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地域差と年齢というスポーツ環境のハンディを乗り越えて。日本代表・大河内芹香の成長の秘訣

津金壱郎フリーランスライター&編集者
BJC2019の予選を17位タイで通過し、準決勝は7位となった大河内。筆者撮影

ハンディを乗り越え3年ぶりにW杯へ

「外国でのW杯ボルダリングに出るのは初めてなんですよ。自分がどれくらい頑張れるのか楽しみ過ぎちゃって。準決勝に行きたいなあ。予選落ちして2日目は応援するだけなんて寂しいですからねえ」

 高鳴る胸の内を、大河内芹香はそう明かす。

 彼女は今季初出場となるW杯ボルダリング第4戦の中国・呉江大会(5/4・5/5)と、第5戦のドイツ・ミュンヘン大会(5/18・5/19)を腕まくりして待っている。

 大河内は今年1月の『ボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)』で7位となって、W杯ボルダリングの日本代表の座を射止めた。

 10代クライマーの躍進が目覚ましいなかで、順位にとらわれると見過ごしてしまうが、彼女を取り巻くスポーツ環境を鑑みれば、スポーツクライミングに横たわる大きなハードルを飛び越えた大きな一歩だった。

BJC 2019の初日予選A組で25選手中19番目に登場し、第4課題では完登は逃したものの、カチの強さを発揮した。筆者撮影
BJC 2019の初日予選A組で25選手中19番目に登場し、第4課題では完登は逃したものの、カチの強さを発揮した。筆者撮影

 スポーツ競技では、アスリートの競技力向上にスポーツ環境がもたらす影響は大きい。日常の練習環境がトレーニング効果を左右するため、誰もが恵まれたスポーツ環境で活動できることを望んでいるが、実際は誰もがそうした環境に身を置けるわけではない。

 スポーツクライミングでは、『地域』と『年齢』によってもスポーツ環境に大きな差が生じている。

 商業ジムが数多くある首都圏では、W杯などで使われるホールドや課題傾向の似たコースが揃うジムもあり、トレーニング目的に応じて選択肢が豊富にある。コーチや指導者、同次元で切磋琢磨できるクライマーにも事欠かない。一方、全国的にボルダリングジムが増えたと言っても、地方はまだその域にはない。

 後者は年齢によって出場できる大会数に差があることだ。

 競技力向上のためには定期的に試合(大会)をすることが重要なため、多くのスポーツ競技は試合数の少ない一発勝負のトーナメント戦ではなく、リーグ戦やシリーズ戦のように定期的に試合のある環境を設けている。

 比較的短いスパンの中で、試合→トレーニング→試合を繰り返すことで、日頃のトレーニングの成果を試合で確認し、次の試合に向けて新たな課題克服にトライしていく。こうしたサイクルによって競技力は向上し、モチベーションを高く保つことにも繋がるからだ。

 スポーツクライミングも19歳以下の選手たちには、競技力向上のサイクルがある。BJCやリード・ジャパンカップなどの全年齢対象大会に加え、ユース年代限定大会などもあり、ほぼ毎月のように大会が行われている。

 しかし、20歳を超えると大会数は激減する。ボルダリングの主要大会は、下記大会くらいしかない。

(1)BJC

(2)BJC予選会

(3)国体

(4)国体ブロック予選

(5)各都道府県の国体代表選考会

 こうした背景もあって、20歳を過ぎた選手たちは通年で競技へのモチベーションを維持するのが難しく、ユース時代のような成長曲線を描けなくなるケースが目立つ。

 このふたつのハンディを乗り越えたのが、長崎県佐世保市に暮らし、5月29日で21歳になる大河内だった。

「人前に出るのは恥ずかしいけど、貴重な機会でもあるんで楽しいです」と大河内。物怖じしないマイペースさも強さを支える彼女の持ち味だろう。筆者撮影
「人前に出るのは恥ずかしいけど、貴重な機会でもあるんで楽しいです」と大河内。物怖じしないマイペースさも強さを支える彼女の持ち味だろう。筆者撮影

 高校2年時のBJC2016では準決勝進出の14位。その年のW杯ボルダリング加須大会にも出場(27位)したが、2017年、2018年のBJCは予選敗退。そこから復活できた理由を彼女は、「ジムのコンペ」と明かす。

「いっぱい出ました。北九州市の『Climbing Gym OD』がけっこうコンペをやってて、そこを中心にしながら他のジムのにも出たりして。月1回くらいで参加してました。成績がいい時もあれば、ドベの時もあって。国体前に出たコンペが全然ダメで、そこから慌てて国体に向けてトレーニングをやり直したりして。コンペに出ると、自分の得意や苦手を再確認できるから役立ってると思います」

 コンペにしろ、大会にしろ、順位は相対評価で決まる。ただし、ユース大会のように出場者の顔ぶれがほとんど同じ場合、順位以外からも自分の実力を計りやすいメリットがある。

 ジムコンペでも前回記事で触れたようなシリーズ戦なら、そうしたメリットもあるが、大河内のようにジム単独主催のコンペを渡り歩く場合、出場メンバーがほぼ異なるので自分の実力が高まっているかの判断はしにくい。

(前回記事:ボルダリング文化を支えるジムコンペのリアル。10周年を迎えた『BLoC』が模索する「これから」

「私が出場するのはコンペの最上位クラスか、その下のクラスで、私以外の出場者は男性ばかりなんですよね。だから、課題の距離が女性には遠くて登れなかったのか、私が弱いのか、わからないことはよくありました」

