話し上手でなく聞き上手と自認している私。実際のところはどうなんだろう?(「スナック大宮」問答集39)

8年間でのべ2400人と飲み交わしてきたスナック大宮のこぼれニュースコラムです(写真:アフロ)

スナック大宮」と称する読者交流飲み会を東京、愛知、京都などの各地で毎月開催している。2011年の初秋から始めて、すでに120回を超えた。お客さん(読者)の主要層は30代40代の独身男女。毎回20人前後を迎えて一緒に楽しく飲んでいる。本連載「中年の星屑たち」を読んでくれている人も多く、賛否の意見を直接聞けておしゃべりできるのが嬉しい。

 初対面の緊張がほぐれて酔いが回ると、仕事や人間関係について突っ込んだ話になることが多い。現代の日本社会を生きている社会人の肌からにじみ出たような生々しい質問もある。口下手な筆者は飲みの席で即答することはできない。この場でゆっくり考えて回答したい。

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こちらの表情や心情などはお構いなしに話しまくる「壊れかけのラジオ」たち

 このコメントを寄せてくれた女性は、スナック大宮に参加応募するメールでいつも弾むような調子の文章を添えてくれる。本連載を含む筆者の記事に関する感想だったり、自分の近況だったり。こちらへの関心と本人の飾らない人柄が伝わってくるような文章なので読みやすい。今回のように「返信」も書きたくなる。

 書き言葉だけでなく、話し言葉でも基本的には同じ現象が起きる。お笑い芸人やアナウンサーでもない限り、「話し上手」や「聞き上手」を目指す必要はない。我々素人が会話において心がけたいのは2点のみだ。

 1つ目は、目の前の相手にちゃんと関心を持って配慮すること。筆者を含めて、実行できていない人が意外なほど多い。自分の話に夢中になり、聞いてくれている人のことが見えなくなってしまう。

 意識的に聞き手に回ってみるとわかりやすい。筆者はフリーライターという職業柄、インタビューなどで他人の話を聞く機会が多い。ときどき遭遇するのがこちらの表情などはお構いなしに話しまくる人だ。おそらく誰が相手でも同じなのだろう。これでは面と向かう意味がない。憎めない人だけど、長く一緒にいると疲れてしまう。筆者はこういうタイプを「壊れかけのラジオ」と呼んでいる。

 聞き手にも責任の一端はある。あいづちも打たずに無表情でいたり、話の腰を折って勝手なことを言い出したりすると、話しているほうはガッカリしてしまう。「自分の話はつまらないのか」と焦り、ますます聞き手を無視して話しまくることにもつながる。目の前の相手に関心を持って配慮することは聞き手にも必要なのだ。

会話で注意するのは2つだけ。相手に関心を持つ、カッコつけない

 2つ目の注意点は、カッコつけないこと。「こんな用語や分析を語ったら知的に見えるだろうな」という誘惑は常にある。筆者は家族から「知ったかぶり」というあだ名をもらっているほどで、耳にしたばかりの話(例えば、旬の鮨ネタについて)をそのまま得意げに使ったりしている。これはみっともない。

 本当に人を惹きつける話をする人は、口下手であったとしても自分の言葉を持っている。自ら経験し、試行錯誤し、考えたことだけを言葉にするので、派手さはなくても不思議な迫力があるのだ。

 聞き手も同じだ。話し手に関心と敬意を持ちつつ、聞いていてわからない展開や用語があったら素直に質問する。「バカだと思われたくない」という心配は要らない。誰にだって知らないことはある。ちゃんと質問することは、話に興味を持って聞いている姿勢を相手に伝えることにもつながる。まともな話し手であれば、専門用語を使い過ぎたことに気づき、よりわかりやすい話し方へと軌道修正をしてくれるだろう。

 相手に関心を持つ、そして自分はカッコつけない。お互いがこの2点を守ることができれば、どちらが話しているのかわからなくなるぐらい濃密にして心地良い会話が生まれる可能性が高まると思う。