ル・マン24時間レース」が今年も開幕した。第89回目の大会となる伝統の耐久レースは、2年ぶりに観客を動員して開催される。

我が国、日本では秋のF1日本グランプリの中止が決定し、デルタ株の流行で夏の野外音楽フェスなどが次々に中止に追い込まれているのとは対照的に、フランスの耐久レースイベントには夜通し開催される「お祭り」の雰囲気が戻ってくることになる。

そして、出場車両はフルグリッドとなる62台。コロナ禍の混乱が信じられないくらいの盛況ぶりだ。

テストデーの模様【写真:FIA WEC】
テストデーの模様【写真:FIA WEC】

トヨタ出場のハイパーカーに注目

今年のレースに出場する62台のうち、総合優勝を争う最高峰クラスに出場するのは日本のトヨタ2台を含めて僅かに5台である。

本命のトヨタGR010 【写真:FIA WEC】
本命のトヨタGR010 【写真:FIA WEC】

昨年までのLMP1クラスは今季からFIA WEC(世界耐久選手権)のレギュレーションが刷新され、「ハイパーカー」クラスとなった。この規定は世界各国の自動車メーカーがリリースする究極のスポーツカーであるハイパーカーを争わせようというものだが、初年度から専用車両を製作して参加してきた自動車メーカーはトヨタだけ。プライベーターのグリッケンハウスは小規模体制、そしてアルピーヌとして出場するマシンは昨年までのLMP1車両の流用だ。

ただ、ハイパーカークラスには2022年からプジョー、2023年からフェラーリが参戦を表明しており、アメリカIMSAとの共通規定「LMDh」クラスにはポルシェアウディなどが参戦を表明している。ル・マン24時間レースが再び自動車メーカーが競争する舞台となる、その前夜、プレゼンテーションとも言えるレースが今年のル・マンなのだ。

最高峰のハイパーカークラスは5台と寂しいが、第2クラスとなる「LMP2」クラスには25台が出場する。こちらはハイパーカークラスとペースがかなり近いので、ハイパーカーの5台にトラブル等があれば総合の表彰台も夢ではないポテンシャルを誇る。ただ、このクラスは本来、アマチュアに門戸を開いた形のクラスだった。

LMP2 クラス【写真:FIA WEC】
LMP2 クラス【写真:FIA WEC】

今季からLMP2にはアマチュアドライバーを起用するチームが対象の「Pro/Am」クラスが設定され、「Pro/Am」には10台が登録。プロドライバー主体のチームとアマチュアドライバー主体のチームが混走する。

プロ中心のチームには、ポール・ディレスタストフェル・バンドーンケビン・マグヌッセンフェリペ・ナッセなど元F1ドライバーの名前が多数。彼らは来季以降にハイパーカーで参戦する自動車メーカーとワークスドライバー契約を結ぶことを目標にしている。そのためのプレゼンテーションだ。

また、GTカーのクラスではメーカーワークスチームの戦いの舞台「GTE-Pro」クラスが8台と出場台数が寂しいが、アマチュアドライバー主体の「GTE-Am」クラスは23台と大盛況だ。

「LMP2(Pro/Am)」と「GTE-Am」というアマチュアドライバー向けに設定されたクラスが全62台の半数以上となる33台を締めていることからも、近年のル・マンは裕福なアマチュアドライバーたちによって支えられていることがよく分かる。

アマチュアにとっての大きなチャンス

昨年は新型コロナウィルスのパンデミックにより無観客で開催された「ル・マン24時間レース」。それでも、62台というフルグリッドの出場台数を確保できていることがすごい。

マツダの優勝、トヨタ、日産、ホンダなど日本メーカーの挑戦で自動車メーカー主体のレースに見られがちな「ル・マン24時間レース」だが、89回、100年近い歴史の中で自動車メーカーは巨額の資金を注ぎ込み、レースを盛り上げ、そして突然去っていくという連鎖を繰り返してきた。

トヨタ、BMW、メルセデス。日産、アウディなど巨大メーカーの参戦で盛り上がった1999年
トヨタ、BMW、メルセデス。日産、アウディなど巨大メーカーの参戦で盛り上がった1999年写真:ロイター/アフロ

もちろん総合優勝を狙うのは花形の自動車メーカーであるのは昔も今も変わらないが、その激しい争いの後ろでは情熱あるプライベートチームのプロトタイプカーやGTカーが走っていた。これもずっと変わらぬル・マンの姿と言える。

プライベーターに資金を持ち込んだのは「ジェントルマンドライバー」と呼ばれる裕福なアマチュアドライバーたちであり、黎明期の頃のル・マンからクルマを作る人がいて、それを買ってレースをする人がいる構図はなんら変わっていないのだ。

