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思春期の体の変化に苦悩した女子高生クライマーが踏み出す新たな一歩 [クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
昨年のボルダリングW杯八王子の戸田萌希(写真:田村翔/アフロスポーツ)

中学3年でボルダリング・ジャパンカップ2位になるも、高校3年間は苦戦

 2月3日(土)・4日(日)に開催されるボルダリング・ジャパンカップ(BJC)は、前回大会を史上最年少で制した中学3年の伊藤ふたば、中学2年で前回4位の森秋彩(もり・あい)と前回10位の谷井菜月への注目度が高い。五輪強化代表に選ばれている中学生トリオが、シニア大会でどんな活躍を見せるのか興味深いところだ。

 ただ、過去にも彼女たちのように国内トップの選手が揃うBJCで輝きを放った中学生クライマーはいた。2007年大会では小田桃花が中学2年で2位。2013年大会では小武芽生(めい)が中学3年で決勝に駒を進めて6位となった。

 そして、今春に高校卒業を控える戸田萌希(ほまれ)もまた、そうした選手のひとりだ。

 戸田は中学1年で初出場したBJC2013世田谷大会は予選課題をすべてオンサイト(1回目のトライで完登すること)すると、8選手が完登ゼロに終わった準決勝で1完登して12位。それまでユース年代の大会出場が1試合しかなかった少女は一躍全国区になった。

2013年に駒沢屋内球技場で行われたBJCに初出場した中学1年の戸田萌希 撮影:佐野美樹
2013年に駒沢屋内球技場で行われたBJCに初出場した中学1年の戸田萌希 撮影:佐野美樹

 2年後の中学3年で迎えたBJC2015深谷大会では表彰台に立つ。準決勝をアテンプト差の6位で通過すると、決勝は戸田らしさを発揮して2位になった。戸田は当時を「失うものはないのでプレッシャーも緊張も感じないまま臨んだのが良かった」と振り返る。

「深谷大会は(野口)啓代ちゃんや、(野中)生萌(みほう)ちゃんが準決勝で微妙なジャッジに泣いて決勝に進めなくて。2位はうれしかったけど、ふたりとの実力差はまだまだあると感じていました。でも、BJC後に行われた『ノース』で3位になれたときは、啓代ちゃんや生萌ちゃんとの差は少し縮まったかなと思えたんですけど……」

 ノースとは『THE NORTH FACE CUP』 というビギナーからトップクライマーまでが腕を競うボルダリングの国内最大規模のローカルコンペ。このコンペに女子最上位クラスで出場した戸田は、本戦の準決勝で19人中5位となって決勝に駒を進め、最終的に野口、野中に次いで3位になった。

 BJCとノースフェイスカップに連続して好成績をおさめた戸田は、さらなる飛躍を期して高校に進んだ。だが、そこからの3年間は「まわりの選手に抜かれていく感覚」を味わい続けることになった。

体の成長が競技力向上のブレーキに

 スポーツクライミングに限らず、すべての10代女子がぶつかる壁がある。それが思春期から成熟期にかけての成長。10代中盤から後半にかけて体格は変化し、女性ホルモンの分泌が活性化して皮下脂肪がつきやすくなり、体が女性らしいものに変わっていく。このため、以前と同じ食事量や運動量でも体重や体脂肪は急激に増えやすく、それまで出来ていたことが出来なくなってしまう10代アスリートは多い。

 平野美宇、伊藤美誠、早田ひなの17歳トリオが第一線で活躍する卓球など、この影響を受けにくい特性の競技もある。だが、スポーツクライミングの場合は、自重すべてが登るための負荷になる。体の変化による体重増加に苦しんだ戸田は、高校3年間の競技では、それまでのような輝きを放てなくなった。

