モータースポーツの未来に影響?独フォルクスワーゲン、内燃機関モータースポーツ完全撤退の衝撃!

フォルクスワーゲンID.R 【写真:Volkswagen】

2019年11月22日(金)、あるプレスリリースが出された。日本ではあまり報じられていないが、「フォルクスワーゲン」が内燃機関(エンジンなど)を動力とする車両を使ったモータースポーツ活動から撤退し、今後はモータースポーツでも電気自動車などの次世代「e-モビリティ」の開発に力を注ぐ、との方針を示した。

電動化を加速させるフォルクスワーゲン

世界の自動車メーカーの売上高でランキング首位を争うフォルクスワーゲングループの基幹ブランド「フォルクスワーゲン」の決断は、モータースポーツ界の未来を左右する大きな転機になっていくかもしれない。

ヨーロッパの自動車メーカーの中で、フォルクスワーゲンは電動化促進の先頭に立っているメーカーと言えよう。同社は未来を担うハイブリッド化、e-モビリティ、デジタル化といった分野に、2020年から2024年までの5年間で600億ユーロ(約7.2兆円)もの投資を行うと発表したばかり。うち330億ユーロ(約4兆円)が「e-モビリティ」に投資されるという。これは同社が電気自動車(EV)など「e-モビリティ」において世界の覇権を得ようという積極的な姿勢の表れだ。

今後、フォルクスワーゲンはモータースポーツにおいても直接関与するワークス活動については「e-モビリティ」によるモータースポーツ活動に集中していくことになる。

フォルクスワーゲンがワークス活動として開発するEVプロトタイプレーシングカー【写真:Volkswagen】
フォルクスワーゲンがワークス活動として開発するEVプロトタイプレーシングカー【写真:Volkswagen】

「フォルクスワーゲン」ブランドとしては2019年現在、「F1世界選手権」にも、耐久レースの「ル・マン24時間」にも、EVレースの代表格「フォーミュラE」にも参戦していない。2016年を最後に「WRC(世界ラリー選手権)」から撤退して以降はレースでのワークス活動を休止している。

一方で同社は2018年に究極のEVレーシングカー「ID.R」を開発して米国のパイクスピークヒルクライムにワークス参戦して優勝。今年は高性能車が最速タイムを競うニュルブルクリンク北コースで同車を走らせ、EVの最速タイム記録を更新。電気自動車のプロトタイプカーによるタイムアタックにチャレンジしている。

(動画:2018年、パイクスピークでのID.Rのタイムアタック)

ポルシェ、アウディはフォーミュラEに

フォルクスワーゲンのグループ企業であるポルシェアウディも「e-モビリティ」のモータースポーツに積極的な姿勢だ。アウディは「フォーミュラE」にシーズン1(2014~15年)から参戦しているし、11月に始まったばかりのシーズン6(2019~20年)からは耐久王ポルシェが参戦を開始した。

フォーミュラE開幕戦で表彰台を獲得したポルシェ【写真:Formula E】
フォーミュラE開幕戦で表彰台を獲得したポルシェ【写真:Formula E】

両社ともにスポーツ性を売りにした高性能車をリリースするブランドであり、現在も「ポルシェ911」や「アウディR8」といった内燃機関のフラッグシップスポーツカーでGTカーレースに参戦しているが、グループのトップであるフォルクスワーゲンの決断で、今後はポルシェやアウディも「e-モビリティ」モータースポーツへの転換を図っていくことになるのかもしれない。

一方でフォルクスワーゲングループにとって最大のライバルであるダイムラーは今季から「メルセデスベンツ」としてフォーミュラEに参戦。同じくドイツの「BMW」もシーズン5からフォーミュラEに参戦を始め、2018年にいきなりのデビューウインを成し遂げた。

2レース連続の表彰台で順調なスタートを切ったメルセデスベンツ【写真:Formula E】
2レース連続の表彰台で順調なスタートを切ったメルセデスベンツ【写真:Formula E】

また、フランスのプジョーが中心となったグループPSAは「DSオートモービルズ」としてフォーミュラEに参戦。昨年は初のチャンピオンに輝き、存在感を見せつける。グループPSAはフィアット、アルファロメオ、クライスラーなどのFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)との経営統合したため、今後、ヨーロッパの自動車メーカーが「e-モビリティ」のモータースポーツに一気に注力していく可能性は非常に高いと考えられる。

日本の自動車メーカーは?