かつてプライベーターたちは独自のアイディアで自由な競争を行うのが美徳とされてきたが、それも1990年代までのこと。競争の激化はコストの高騰を産み、乗り手を選ぶようになっていくもので、徐々に時代にそぐわなくなっていったのだ。

アマチュアも扱いやすいように作られているLMP2クラスのマシン【写真:DRAFTING】
アマチュアも扱いやすいように作られているLMP2クラスのマシン【写真:DRAFTING】

現在はジェントルマンドライバーたちに高い安全性を担保し、レースにチャレンジできる環境を作ることこそがプライベーターたちの仕事になっている。マシンを開発する必要がなく、ドライビングスキルの向上に集中でき、余計なコストが掛からない明朗会計なシステムが用意されている。ある意味、ル・マン24時間レースに出場したいというジェントルマンドライバーたちの夢は叶いやすくなったのだ。

LMP2は青木拓磨が参戦するInnovativeクラスのマシンを含めると全26台中25台が「オレカ07・ギブソン」という同じシャシーとエンジンのパッケージを使っている。今年のル・マンには1台だけ「リジェJSP217・ギブソン」を使うチームが出場するが、エンジンは同じギブソン製の4.2L・V8で同じ。タイヤも全車がグッドイヤーであるため技術競争はほぼ存在しないと言える。

そう、ル・マンはメーカーのプロトタイプカーの時代が終わり、GTカーのプライベーター主体の時代になり、またメーカーが参入してプロトタイプカーの時代が来る、という時代の波をここ30年の間に経験してきた。

安定した出場台数を確保するために、ノウハウを持つコンストラクターやエンジンサプライヤー、そしてチームが潤う仕組み。いわば「持続可能」な道筋を作り上げてきたのが今のル・マンだ。

GTクラスに参戦する日本人ドライバーたち

プロトタイプカーのクラスだけでなく、GTカーのクラスもジェントルマンドライバーたちに盛況だ。GTE-Proクラスの出場台数減少により、アマチュア向けのGTE-Amクラスの枠が増え、23台もの出場がある。

GTE-Amクラスはワンメイクに近いプロトタイプカーとは異なり、メーカーによってスペックの違うマシンが使用されるが、性能調整が絶妙に作用しており、イコールコンディションでレースができるのだ。今年のGTE-Amクラスではポルシェ、フェラーリ、アストンマーティンという僅か3つのメーカーのGTカーしか出走しないにも関わらず、ル・マンを象徴するブランドが作った究極のGTカーでル・マンを戦えるとあって、ジェントルマンドライバーたちの人気を集め、盛況なエントリーとなった。

GTE-Proクラスを含め数多くのマシンが出場するフェラーリ【写真:FIA WEC】
GTE-Proクラスを含め数多くのマシンが出場するフェラーリ【写真:FIA WEC】

日本からは帰国後の自主隔離もあり、海外への渡航はなかなか難しい状況ではあるが、GTE-Amクラスには今年も日本のジェントルマンドライバーが参戦する。

まずスイスの「ケッセルレーシング」からフェラーリを駆り参戦するのが、3年連続の出場となる木村武史。不動産事業の会社、株式会社ルーフを経営しながら、自ら「CARGUY Racing」のオーナードライバーとしてSUPER GTにも参戦している。2019年に初挑戦したル・マンではGTE-Amクラス5位で完走、一転、2020年はサスペンショントラブルでリタイアとなった。今季はスイスのチームからのオファーを受けての参戦。テストデーでは11番手のタイムをマークしている。

木村武史【写真:FIA WEC】
木村武史【写真:FIA WEC】

また、2年ぶりの参戦となるのはSUPER GTなどでもおなじみの「D’station Racing」のオーナーでもある星野敏。2019年の参戦時は俳優パトリック・デンプシー率いるチームからの参戦だったが、今季は長年コーチを務める藤井誠暢(ふじい・とものぶ)と共にFIA WECに自チームでフル参戦。前戦モンツァでは3位表彰台を獲得と好調で、上位争いに加わると期待されている。また星野敏はパチンコや飲食店を経営するNEXUS株式会社の代表であるが、学生時代はフェンシング選手だったというアスリート。同社所属のフェンシング選手、身延和靖が東京オリンピックで金メダルを獲得した。

こういったジェントルマンドライバーたちが世界各国から多数参戦するル・マンだが、来年以降は徐々にその枠が減っていくことになると考えられている。その理由は「ハイパーカー」と「LMDh」の台数増加だ。

総合優勝を争うクラスに自動車メーカーのワークスカーが送り込まれることになるが、翌年以降はプライベーターがそれを使うことも考えられる。かつてグループCカーがグリッドの大半を埋めた1980年代のような雰囲気が戻ってくるかもしれない。

新時代の到来を前に、今年のル・マンはアマチュアが輝く大会になりそうだ。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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