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航空管制AI化でも滑走路誤進入を防げない3つの壁

タワーマン元航空管制官
(写真:ロイター/アフロ)

羽田空港の日本航空(JAL)機と海上保安庁の航空機が衝突した事故については未だ真相は見えていないが、過去に起きた滑走路誤進入のほとんどは何らかのヒューマンエラーに起因している。航空機メーカーBoeingの統計によれば、航空事故を引き起こした原因について、1903年では8割が機械的な要因(機器故障など)であったが、機体製造技術が進歩した2003年では、8割がヒューマンエラーが要因となった(全体の事故件数は減少)。さらなる安全性向上のため、航空機は無人化による自動操縦、航空管制はAIが代替すべきという考え自体を否定するつもりはないが、AI航空管制の実現にはまだまだ越えなければならない壁が存在する。

第一の壁、航空機の動きが予測困難

航空機の出発・到着時刻や離陸滑走・最終進入に要する時間を正確に予測することは、現代の技術をもってしても不可能である。例えば到着機が滑走路に接地する1分前の時点で到着時刻を算出する程度であれば、航空機の速度変化があるにしても±10秒以内の誤差に収まると考えられる。ではその状況において、離陸を許可された出発機が離陸滑走を開始して、到着機が接地する前に浮遊し上昇フェーズに入れるかどうかについてはどうだろうか。離陸操作はパイロットの操縦次第で動き方に差が出るし、航空機の離陸重量にもよっても時間差が生まれる。普段だったらこれくらいで…という経験則が通用しないくらい、離陸滑走が遅れて開始することも時々ある。

離着陸だけでなく、到着に次ぐ到着の場合も含めて、先行機と後続機の間隔設定を実際に滑走路上で絡む3分以上前から正確に予測することは熟練者でも容易ではない。システムでもそれは変わらないのが実態だ。カーナビの到達予測時刻が刻々と変化することを踏まえれば、システムでも予測はそう簡単ではないことがご理解いただけると思う。

第二の壁、航空機は指示通りに動かない

航空機が指示通りに動かないことは、ヒューマンエラーによる航空事故において、責任がどこにあるのかきっぱり決められない理由でもある。航空管制官という第三者の指示に合わせてパイロットは操縦し、また航空管制官も自らの意図通りに航空機を動かせるわけではない。管制指示義務違反という指示に従わなかった場合の違反行為がある一方で、パイロットには見張り義務という身の安全を守るときは航空管制官の指示を超えて自分で回避しなければならない責任を持つ。さらに、航空管制官の指示を誤認して違う行動を取ることも少なくない。たとえ指示の復唱が一致していたとしても、ヒトは頭で理解したことと出てくる言葉が異なったうえ、自分が間違ったことを言ってることに気がつけないときがある。

AIの航空管制官がパイロットの復唱を音声認識で理解したとして、パイロットが誤解する想定をどこまで想定すれば良いかは疑問がある。AI将棋に勝つずるい方法で、普通なら負けるような悪い手をあえて打ち、AIの想定外を狙って混乱するのを誘うというのを聞いたことがあるが、パイロットが余りに予想外の動きをしたときにリカバリーが効くのだろうか。

第三の壁、絶対的に正しい判断がないケース

航空交通では、絶対的な正しい判断が存在しない場面が多い。AIは答えが一つに決まっているようなものには正しい答えを導くことは得意だが、複数の選択肢があってどれも正解、不正解と断定できない状況を苦手とする。航空管制の現場においてもこういうことがよく起こる。管制塔であれば、滑走路担当と地上走行担当、レーダー管制であれば隣接する管制空域の担当などにおいて、隣り合うペアかチーム全体でどの選択肢を取るか、各々の管制官で意見が分かれる場合に合意形成しなければならない場合がある。

もちろん、安全と効率を考えて最も良い判断に揃えるのが理想的だが、その「最も良い判断」というのは機械的に決められるものではなく、結果としてワークロードの負荷が高まり他の交通に悪影響を及ぼす可能性や、前述の通りパイロットの反応が遅かったり、誤認するリスクも考慮して代替手段が取れるものでなければならない。お互いプロ同士だが、判断が分かれるときにはあえてどちらかが”今回は折れてやる”ことで折り合いを付けて方針を固める必要があるのだ。

実にアナログでヒトらしいことばかり述べたが、それでも航空交通は他のどの公共交通機関より死亡事故が少なく最も安全性が高いと評される。航空管制経験者である身からは、AIに完全代替するよりはヒトを支援する側に回るほうが現実的だとお伝えしておきたい。

参照)

https://www.boeing.com/commercial/aeromagazine/articles/qtr_2_07/article_03_2.html#:~:text=Approximately%2080%20percent%20of%20airplane,to%20machine%20(equipment)%20failures.

元航空管制官

元航空管制官で退職後は航空系ブロガー兼ゲーム実況YouTuberとなる。飛行機の知識ゼロから管制塔で奮闘して得た経験を基に、空の世界をわかりやすく発信し続ける。

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