 九州でも以前は複数のジムで行われるシリーズ戦のコンペ『ROCK』があった。現在はW杯ボルダリングの日本代表として活躍する福岡県出身の緒方良行や、熊本県出身の石松大晟が、高校時代に腕を磨いた舞台でもあったが、2014年を最後に幕を閉じた。

 そうしたなか、九州で今年7月から新たなシリーズ戦のコンペが立ち上がる。『LINK Bouldering Series』という名のもと、福岡のクライミングジムを中心に転戦しながら、来年3月の最終戦まで全6戦が行われる。

リンク・ボルダリングシリーズ

2019年 7月7日 第1戦ジップロック

    8月25日 第2戦サンウォール

    10月27日 第3戦モノ

    12月8日 第4戦ベアハンズ

2020年2月16日 第5戦スタンプ

    3月1日 最終戦 ジップロック

モチベーションを保つ、とっておきの存在

 昨秋の福井国体に長崎代表として出場した大河内は、成年女子ボルダリングでは野口啓代(茨城代表)、野中生萌(東京代表)と並んで全完登し、長崎県勢初の同種目優勝に貢献した。

「あれは自信になりましたし、うれしかったですね」

 その自信を持って臨んだBJC 2019では、予選Aグループで25選手中9位になったが、完登率がもっとも低かった第4課題に挑む大河内が印象的だった。オブザベーションでホールドの配置を目で追いながら顔をニヤつかせていたのだ。

「見るからに難しそうな課題だと、楽しそうでワクワクしちゃうんです。傾斜が被っている壁の課題は足が切れたりして派手な動きになるから「クライミングっぽ〜い」って思えるし、カチやピンチのホールドは頑張ってる実感がすごいあるでしょ。私って、クライミングで頑張ることが好きなんですよね。クライミングの高いところは嫌いなんですけど(笑)」

 高所恐怖症なのにクライミングで頑張る理由を、大河内は「茜には負けたくないってのが一番ですね」と明かす。茜とは、大河内と同学年で同じ長崎県佐世保市のクライミング選手・木下茜のこと。木下は昨年のBJC2018で準決勝に進んで19位になり、6月のW杯ボルダリング八王子大会に開催国枠で出場したが、今年のBJCは親戚の結婚式と重なって欠場した。

「茜がクライミングを始めたキッカケは、私が小4の時に誘ったからなんですね。そうしたら茜はメキメキ上達していって。中学1年の時には全国で2位! 私は8位で……。その後も国体の代表は茜に勝たないとなれないから、ずっと茜が私のモチベーションなんです。めっちゃ仲いいから茜には負けたくないし、来年は一緒にBJCで活躍して、W杯に出たいんですよ」

3月の東京滞在期間中はThe NorthFace Cupにも出場。「ホールドが贅沢で楽しかった」と振り返る。筆者撮影
3月の東京滞在期間中はThe NorthFace Cupにも出場。「ホールドが贅沢で楽しかった」と振り返る。筆者撮影

 現在、佐賀県にある西九州大子ども学部の3年生の大河内は、自宅から大学まで1時間半をかけて通学している。高校時代のように自宅近くのジムで登ることは時間的に難しいため、週3回は大学に近いインパクト佐賀で登り、週末は別のジムに行く。

「3月に2週間くらい東京のいろんなジムで登ったんですけど、環境が凄すぎて羨ましいなって。長崎には商業ジムは2軒しかないし、ラインセットなんて東京は大きめなジムなら当たり前のようにあるけど、九州のジムにはほとんどないですから。ボリュームだってないし。だから、大会でコーディネーションや、スラブのバランス感覚の課題が出ると、普段はやれないから楽しいんです。大会なんだけど、練習しているみたいな気分でトライしています(笑)」

 クライミングをもっと強くなりたくてスポーツ環境を変えたい気持ちのある大河内は、2年後の大学卒業後について「揺れている」と打ち明ける。

「大学を卒業したら東京に出たい気持ちもあるんです。あの環境で練習したらって思うんですけど、両親は地元の幼稚園とかで働いてもらいたいって思っているから……。悩んでます。ただ、私は働くようになって、競技に出られなくなったら、クライミングを辞めちゃう気がしてるんです。私はアウトドアに興味がないから、岩場も行かないんです。クライミングをやっているのは、大会に出るのが好きだからだし、そのために普段から登ったり、コンペに出ているんで。趣味でクライミングするって考えられないんですよね」

 何度も「どうしたらいいですかねえ」と繰り返していた大河内だが、出口をようやく見つけたのか顔を上げて覚悟を決めたように言葉にしていく。

「まずはW杯を全力で楽しんできます。その後は茨城国体を茜と一緒に全力で優勝する。そして、来年のBJCで茜と一緒に活躍する。その先は、その先で考えます!(笑)」

 恵まれているとは言えないスポーツ環境のなかでタフに育つマイペースな大河内は、ここからどんな成長曲線を描いていくのだろう。

筆者撮影
筆者撮影

大河内芹香(おおかわち・せりか)

1998年5月29日生まれ、長崎県佐世保市出身/身長 157cm

クライミングを趣味にする父親に連れられて幼稚園の頃からジムに通っていたが、「当時は走り回っていただけの記憶しかなくて。ちゃんと登るようになったのは小学3年生くらいから」。高校時代までは地元のクライミング施設「県北会館」でボルダリングとリードのトレーニングに励んだが、現在はボルダリングが中心。「時間と施設があれば、スピードも練習したいんですよ。大会はなんでも楽しいんで出たいんです」と。今年のリード・ジャパンカップは39位、スピード・ジャパンカップは20位。

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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