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メーカーズ・ムーブメントの新潮流

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

最近、米国のハイテク企業からSTEMという言葉をよく聞くようになった。STEMは、Science(サイエンス)、Technology(テクノロジー)、Engineering(生産技術)、Mathematics(数学)を並べた言葉である。なぜ、この言葉が重要な意味を持つようになったか。

技術立国日本にとって非常に重要な4つの言葉だからである。モノづくり、IT、エネルギー、ライフサイエンス、ヘルスケア、航空・宇宙、ロボット、ドローンなどの分野に共通で、モノづくりの設計から生産、品質・信頼性など全てに渡って、このSTEMに裏打ちされていなければ、良いものを安くみんなに行き渡らせることができない。

研究・開発ができても、安くみんなが買える価格で作れなければ、独りよがりの製品で誰も買わない・売れないモノになってしまう。かつて、スティーブ・ジョブズがアップルを追われ、ネクストコンピュータを設立して、高性能にこだわったコンピュータが全く売れなかった。価格が百万円以上もしたからだ。その後、アップルに招かれたジョブズが最初に手掛けたiMacは、当時まだ高価だった液晶を使わずに、ブラウン管を用いながらもスケルトンといった革新的なデザインで17万円程度という、一般の人が買える値段で発売した。見事にヒットしたことは誰もが知っている。ネクスト時代の値付けの重要性という失敗を経験したからだ。

開発して試作品を作るまでをテクノロジーとすれば、それを量産するためには、別の技術力、すなわちエンジニアリングが必要となる。もちろん、その前に試作品を作るためには、しっかりした原理に基づく設計図が必要で、原理を確立するためには、しっかりしたサイエンスが必要。数学的な記述は、サイエンスを裏付けたり、テクノロジーを表現したり、さらにはエンジニアリングの設計図を書く場合の表現としても使う。

最近のIoT(Internet of Things)システムでは、STEMは欠かせない。システムの全てに使う。IoTデバイスでは、まずセンサによって温度や加速度、振動、回転(ジャイロ)、圧力などを電気信号に変換したら、そのアナログ波形の持つ意味をユーザーエクスペリエンスに合った行動に変換しなければならないが、このアルゴリズムは数学の世界である。デジタルで表現したら、今度はそれをデータとして送信しなければならない。送信するためのデジタル変調にもフーリエ変換やバタフライ変換などの数学的な記述が必要だ。最終的にはクラウドあるいはその手前のゲートウェイまで送る。クラウドではさまざまな多くのデータを解析するのに、また数学を使う。

大学や企業で何かを開発し、それを実用化、量産まで持っていくためには、STEMは欠かせない。最近では、金融の世界(フィンテック)まで偏微分方程式(ブラック-ショールズの式)が入ってきている。もはや理系も文系もない。サイエンス、数学、テクノロジー、エンジニアリング、すなわちSTEMは実際に商品・サービスとして扱う産業には欠かせなくなってきている。

エレクトロニクス/ITの世界では今、何かヒット商品を狙うというよりは社会問題を解決するため、という意識を海外の先端企業は持っている。まだ解決できない、例えばガンを治療するために半導体を利用する、てんかんを半導体チップで治療する、あるいは交通渋滞に対してセンサを利用してアダプティブなシステムで解決する、監視カメラと人工知能を組み合わせて犯罪を防止する。さまざまな社会問題をSTEMで解決するのである。こういった姿勢は、社会的な要求に基づくため、研究開発だけに終わらない。

目の不自由な人が健常者と同じように生活できるように支援することもできる(参考資料1)。社会の役に立つモノやサービスを提供する共通手法がSTEMである。こういった世の中の役に立つ製品やサービスを生み出す姿勢こそが、成功に導くことにつながるのではないかと思う。スティーブ・ジョブズのように世の中を変えてやる、という意識でビジネスを始める姿勢にも通じる。

アメリカではすでに優秀な学生が金融やサービスではなく、モノづくりを選ぶように学生の意識が変わってきた。その環境が幸いにも揃ってきた。パソコンで動作する3D-CAD、20万円程度で買える3Dプリンタ、自分のプログラムを組むための安いマイコン開発ツール、ウェブベースで電子回路を設計できる無料ツール、シミュレーションするための数学的なモデル、などが入手できる。かつてウィリアム・ヒューレットとデビッド・パッカードが自宅のガレージで測定器を作ってヒューレット・パッカード社を起業したように、今でも学生や素人がモノづくり産業を起業できる環境が整ってきた。これをメーカーズ・ムーブメント(Maker’s Movement)と呼ぶ。これは新しい動きとなって全米に広がっている。

参考資料

1. 障がい者が健常者と同じように生活できる社会を目指す(2015/07/15)

(2016/03/10)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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