ヨーロッパの電動化が急加速を見せる中、日本の自動車メーカーはホンダがハイブリッドのパワーユニットで戦う「F1世界選手権」に参戦。トヨタは「WRC」にヤリスで参戦する他、ル・マン24時間レースではハイブリッド車のプロトタイプカーで2年連続の優勝。2020年の夏以降に導入される新規定(ハイパーカー)での参戦継続も表明している。

ハイパーカー規定のベースとなる車両は2018年1月にトヨタからコンセプトカーとして発表されていた。
ハイパーカー規定のベースとなる車両は2018年1月にトヨタからコンセプトカーとして発表されていた。

フォーミュラEに参戦していないトヨタとホンダ。両社のモータースポーツへの取り組みはヨーロッパの自動車メーカーの姿勢とは大きく異なる。F1もル・マンも内燃機関を併用するハイブリッド車によるレースであり、完全な「e-モビリティ」モータースポーツにはまだそれほど積極的ではない。

一方で、ノートe-powerやリーフなど電気自動車のプロモーションを推進するニッサンは「フォーミュラE」にシーズン5(2018~19年)から参戦。実際には同じグループの「ルノー」のリソースを受け継いだものだが、こちらはヨーロッパの潮流に乗っている形だ。

ニッサンは電気自動車のフォーミュラEと国内最高峰のSUPER GTに参戦する。
ニッサンは電気自動車のフォーミュラEと国内最高峰のSUPER GTに参戦する。

日本国内では「SUPER GT」の最高峰GT500クラスで覇権を争う3社だが、小排気量ターボ(2000cc)のレーシングエンジンを使用するレースをいつまで続けて行くのか、何らかの転換を図るタイミングが来るのか、国内レース活動の今後の方針はまだ見えていない。

エンジン音が無くなる日が来る?

電気自動車の「フォーミュラE」に対しては、やはりエンジン音がないモータースポーツであるためか、既存のファンからはいまだに抵抗の声が上がる。「やっぱり、エンジン音があってこそ」という意見には筆者も同意するが、世界の流れはそうも言っていられない方向に向かっているのもまた事実だ。

では、近い内にエンジン音のするモータースポーツは消滅してしまうのか?と問われれば、答えはノーだ。ホンダはF1に参戦を続けるし(2021年までの参戦を発表)、トヨタが参戦を表明しているル・マンのハイパーカーには先日、かつてのライバル、プジョーが参戦を発表した(2022年から)。ハイブリッドの開発という名目の下、まだしばらくは内燃機関を使うマシンによるトップカテゴリーのモータースポーツは続いていくと考えられる。

2021年までレッドブル、トロロッソへのパワーユニット供給を発表したホンダ。
2021年までレッドブル、トロロッソへのパワーユニット供給を発表したホンダ。

それに、自動車メーカーが電動化を推進しようとも、全てのモータースポーツが即座に電動化されることはない。「フォーミュラE」も、2輪の電動バイクレース「MotoE」(モトイー)もまだ実験的な段階にあり、完全に電動化された車両でメーカーが本気で競い合うモータースポーツの方向性が見えるにはまだ時間がかかる。ましてや実際にレースを戦うプライベートチームや一般ユーザーが扱える体制になるまでには、もっと時間がかかるはずだ。

盛況なフォーミュラEだが、まだ実験的なカテゴリーと言える【写真:Formula E】
盛況なフォーミュラEだが、まだ実験的なカテゴリーと言える【写真:Formula E】

ワークス活動が「e-モビリティ」の実験開発の最前線となって行く中で、自動車メーカーがレーシングカーをユーザーに販売する「カスタマーレーシングサービス」は今後のモータースポーツ界の頼みの綱である。ポルシェ911やメルセデスAMG、ランボルギーニ・ウラカンなど市販車をベースにメーカー自ら製作した内燃機関のレーシングカーは今後もユーザーに求められて行くだろう。ただ、それもいつまで続くだろうか。

事実、フォルクスワーゲンは今回のリリースで、カスタマーレーシング向け車両として販売するTCR車「ゴルフGTI TCR」の生産を今年をもって終了すると発表。顧客に対して売る商品でさえも、内燃機関のレーシングカーから距離を置こうとしている。

WTCRに参戦しているフォルクスワーゲン・ゴルフGTI TCR
WTCRに参戦しているフォルクスワーゲン・ゴルフGTI TCR

こうした動きに他社も追随することになるのか、そうなったとしたら、既存のモータースポーツは今後どうなってしまうのか? 自動車業界の大きな変化と共にモータースポーツもまたその役割を変化させなくてはならない時が近い将来やってくる。場合によっては自動車メーカー依存の体質から脱皮し、競技そしてエンターテイメント興行として発展していく道もあるだろう。レースをする側も観る側も、そろそろ発想を柔軟にするべき時に来ているのではないだろうか。