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天才か?努力の子か? F1デビューの角田裕毅、下積み時代の伝説のレース、そして失意の落選

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
アルファタウリ・ホンダからF1デビューする角田裕毅【写真:Red Bull】

20歳の若さでF1のシートを掴んだ角田裕毅(つのだ・ゆうき)。2021年の開幕戦・オーストラリアGP(3月21日決勝)が予定通り開催されれば、日本人ドライバーとしては最年少F1ドライバーの誕生となる。

角田がF1に昇格できないなら、しばらく日本人ドライバーは現れないかもしれない。日本のレース関係者の多くはそう認識していた。なぜなら角田はそのデビューから突出した輝きを持った選手だったからだ。

角田裕毅
角田裕毅写真:代表撮影/ロイター/アフロ

16歳、衝撃の表彰台デビュー

今から4年前の2016年、角田裕毅は5月11日に満16歳の誕生日を迎えた。

トップドライバーを目指す少年たちにとって、16歳になるというのは非常に重要なことだ。なぜなら日本国内では16歳から本格的なフォーミュラカーレースに参戦できるようになるからだ。

有効な自動車運転免許の所持がレース競技ライセンス発行には必要だが、全日本カート選手権などトップクラスのレーシングカートレースで好成績を残せば、16歳、17歳でも特別なライセンスがJAF(日本自動車連盟)から発給される。いわゆる「限定ライセンス」と言われるものだ。これがあれば、JAF公認の4輪フォーミュラカーレースに出場することができるようになる。

角田は2015年の全日本カート選手権での実績が認められ、限定ライセンスを取得した。

2016年8月 角田の4輪レースデビュー戦【写真:DRAFTING】
2016年8月 角田の4輪レースデビュー戦【写真:DRAFTING】

角田は2016年8月にSUPER GTの前座として開催された「FIA F4」のレースにスポット参戦。予選のタイムアタックは9番手と平凡なものだったが、決勝レースではデビューレースながら凄まじいバトルとオーバーテイクを披露し、なんと2位表彰台を獲得した。

2016年は今季スーパーフォーミュラで初優勝した大湯都史樹、SUPER GT/GT500クラスにデビューした宮田莉朋、GT300クラスで速さを見せる阪口晴南はじめ、強敵揃いの大激戦シーズン。角田裕毅はそこにデビューレースからいきなり割って入ってくる活躍を見せたのである。

レース関係者が舌を巻いた角田の衝撃的なデビューレースだった。

2位表彰台を獲得した角田(写真左)【写真:MOBILITYLAND】
2位表彰台を獲得した角田(写真左)【写真:MOBILITYLAND】

日本GPの前座でも16歳で優勝

角田は同じ2016年、もう一つの偉業を成し遂げている。F1日本グランプリの前座レースとして開催された「スーパーFJ」のレースで、日本各地のシリーズ戦を戦ってきたドライバーを相手に、フリー走行から予選、決勝と全てのセッションでトップタイムを記録して優勝した。

スーパーFJで鈴鹿を走る角田(先頭)【写真:MOBILITYLAND】
スーパーFJで鈴鹿を走る角田(先頭)【写真:MOBILITYLAND】

デビューレースのFIA F4がカーボンモノコックのマシンであるのに対し、スーパーFJは鉄パイプを組んだフレームのマシン。スーパーFJのマシンは車体の剛性が低く、よりシビアなコントロール能力を求めらる。非常に難しいマシンでのデビューレースだったにも関わらず、誰一人、角田の速さを止めることはできなかった。

このスーパーFJのレースはメインレースのF1日本グランプリのリハーサルを兼ねたレースであり、F1と同じ演出で鈴鹿サーキットの表彰台に立つことができる。

F1と同じ演出の表彰台中央に立つ角田【写真:MOBILITYLAND】
F1と同じ演出の表彰台中央に立つ角田【写真:MOBILITYLAND】

16歳という最年少でF1と同じ表彰台に立った角田裕毅にF1ファンから大きな拍手が送られた。しかしながら、すでに日本人F1ドライバーが居なくなってから2年が経ち、日本人選手の居ないF1にファンも慣れ始めていたせいか、16歳の少年が大金星を得ても、「日本人がF1を走ることは今後も難しいのだろう」というムードが漂っていたことは否めない。

デビューイヤーの2016年、出場した鈴鹿サーキットのレースで2位、優勝と2度表彰台に立った角田。同年は鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラを受講し、鈴鹿サーキットのコースを走り込んでいたことが後押しになったはずだ。

SRS-F スカラシップでは、まさかの

これだけインパクトある速さとレースセンスを見せた角田だが、2016年の鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)ではスカラシップの最終選考生4名に選出。

SRS-F スカラシップ選考会【写真:MOBILITYLAND】
SRS-F スカラシップ選考会【写真:MOBILITYLAND】

佐藤琢磨や山本尚貴らホンダを代表する先輩たちが掴んできたホンダのスカラシップ獲得を目指したが、角田はまさかの落選を喫したのだ。

この年、スカラシップに選ばれたのは大湯都史樹笹原右京の2人。この年のスクールは佐藤琢磨や松田次生らが受講した「花の3期生」時代に匹敵するハイレベルな生徒揃いだったと言われる。だが、4歳年上の笹原はすでにヨーロッパでフォーミュラカーレースの経験が豊富、2歳年上の大湯はスーパーFJなどで既にチャンピオンを獲得済み。フォーミュラ1年目の角田は相手と比べて経験に明らかなハンデがあった。

大湯と笹原はホンダのスカラシップを得て翌年のFIA F4へのフル参戦が決定。落選した角田だったが、ホンダの金銭的な支援はないものの、育成チーム「SRSコチラレーシング」に空きシートが生まれたことで、幸運にもその一員になることができた。

2017年 FIA-F4でトップを走行するSRSコチラレーシングの角田(#8)【写真:MOBILITYLAND】
2017年 FIA-F4でトップを走行するSRSコチラレーシングの角田(#8)【写真:MOBILITYLAND】

スカラシップ落選の悔しさをバネに、角田は2017年のFIA-F4開幕戦ではいきなり優勝。翌2018年には7回の優勝を飾って、チャンピオンを獲得。以前から高かった評価は関係者の間で確信を持った高評価に変わり、ホンダは角田を2019年からヨーロッパに送り込んだ。

トントン拍子でステップアップした華々しいキャリアの持ち主と思われがちだが、SRS-Fの落選は角田のターニングポイント。自らの努力でホンダを振り向かせ、ホンダと共に最高峰にたどり着いた20歳の活躍に大きな期待をせずにはいられない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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