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ラピダス工場進出に沸く北海道

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
建設中のラピダスの工場 筆者撮影

  最先端の半導体プロセス工場を設置することをラピダス社が発表して以来、北海道は半導体工場の誘致に沸いている。北海道を代表する新聞の北海道新聞は、「2ナノへの挑戦」「迎えた転機」「半導体新時代」といった連載・特集を2023年に入り、続けてきた。また、最新ニュースでも半導体関連のニュースが多い。

  北海道はこれまで大きな産業がなく、ラピダスに期待する声は強い。半導体工場が一つあれば(図1)、半導体工場で使うきれいな水、一般的なガス(窒素ガスや酸素ガスなど)や特殊ガス(アルシンやフォスフィンなど)、化学薬品、有機溶剤などサプライチェーンが必要になる。つまりさまざまな企業がその周りに出来て、一つの半導体製造産業が成り立っている。規模にもよるが、保守要員も必要となる。半導体工場の周辺設備は、台湾の新竹、ドイツのドレスデンなどが有名で、かつては熊本もその一つに数え挙げられていた。

図1 新千歳空港のすぐそばで建設が始まっているラピダスの現場 筆者撮影
図1 新千歳空港のすぐそばで建設が始まっているラピダスの現場 筆者撮影

  最新プロセス開発研究を行っているベルギーの半導体研究所imecが北海道にやってくるという話もあり、期待が大きい。11月9日に東京で開かれた、ベルギーの半導体研究所imecの技術シンポジウムであるITF(Imec Technology Forum)に出席した、CEOのLuc van den Hove氏に尋ねてみると、「北海道に拠点を開設する計画はあるが、まだ決定したわけではありません。しかも日本進出となるとほかの企業にもアプローチしたいし」と答えた。そこで、「だとすると東京に本部を作ることになりますね」、と尋ねると頷いた。恐らく東京に支社か現地法人を作り、北海道に連絡事務所を置くのではないだろうか。

  また、ソフトバンクは北海道苫小牧市の東地区にデータセンターを建設する計画を発表している。苫小牧から千歳、さらに石狩(さくらインターネットがデータセンターを所有)地区にかけて、「北海道バレー」にしようという構想をラピダス社長の小池淳義氏がぶち上げている。北海道側はラピダスがもたらす波及効果の大きさに期待は大きい。

  現実には、さまざまな企業が進出したり物資を提供したり、協力なしでは実現できない。「手探りのままスタートしている状態」だと言えそうだ。例えば、半導体工場に欠かせない水は当初、千歳川の支流などから持ってくると伝えられていたが、それだけでは間に合いそうもなく、苫小牧地区工業用水道浄水場から中継ポンプ場を通して配水管を設けることに決定した。

  ラピダスを支援するための組織として、北海道新産業創造機構(ANIC)が設立され、半導体関連産業の集積や道内企業との取引強化など北海道経済の新たな発展に貢献することを目的としている。力の入れようはすさまじく大きい。

国頼みの経済からの脱却

  ここまで期待するのは、これまで北海道には大きな産業がなかったからだ。かつて夕張炭鉱があり、それを利用して室蘭に製鉄所があった。しかしそういった産業の没落と同時に新産業を生み出すための力が及ばず、沖縄と並んで、北海道・沖縄を開発する組織が国にはあり、援助金が配布されていた。

  今回、ラピダスが北海道に来るということで、これまでの国頼みの経済から自立した産業を持つ経済へ移行する千載一遇のチャンスなのだ。これまでは点としての工場はいくつかあった。旧日立北海セミコンダクターを買収したミネベアミツミや、京都セミコンダクター、アムコー・テクノロジー・ジャパン、セイコーエプソンなどはある(図2)。しかし点在していただけだった。

図2 北海道内の主な電子産業 出典:北海道経済産業局 https://www.hkd.meti.go.jp/hokcm/20230926/result.pdf
図2 北海道内の主な電子産業 出典:北海道経済産業局 https://www.hkd.meti.go.jp/hokcm/20230926/result.pdf

  ラピダスのような規模の大きな半導体工場がやって来ると、半導体製造材料や装置の工場や保守企業も欠かせない。北海道庁をトップにさまざまな組織がラピダスを支援する体制作りに奔走している状況だ。早くも「北海道バレー」といった構想も期待されている。

  この構想が決して的外れではないのは、半導体をけん引する産業が電機からITへとシフトしているからだ。ITは本質的にサービス産業であり、そのテクノロジーは何かといえば、コンピュータと通信と半導体である。この三つの内の一つが欠けてもITは成り立たない。幸い札幌にはかつてゲームソフト開発が盛んだった時期があった。コンピュータのハードウエアは今や半導体、ソフトウエアはかつての「札幌バレー」が担える可能性がある。

  ただ、最大の問題は、半導体人材が足りないことだ。北海道には北海道大学をはじめ理科系の大学・高等専門工業高校(高専)が11校しかない(表1)。全体でも5100名程度の学生しかいない。さらに問題は、半導体を学ぶカリキュラムが乏しいことだ。

表1 北海道内の理工系大学・高専と学生数 出典:北海道経済産業局 https://www.hkd.meti.go.jp/hokcm/20230926/result.pdf
表1 北海道内の理工系大学・高専と学生数 出典:北海道経済産業局 https://www.hkd.meti.go.jp/hokcm/20230926/result.pdf

  半導体の世界は、実は奥深い。半導体物性を教える先生はたくさんいるが、半導体トランジスタを教える先生が少なく、しかも半導体回路(IC)となるともっと少ない。そして半導体IC設計となると全国でさえも指で数えられるほどしかいない。半導体ICを製造するプロセス技術では、50~60歳のベテランがまだ生き残っている。彼らに教えてもらえばよい。そして出来た半導体ウェーハをカットしてチップに加工した後、ワイヤーボンディングなどの配線工程と封止して外界から守るパッケージング技術も必要だ。テストも重要で、狙った性能・機能が得られるかどうかをテストするのであるが、半導体ICそのものがコンピュータとなっているため、テストプログラムを書いて狙い通りの機能を実現できるかをチェックするためのソフトウエアとハードウエアを理解した技術者も求められる。

  それだけではない。半導体ICを使うシステムの知識がなければ、半導体ICを売ることができない。しかも核心を突くシステムの知識は、米国のシリコンバレーから発信されることが多い。米国と交渉できるシステム技術と半導体知識を持つ人間が欠かせない。英会話能力の問題ではない。中身の知識が絶対的に必要なのだ。

  北海道科学大学で工学部長兼機械工学科学科長の見山克己教授は、ため息交じりに次のように語っている。「半導体教育の中で、例えば半導体物性や半導体物理の専門家はいても、産業、技術など全体がわかる人が極めて少ない。特に半導体の設計については人材が薄い。これまで北海道が主催するさまざまな懇談会のレポートを見てもわかりますが、みんなの知識は断片的ですね」。

  半導体の世界は変化が激しいだけではない。例えば製造工程で押えるべきプロセスパラメータが実に多く、それらは相関あったり、なかったりで、ビッグデータ解析からAI/ML(機械学習)解析まで5~6年前から採り入れられている。つまり新しい知識の吸収も極めて速くなければならない。最新技術にも目を配り、いち早く自分のものにしなければ世界とは競争できない。北海道の期待は大きいが、北海道自身も早い変化にしっかり対応できるように変わらなければならないだろう。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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