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東芝とルネサスの半導体はそっくり

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

これまで、東芝はNANDフラッシュで躍進を遂げてきた。このためNANDフラッシュ以外の事業は陰に隠れて見えなかった。報道も少なかった。ところが、NANDフラッシュを東芝メモリという名称で切り出し、経営には関与しないと宣言したため、残ったメモリ以外の半導体の状況が浮き上がってきた。

5月13日に東芝が決算報告と中期ビジョンを示したが、その中で東芝の社内カンパニー制度の一つ、東芝デバイス&ストレージ社が早期退職優遇制度を利用して350名の人員を削減する、と発表した。東芝ではすでに、東芝エネルギーシステムズ社と東芝デジタルソリューションズ社で昨年11月に早期退職を実施、2019年3月末までに823名が早期退職に応じた。この早期退職によるリストラを半導体部門にも今回適用する。

東芝半導体の今回のリストラの理由は、システムLSI事業の縮小である。この言葉もどこかで聞いたことがあるではないか。これまで日立製作所やNEC、富士通、三菱電機など大手半導体がかつてのDRAMでSamsungやMicronに負けたあと、ろくにその敗因を分析もせずシステムLSIに移行した結果、惨敗した様子とそっくりだ。これまではNANDフラッシュという稼ぎ頭があったためにシステムLSIのダメさが浮上してこなかった。しかし、他の大手半導体メーカーと同様、システムLSIとは何かを定義せず、理解もしてこなかった。

今回の東芝の事業説明でも、システムLSIを定義していない。画像処理プロセッサであるViscontiをデジタルICと定義しながら、ロジックLSI事業では顧客価値の高い製品を開発するとしており、メモリ以外のデジタルICとロジックLSIの違いを説明していない。これまでのルネサスと同様、システムLSIとは何をもってそう呼ぶのかについて、結局説明がない。さらに重要なことは、役員レベルの人たちがシステムLSIとは何かを理解していないようなのだ。

これらをきちんと定義していなければ、システムLSI(別名SoC:システムオンチップともいう)で重要なハードウエアとソフトウエア(ミドルウエアやアルゴリズム)、さらにはプラットフォームを定義できず、コスト競争力を失うリスクがある。ハードとソフトのどこにどれだけ投資すべきなのかを理解していない恐れがあるからだ。また、CEOは説明会でプラットフォームという言葉を使ったが、何のためにプラットフォームが必要なのかを理解していないようだ。東芝はこれまでメモリを持っていたために競争力を保つことができたが、メモリを捨てた日本の半導体メーカーがことごとく失敗したのは、まさに投資すべき対象を見誤ったためである。

システムLSIでもっとも重要なものは人とソフトウエアである。例えばIntelがAIのソフトウエア会社や画像処理プロセッサのMobileyeを買ったりしているのはソフトウエアが重要だからだ。ところが日本の大手半導体メーカーはシステムLSIを推進していながら、ソフトや優秀な人(talented people)にではなく、微細化が必要な量産工場に投資してきた。メモリのような大量生産品は設備投資が重要であるが、システムLSIは少量多品種の製品であるため、優秀な人やソフトウエアが重要な要素となる。

ルネサスではかつて、ディスプレイドライバのようなソフトウエアを使わない製品をシステムLSIと呼んでいた。システムLSIにおけるソフトウエアの重要性を全く認識していなかった。システムLSIは基本的にCPUを内蔵し、ソフトウエアで差別化したり、一部のハードウエアで差別化したりする。このためどのような機能をどのようなソフトウエアやアルゴリズムで実現するかが最大の関心事となる。ここを理解していなければ、優秀な人を含めてリストラしたり、ソフトウエアへの投資をためらったりする。だからこそ、経営陣はシステムLSIとは何かをきちんと定義し理解する必要がある。

しかし、東芝の決算説明会では、システムLSIがハードウエアのビジネスではなくなっていることに気がついていない役員の発言が多かった。いまだに半導体事業はハードという認識だった。だから不安が残る。

ルネサスはかつてオムロンの作田久男CEOがリストラを断行し、余った工場を処分し、めどをつけた状態で次にバトンタッチした。この時も上からの横やりで作田氏を首にしたという見方も多い。実質的にその後を受け継いだ呉文精CEOは、全くの半導体素人で、出身母体である銀行のやり方で自分の仲間(イエスマン、イエスウーマン)だけを集めようとしてきたから、もっとたちが悪い。システムLSIの理解どころではない。

何よりも罪作りなことは、日本半導体業界の役員クラスで、唯一と言えるシステムLSIを理解していた大村隆司氏を追放したことだ。それ以降のルネサスはほとんど相乗効果の見込めないIDTを買収し、その役員をルネサスの役員に重用し、もともとのルネサスの役員をほぼ全員追い出した。唯一残っている会長の鶴丸哲哉氏は、完全なイエスマンになったと言われている。

ルネサスが最近発表した2019年第1四半期(1~3月)の決算報告では下降曲線まっしぐらだった(図1)。ただし、直近では逆の現象が起きている。つまり工場を閉鎖すると発表したために、部品を今のうちに手配しておこうという顧客からの注文が殺到しており、もちろん一時的な回復のような受注であるが、第2四半期の数字は少なくとも一時的に上向くはずである。しかし、その後は再び落ちていくだろう。社長を筆頭とする経営陣がルネサス社員に対して、モチベーションを上げる策を何も取っていないからだ。実際に働く社員を優遇せず、机上の空論だけで会社は動くものではないことを社長は全く知らない。

図1 ルネサスの利益は粗利、営業利益とも落ちる一方 出典:ルネサスエレクトロニクス
図1 ルネサスの利益は粗利、営業利益とも落ちる一方 出典:ルネサスエレクトロニクス

これまでのIDT買収が相乗効果を生まないことを半導体産業の人たちはみんな知っており、知らないのはルネサス経営陣だけ、とも言われている。IDT買収は、相乗効果よりも、初めに買収ありき、だったからルネサスの成長は依然として見えてこないのである。

東芝の車谷暢昭CEO(図2)もやはり銀行関係者だ。彼らは、机上の計算だけでストーリーを立てることが多く、実現性に乏しく、実現するための様々な障害を取り除いていくための策を知らないことが多い。システムLSIは、むしろ半導体製造を担当してきた人よりもコンピュータや最新の通信のわかる役員がいないと心もとない。

図2 東芝代表執行役会長CEOの車谷暢昭氏 筆者撮影
図2 東芝代表執行役会長CEOの車谷暢昭氏 筆者撮影

技術的には、コストを上げずに性能や機能を上げる手段として、Software-defined XXXというプラットフォームが注目されてきた。少量多品種を安く作るためのプラットフォームの一つである。この考え方をとらなければ、少量多品種=コスト高のループから抜け出すことができない。銀行関係者は、システムLSI、プラットフォーム化、Software-defined XXX技術についてもっと理解しなければ、投資対象を誤り、泥船をこぐ恐れがある。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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