「まわりのレベルが高くなっていたけど、やっぱり成績を残せなくなった一番の理由は自分の体ですね。中学生の頃と比べて体形が変わってしまいましたから」

 中学時代は153cmだった身長は、157cmまで伸びた。身長が伸びることでリーチも長くなり、届く範囲が増えるなどのメリットはあるが、戸田には恨めしさしかない。

「クライミングをするうえで、背が伸びてうれしいと感じたことはなかったです。リーチが長くなったことよりも、背が伸びて体重が増えた方が苦しくて。それまで保持できていたホールドが持てなくなったり、距離が出せなくなったり、無理に保持しようとして指を痛めることも何度もあって。ずっと中学の頃の体に戻りたい気持ちでした」

中学1年で初出場したBJCは1完登の差で決勝を逃した 撮影:佐野美樹
中学1年で初出場したBJCは1完登の差で決勝を逃した 撮影:佐野美樹

 高校入学後の夏にボルダリングW杯ミュンヘン大会で国際大会にデビューして37位。直後の世界ユース選手権ボルダリングでは19位。11月のアジア選手権中国では10位。そして、年が明けたBJC2016では28位。成績が振るわない戸田は、競技力回復のためにさまざまなダイエット方法を試みた。

「朝はスムージー、昼も野菜だけ、夜は炭水化物を控えて、走り込みもして体重をコントロールしようとしました。それがうまくいったのが高校2年のシーズンでした。アジアユース選手権や世界ユース選手権に出場できたので、調子を維持しようとすごく努力しました」

 だが、緊張感を高く保って競技に取り組んだ反動はオフシーズンに現れた。無理して痩せたこともあって、リバウンドで太りやすくなっていた戸田は、2017年シーズンは前年と同じ方法を試みても体重をコントロールできなかった。

ホルモンバランスの変化がメンタル・コントロールにも影響

 2017年シーズンは1月のBJCで25位。5月上旬のボルダーW杯八王子では、予選5課題で1完登の45位に終わり、競技後は取材エリアで目を潤ませた。翌週に控えたボルダリング・ユース日本選手権に向けて、「まだまだ進化の途中です。この悔しさを溜めて、溜めて、溜めて、爆発させます!」と切り替えたが、連覇を狙った同大会で5位に終わり、ふたたび悔しさを溜めることになった。この大会で印象的だったのは、感情をコントロールできない戸田の姿だった。

「1課題目が登れなくて、2課題目はアテンプトを要したけど完登できた。でも、その時点で(高田)こころちゃんが2完登で、もう優勝は無理だなって。それで3課題目は得意系な壁だし、完登して終わりたかったのに、事前にできると思っていたムーブのパートが登れなくて、その怒りに任せて叫んでいました」

 登りながらホールドを止めた瞬間に声を出す選手はいる。しかし、この大会での戸田は課題を登る前のレスト中にフラストレーションを吐き出すように叫んでいた。思春期の成長過程ではホルモンバランスが崩れるためにメンタルが不安定になることは多いが、その影響があったかもしれない。

「高校生になってからは思うように登れなくなったけど、心は強くありたいと思っているのに、登れないと自分に対しての怒りとか悔しさとかの感情に支配されちゃうこともあって。それに支配されずに課題に向き合えるようになりたいです」

忘れていた登ることの楽しさ

 昨年はその後、リード・ジャパンカップ(17位)、JOCジュニアオリンピックカップ(7位)のほか、リードW杯シリーズにもヨーロッパでの3大会に参戦し、9月からは岩場でのクライミングに没頭した。

「秋からは毎週末のように父に岩場へ連れて行ってもらい、まだ登れていないけど、瑞牆でミネルヴァ(五段)に挑戦していました。ただ、そこで自分自身をいろいろ見つめましたね。カッコイイ課題だから登り始めたはずなのに、大会で結果が出ない代わりに岩場で高難度課題の成果を追い求めているようにも思えてきて……。

 昔は大会でも岩場でも、純粋に登れたら楽しかったのに、大会で成績が残せなくなってからは、まわりの目を意識していたことに気づいたんです。ジムに行っても完登までの回数を気にしたり、簡単な課題で落ちたら、たいしたことないと思われるんじゃないかと変に意識したり。

 でも、それって自分のいまの弱さを直視できていなかったから。私はこれからも岩場も競技も続けていきたい。だから、ここから先に進むために、課題のグレードなどにとらわれず、私らしく思い切りよく登っていきたいと思ったんです」

