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NTTとパナソニックの提携を読む

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
NTTの鵜浦博夫社長(左)とパナソニックの津賀一宏社長(右)

本日、NTTグループとパナソニックが2020年に向けた業務提携を結んだことを発表した。NTTグループはなぜ、パナソニックを選んだのか。パナソニックはなぜNTTと組んだのか。「映像サービスの革新」、「ユーザーエクスペリエンスの進化」、「ブロードバンドソリューション」、「安心・安全な社会」、こういった言葉が並んだが、発表会に来ていた記者やジャーナリストは具体性に乏しく、キツネに包まれたような顔をしていた。両社はなぜ手を組んだのだろうか。分析してみよう。

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NTT、日本電信電話は言うまでもないが、全国に電話網を張り巡らせた通信オペレータである。基地局や光ファイバの有線事業、モバイルネットワークの無線事業、など電話線を使ってもらってナンボ、というビジネスをやってきた。携帯電話はもちろん、かつての黒電話時代から、NTT仕様の電話を電話メーカー(富士通やNEC、日立製作所、沖電気、シャープ、パナソニックなど)に製造させ、作った電話機を全数引き取った。携帯電話メーカーはNTTドコモなどの通信オペレータの言われるとおりに作っていればそれでよかった。

しかし、グローバル化の波は携帯電話機ビジネスにもやってきて、日本だけが独立独歩で技術を進めた結果、メーカーは世界には売れない携帯電話機を作ることになってしまった。2Gのデジタル電話になってから、いろいろな技術が登場し、世界各国と協調しながら進まなかったために日本1国だけ浮いてしまい、ガラパゴスと揶揄されるようになった。

そして大変ショックだったのは、アップルがiPhoneを発表した時だ。アップルは当初、iPhoneを各国のナンバー1のオペレータにしか売らせなかった。日本のそれまでの常識は通信オペレータが電話機メーカーに仕様を公開し、その通りに作らせたのだが、携帯電話メーカーのアップルがオペレータを選択するという「下剋上」の世界を作り出したのである。アップルは、日本に限っては頭(ズ)の高いNTTグループを避け、ナンバー3でも気の知れた孫正義氏率いるソフトバンクを選んだ。

そしてアップルは、iTuneやAppStoreといったサービスを展開するようになった。加えてグーグルも通信網を利用する検索サービス、SNSのfacebookやTwitter、果てはLINEといったサービス業者が続々と現れた。通信オペレータが敷設してくれたネットワークを利用してサービス業者が次々とビジネスを成長させた。こういったサービス業者をOTT(Over-The-Top)と呼ぶが、本来のTop(トップ)である通信オペレータの上でサービスしているからだ。

こういった実情に対して、通信オペレータは「俺たちは(ネットワークを敷設する)ドカン屋か」と嘆いた。アップストアをはじめとするネット上の商取引のアプリケーションソフトウエア(アプリ)を売買し、広告収入などでビジネスを広げているOTTに対して、オペレータは、消費者が電話を購入する時にいくつかのアプリを電話に無料でバンドルすることなどで対抗するケースもあったが、結局、太刀打ちできないままになっている。このままではいけない、との思いが、今回の提携でNTT側からパナソニックに何か一緒に組めないものか、と話しかけるきっかけになり、話し合いを続けてきた。

一方のパナソニックは、これまで家電メーカーのトップとして白物家電からAV機器まで手掛けてきたが、AV機器はデジタル家電となりアジアの方が良いデジタル家電を安く作る技術を開発したために(このことに気が付かない業界人は未だにいる)、マーケットを次第に失っていった。アジアは人件費が安いから負けたのではない。安くても良いものを作れる技術を開発したから日本勢を打ち負かしたのである。

特にテレビ事業はパナソニックがずっとけん引してきたが、赤字を出すようになり、リストラの連続で利益は出せるようにはなった。しかし売り上げはまだ伸びていない。世界の勝ち組とは正反対の方法でやってきたことに最近気づいた。パナソニックの津賀一宏社長は、「単体売り」と「技術偏重」、「自前主義」でやってきたことに対する反省で、パートナー作りが必要だと痛感した。

パートナーと組む場合は、自社の強みを訴求して弱点を自前開発ではなくパートナーと一緒に開発するようにすればよい。津賀社長によると、パナソニックの強みは、映像に関する技術であり、デバイスやディスプレイ等も強い。そしてこれまでのスタンドアローンの製品や技術開発の姿勢から、ネットワークでつなげることを考え、しかもモバイルを使い、そして家庭から公共分野へとトレンドが流れていることを認識した。となると、公共事業が得意なNTTグループと組む意味は大きい。

差し詰め、2020年の東京オリンピック/パラリンピックを目標にして、エンターテインメント、コミュニケーション、セキュリティの3つの技術を活かし、安心・安全な社会、外国からのお客様をもてなす社会を作り出そうという。例えば、競技場では、さまざまな視点からのカメラを設置し、さまざまな角度からの映像をストアし、観客のモバイルデバイスで自由自在に個人ごとに違う場面を楽しむような利用シーンを想定している。

NTT側は、パナソニックの持つ映像技術、デバイスを利用して、駅や空港、道路などの公共スペースに設置するデジタルサイネージを充実させることを想定している。デジタルサイネージのボードにはM2M(machine to machine)通信モジュールでモバイルネットワークを利用してサービスを行うことができる。もはやドカン屋にはとどまらず、デジタルサイネージでサービスビジネスを考えているようだ。街の表示板にデジタル技術が使われている例は1割にも満たない。だからこそ、デジタルサイネージはビジネスチャンスと映る。ここに利用するユーザーエクスペリエンスを進化させようと考えている。

ただ、ユーザーエクスペリエンスは、パナソニックもNTTもそれほど得意ではない。iPhoneでのユーザーインターフェース(UI)を創出したアップルや、ゲーム機WiiのUIを開発した任天堂などの方がよほど得意だ。だからこそ、NTTは、パートナーはパナソニックだけに留まらないだろうと述べ、パナソニックが得意でない分野で他のパートナーを探すことになる。

では、パナソニックやNTTに足りないところはUI以外では何か。デジタルサイネージに必要なCMS(コンテンツマネジメントシステム)ソフトウエア(インテルはIoT向けに販売)や、衣料小売りへのサービス(欧州衣料ブランド企業)、スタジアムでの通信サービス(クアルコムが得意)、デジタルサイネージ広告(フランスのJCデコーが強い)など。筆者のアタマに浮かぶ企業は海外企業が多い。NTT、パナソニックは内なる外国アレルギーを解消する努力も必要となろう。

NTTとパナソニックに共通するキーワードは、公共スペース事業、オープンコラボレーション、サービス提供、などである。しかし、こういった言葉こそ、米国や欧州、アジアなどの勝ち組がこれまで取ってきた戦略そのものである。日本の大手はようやく、このことに気が付いた。もはやAll Japanではない。NTT、パナソニックがこれからどの企業と組むか、企業価値を高められるパートナーか、結果は1~2年後には現れるだろう。パナソニックは2020年に向けた提携だからこそ、2017年ごろには何かしら形に見えるものを作るとコミットしている。では、その形を利用したサービスもそれまでに考案しなければ提携の意味はなくなるだろう。周回遅れかもしれないが、大手企業が世界の潮流に気が付いたことは期待が持てそうだ。

(2015/06/17)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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