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鈴鹿8耐の基礎講座(1)〜42回目を迎える真夏のオートバイ耐久はイージーに楽しむのがベスト

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
鈴鹿8耐【写真:MOBILITYLAND】

今年も7月25日(木)〜28日(日)に鈴鹿サーキット(三重県)で伝統のオートバイレース「鈴鹿8耐」(鈴鹿8時間耐久ロードレース)が開催される。近年再び注目が集まり、新規の観客が増加傾向にあるということで、42回大会の開催を前に鈴鹿サーキットのレースアナウンサーでもある筆者が「鈴鹿8耐」を観戦するにあたっての基礎知識を交えながら、今年の見どころを紹介していく。普段、オートバイのレースを見る機会がない自動車レースのファンも含め、初心者の方にぜひ読んでもらいたい。

その第1回は「42回目を迎える真夏のオートバイ耐久はイージーに楽しむのがベスト」というテーマに沿って書いていこう。

2018年のスタートシーン【写真:MOBILITYLAND】
2018年のスタートシーン【写真:MOBILITYLAND】

日本最大の2輪レースイベント

鈴鹿8耐」は日本国内で最も多くの観客動員数を集める2輪レースイベントである。昨年(2018年)は台風接近の影響を受け、観客動員数が減少したものの、第40回大会(2017年)では4日間合計で12万8000人が来場した(決勝レース日は7万4000人)。

世界選手権の花形と言える「MotoGP・日本グランプリ」(ツインリンクもてぎ)と比べると、同じ2017年のMoto GPでは3日間合計で8万9501人(決勝レース日は5万2439人)だったことから、「鈴鹿8耐」の方が多くの観客を集めるイベントになっている。都心から近く、毎戦のテレビ中継も充実している「MotoGP」を「鈴鹿8耐」の観客数が上回っているのである。

MotoGP 日本グランプリ(ツインリンクもてぎ)【写真:MOBILITYLAND】
MotoGP 日本グランプリ(ツインリンクもてぎ)【写真:MOBILITYLAND】

これは1978年(昭和53年)に始まり、今年で42回目の大会となる「鈴鹿8耐」の歴史の長さが一つの要因であろう。80年代のオートバイブーム、90年代前半まで続いたバブル景気とオートバイレースブームの時に観客がワーッと鈴鹿に押し寄せた時代があり、その時代から毎年夏の恒例行事として来場するリピーターが多い。90年代には決勝日だけで16万人を集めた大会もあったので、それに比べると昨今はかなり少ないが、近年は新規層となる若い世代の観客が増えており、再び増加に転じている。

なお、冠スポンサーは真夏のイベントに欠かせない飲料メーカーの「コカ・コーラ」が1984年から務めており、今年も「”コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース」として開催される。

冠スポンサーはコカ・コーラ【写真:MOBILITYLAND】
冠スポンサーはコカ・コーラ【写真:MOBILITYLAND】

市販車ベースのバイクで争う耐久

「鈴鹿8耐」は世界各国のオートバイメーカーがリリースする排気量1000ccのスポーツバイクをベースにしたマシンで争うレースである。エントリーの中心は、ホンダCBR1000RRヤマハYZF-R1スズキGSX-R1000カワサキZX-10RRなど国内メーカーの「プロダクションバイク」(=市販車)で、過去41回の大会で優勝したのは全て日本車(市販車ベースではない時代もある)。こういった耐久レースではベースとなる市販車の耐久性能が鍵になるため、信頼性に優れる日本車の寡占状態なのだ。

【鈴鹿8耐・優勝回数】

ホンダ:27回

ヤマハ:8回

スズキ:5回

カワサキ:1回

ヤマハYZF-R1
ヤマハYZF-R1

見た目は似ているが、サーキット専用に一から設計される「レーサー」(=レース専用バイク)を使用する「MotoGP」とは根本的に意味合いが異なるもので、「鈴鹿8耐」は4輪で言えばGTカーのレースに近い存在と言えるだろう。

当然、ユーザーが公道で乗ることを想定していない「MotoGP」マシンとのスピード差は歴然。しかし、それでも「鈴鹿8耐」用マシンの最高速は時速300kmを超えてくるモンスターマシンになっており、近年は電子制御技術の進化によって、そのスピード領域は年々上昇。市販車ベースと言えども、「鈴鹿8耐」のマシンはトップグループになればなるほど、乗り手を選ぶハイエンドなものになっているのだ。

通称スーパーバイクと呼ばれる鈴鹿8耐のマシンは市販車の性能を最大限に引き出したマシン
通称スーパーバイクと呼ばれる鈴鹿8耐のマシンは市販車の性能を最大限に引き出したマシン

ワークスとプライベーター

70ものチームがエントリーする「鈴鹿8耐」。レースを見るにあたって全てのチームを頭に入れ込む必要はない。なぜなら、70チーム全てが優勝を争ってレースをしているわけではなく、上位のトップチームから社会人の有志によるチームまで顔ぶれは様々で、それぞれがそれぞれの目標に向かって8時間を走るからだ。まず、トップチームの勢力図だけ頭に入れて、優勝争いを楽しむところから始めていくのが良いだろう。

「鈴鹿8耐」は国内最大のバイクレースイベントであるため、80年代からオートバイメーカーがメーカー直属の「ワークスチーム」(2輪ではファクトリーチームとも呼ぶ)を参戦させるようになった。

ホンダのワークスチームのピット
ホンダのワークスチームのピット

リーマンショック以降はワークスチームが姿を消した時代があったが、2015年からヤマハが「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」としてワークス復帰。2018年からはホンダが「Red Bull Honda with 日本郵便」(=Team HRC)としてワークスチーム活動を再開。さらに今年からはカワサキが「Kawasaki Racing Team」として18年ぶりにワークスチームを復活させることになった。