瑞牆山にある岩場でのボルダリングで高難度課題のミネルヴァをトライする昨秋の戸田。写真提供:戸田萌希
瑞牆山にある岩場でのボルダリングで高難度課題のミネルヴァをトライする昨秋の戸田。写真提供:戸田萌希

フィジカルトレーニングで見つけた自分のノビシロ

 中学生の頃の体格に戻りたいと思っても、それが叶うことはない。そのため戸田は昨春から、トレーニングにも新たな試みをいくつも取り入れている。そのひとつが月に2、3回のフィジカルトレーニングだ。

「小田さんに見てもらっているのですが、登っていて意識するところが変わってきました。体幹や筋トレのメニューは、使っている部位を意識するとクライミングにも通じているものが多くて。まだ始めて1年も経ってないし、いっぱい足りない部分があったんだなと思うと、これはノビシロなので楽しみなんです」

 野中生萌、渡辺海人、中村真緒、菊地咲希、本間大晴など今回のBJCに出場する選手を数多く担当するBCL ZIONのフィジカルトレーナー・小田佳宏氏は、戸田の現状を次のように語る。

「萌希ちゃんはフィジカル系が特長なのに、部位ごとにバラツキがありました。そのせいで出力の仕方がわからなかったり、全身の統合性が取れてなかったりしたんですね。それを改善して、持っているポテンシャルを少しずつ使えるようになってきたところです。ただ、まだ感覚との誤差があるので、安定したパフォーマンスを出せるようになるにはもう少し時間がかかるでしょうね」

 新たな自分をつくり直すなかで、戸田は自分の持ち味を再認識する機会があった。

「ユース合宿でボルダーの模擬コンペをやったときに、W杯の準決勝を想定した課題があったんです。誰も登れなかったし、私も登れなかったけど、ほかの子たちが止められないホールドよりも、先まで進めたんですね。スローパーとカチを保持してから、スローパーに飛びついて足ぶら(足は空中に浮いた状態)で止められた。そのときに、これが私の強みだなって再認識しました」

高校生活最後のBJCは、中学1年で鮮烈なデビューを飾ったあの舞台

 今回のBJCには16歳から19歳までの女子選手は戸田をふくめて20名。15歳以下は14選手いる。思春期の体の成長には個人差はあるものの、誰しもが通る道だ。その真っただ中で苦しみ、悩み、考えながら大好きなクライミングに真正面から取り組む戸田に、BJCへの抱負を訊ねた。

「この3年間は苦しんだけど、父と母をはじめ、まわりの多くの人に支えられて、中学生の頃よりも考えてクライミングに取り組んでこられた。だから、やっぱり日本代表に入りたいです。W杯だけではなく、まだ世界ユース選手権にも出られる年齢なので、もう一度世界で戦う姿を見せたい。

 でも、それを意識すると、いまの私は空回りするので、大会では目の前にある課題だけに集中したいです。まわりのことや結果は気にせず、私と課題だけという空間をつくって、課題といっぱい対話しながら楽しみたいです」

 2013年に駒沢屋内球技場で行われたBJCで、まだ人見知りで恥ずかしがり屋だった13歳の戸田が、準決勝の競技直後に取材エリアで語ったコメントが次のものだ。

「緊張したけど一生懸命できた。もっと登り(完登し)たかった。楽しかったから、これからもずっと出たいです」

 もがきながらもBJCの舞台から逃げずに挑み続けてきた戸田は、リニューアルされた駒沢屋内球技場で新たな一歩を踏み出す。

撮影協力:クライミングジム・アクティバ(山梨県山梨市) 撮影:筆者
撮影協力:クライミングジム・アクティバ(山梨県山梨市) 撮影:筆者

とだ・ほまれ

1999年4月21日生まれ(18歳) 山梨県山梨市出身。身長 157 cm

6歳の時に両親とともにボルダリングを始める。BJC後はアメリカ・ビショップへ10日間の岩ツアーへ。

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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