Yahoo!ニュース

生活習慣病を即座に見出すウェアラブル端末を目指して

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 ウェアラブル機器は健康管理ツールとして変わりつつある。すでにアップルウォッチは医療機器である。米国の厚労省に相当するFDA(食品医薬品局)の認可を取得し、シリーズ4以降のアップルウォッチは立派な医療機器として認められており、心拍数や心電波形を示す心電図としても認められるようになった。不整脈の検出に活かせるようになっている。強みは何と言っても常時、測定できることだ。

 テクノロジーが進化したおかげで、ウェアラブルデバイスで手軽に病気の診断をできるようになるが、今後はさらに病気診断の範囲が広がることになる。その一つとして可能性を秘めているのが、眼底検査だ。

 人間の眼底を流れる血管からさまざまな生体情報がわかると言われている。光学的に血糖値(グルコース)を測定する、血管の太さから血圧を測定する、はたまたIR(赤外線)LEDを照射しスペクトルから中性脂肪の濃度を測定する、など、生活習慣病を眼底血管から見つけることができそうだという(図1)。

図1 眼底検査は多くの生活習慣病がわかる 出典:ナノルクス
図1 眼底検査は多くの生活習慣病がわかる 出典:ナノルクス

 しかし、これまでの眼底検査は可視光で見ているため、患者はまぶしくて目を開けていられない。しかもまぶしいため、瞳は小さくなる。せいぜい静止画の写真を撮るくらいしかできない。

 そこで、まぶしくない赤外光を使えば長時間撮影できるだけではなく、動画もとれるようになる。しかし赤外線だと白黒撮影しかできない。そこで、赤外線画像をカラー化する技術を追求するスタートアップのナノルクスは、奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 光機能素子科学研究室の太田淳教授グループと共同で、医療用の眼底カメラを開発した。このほど大阪大学大学院医学系研究科眼科学(教授:西田幸二)および同大学医学部附属病院AI医療センター(特任教授(常勤):川崎良)は、このカメラを用いて同大学医学部附属病院での検証を開始した。

 カメラは試作品に近いものだから、今のところ大きいが、単板式のCMOSセンサにカラーフィルタを組み合わせたカメラであるため、技術的にはスマートフォンに搭載できるほどの小型化はできそうだ。そうなると、スマホが医療機器となる可能性がある。画像診断なら、AI(機械学習やディープラーニング)も使える。AIは病気かそうではないか、あるいはその中間かなどの診断が得意中の得意である。学習を積み重ね、画像データを蓄積していれば、スマホやアップルウォッチなどの端末で推論できるため、ウェアラブル程度の大きさで、診断できるようになる。現実的な話である。

 ナノルクスはNews & Chipsでも取り上げたように(参考資料12)、赤外線の波長領域の中から可視光のRGBに相当する波長域を見つけ、赤外線写真をカラー化できるようにしたベンチャー企業だ。今すぐにスマホに載せても、赤外線画像にふさわしい用途が少ない。このため、まず医療機器で臨床実験を行い、データをたっぷりとることから始めようという訳だ。

 エレクトロニクス・半導体テクノロジーの進歩は、医療機器をモバイルデバイスに変えるようになりそうだ。これまでは歩数計や歩いた距離など単なる活動量計という位置づけでしかなかった。歩数計の歴史は古く、加速度センサで歩数を数えるiPhoneの時代からも歩数計は搭載されていた。しかし、これらは医療機器としては認められず、単なる活動量計としてFitbitなどから長く販売されていた。

 しかし、テクノロジーの進歩によってアップルウォッチのようなウェアラブルデバイス程度でも、立派な医療機器と認定されるようになった。血管を流れる血液中のヘモグロビンが入射光を吸収する性質があるため、光パルスでほぼ連続的に血管に光を照射してその反射を検出すれば、ほぼ連続的な脈の波形をとることができる。心臓から送り出される血液は血管を太くするため、細い血管と太い血管の反射光を連続的に計測することによって脈波図を描くことができる。

 従来の心電図は昔から使われてきたが、これは人体を流れる微弱な電流を検出しており、心臓から血液が送り出されるときの微小な電流を測っているだけであり、精度が高いのかどうか実は疑わしい。だったら、光パルスの反射を検出するウェアラブル機器だって精度的には似たようなものかもしれない。

 医療機器として認められた、アップルウォッチのシリーズ4を発表した後の2019年1月、アップルストアにおいて、CEOのTim Cook氏はCNBCテレビのインタビューで次のように答えている。「将来、何年かたってからAppleは人類にどう貢献してきたのか、を振り返るように質問されれば、ヘルス(健康)だと答えます。なぜなら、アップルは人々の生活を豊かにすることが使命だからです。ヘルスケアの中でも健康(Wellbeing)にすることが私のメインターゲットです。医療が病院だけに支配されているのではなく、個人個人が健康に注意できるように、医療の民主化を図っていきたいのです」(参考資料3)。

参考資料

1.真っ暗闇でカラーの赤外線画像・映像を撮る (2020/2/21)

2.赤外線画像がカラーで見られる! (2018/7/6)

3.Apple CEO Tim Cook On China, Wall Street and Innovation (2019/1/9)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

津田建二の最近の記事