そんな中、スズキだけはワークスチームを参戦させていない。スズキは初代ウイナーである「ヨシムラ」がトッププライオリティのチームとなる。

第1回大会の優勝チーム「ヨシムラ」は鈴鹿8耐に欠かせないチーム
第1回大会の優勝チーム「ヨシムラ」は鈴鹿8耐に欠かせないチーム

【優勝最有力候補のチーム】

・ヤマハワークス

21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM

(中須賀克行/マイケル・ファン・デル・マーク/アレックス・ローズ)

・ホンダワークス

33 Red Bull HONDA

(高橋巧/清成龍一/ステファン・ブラドル)

・カワサキワークス

未定 Kawasaki Racing Team

(ジョナサン・レイ/レオン・ハスラム/トプラック・ラズガットリオーグル)

・スズキ

12 YOSHIMURA SUZUKI MOTUL RACING

(加賀山就臣/渡辺一樹/シルバン・ギュントーリ)

ワークスチームは最新技術が詰め込まれた最強のワークスマシンを武器に優勝を狙う。鈴鹿8耐を勝つためだけに開発されたスペシャルな仕様のバイクである。そして、ワークスチームに加えて前年モデルのワークスマシンやワークス仕様のエンジンを供給されるチームが存在する。こういったチームはワークスチームに対して「サテライトチーム」と呼ばれ、波乱が起きやすい耐久レースでワークスと共に優勝候補の一角を担う存在だ。

しかし、鈴鹿8耐でエントリーの大半を占めるのが独自のチーム体制でレースに挑む「プライペートチーム」(=プライベーター)である。彼らはベースとなるオートバイやパーツの購入からライダーやメカニックのギャラ、スタッフの宿泊費の負担もチームの自腹。余程の情熱がないと成立しないチーム体制であるが、彼らは10位以内完走、20位以内完走、とにかく走りきるなどの目標を掲げてレースを戦っている。彼らの存在なくしては華やかな大会は成立しないのだ。

2019年の暫定エントリーリスト

イタリア車のアプリリアで参戦する「チームスガイレーシングジャパン」は東北のチーム。テスト走行は少人数で行うプライベーターの代表的存在だ。
イタリア車のアプリリアで参戦する「チームスガイレーシングジャパン」は東北のチーム。テスト走行は少人数で行うプライベーターの代表的存在だ。

世界耐久の王者決定戦でもある

「鈴鹿8耐」のもう一つの側面として、オートバイレースの世界選手権「FIM世界耐久選手権」(=FIM EWC)の1戦であることを忘れてはならない。昨シーズンからは年をまたいでシリーズ戦が組まれ、今季は昨年9月の「ボルドール24時間」(フランス)、今年4月の「ル・マン24時間」(フランス)、5月の「スロバキアリンク8時間」(スロバキア)、6月の「オッシャースレーベン8時間」(ドイツ)を経て、最終戦が7月の「鈴鹿8耐」となる。

【FIM世界耐久選手権2018-19】

Rd1. ボルドール24時間(フランス)

Rd2. ル・マン24時間(フランス)

Rd3. スロバキアリンク8時間(スロバキア)

Rd4. オッシャースレーベン8時間(ドイツ)

Rd5. 鈴鹿8時間(日本)

全5戦で開催される耐久シリーズを年間で戦い、2019年の「鈴鹿8耐」に参加を予定しているのは16チーム。その中で日本代表として戦っているのが、昨シーズンの世界王者に輝いた「F.C.C. TSR Honda France」(=TSR、代表:藤井正和)、そして今季はフランスのチームと合同体制となる「WEBIKE Tati Team Trickstar」(=トリックスター、代表:鶴田竜二)の2チームだ。

昨シーズン、日本チームとして初の世界耐久王者となったTSR【写真:TSR】
昨シーズン、日本チームとして初の世界耐久王者となったTSR【写真:TSR】

TSRに関しては「ボルドール24時間」、「オッシャースレーベン8時間」で今季2勝を飾りランキング3位。2年連続の世界チャンピオン獲得に向けて、「鈴鹿8耐」はワークス仕様に近いホンダCBR1000RRを得て戦う。総合優勝のチャンスも充分にある体制だ。

「鈴鹿8耐」に関してはハイレベルな日本のワークスチーム、サテライトチームが数多くスポット参戦するため、FIM EWCの海外チームは苦戦を強いられることが多いが、耐久のプロフェッショナルである彼らのピット作業の速さは驚嘆の領域で、荒れたレースになればなるほど海外チームは順位を上げてくるだろう。

耐久レースで重要となるピット作業。だいたい1時間に1回、合計7回のピット作業がセオリー。メカニックもミスができない
耐久レースで重要となるピット作業。だいたい1時間に1回、合計7回のピット作業がセオリー。メカニックもミスができない

フランスの文化」として成長してきたオートバイの耐久レース。日本人もマラソンなど長い時間かけて勝敗を決するスポーツを好む傾向にあり、そのプロセスの中で生まれるドラマに惹きつけられる。

チームの目的が優勝から完走まで様々であるように、ファンの目的や視点も様々。初めて「鈴鹿8耐」を観戦するなら全70チームのことを事前に知る必要はなく、長い8時間の中でお気に入りのチームを見つけようというくらいのイージーな感覚で楽しむのがベストだろう。オリンピック代表選手が走るマラソン大会で全ての選手を把握しているファンはほとんどいないのだから。それと同じ感覚でちょうど良いのだと思う。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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