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4時間の壁? 飛行機は逃げるけど新幹線は逃げられないという事実。

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
今月号の鉄道ジャーナル(購入雑誌の表紙を筆者が撮影)

伝統の鉄道雑誌「鉄道ジャーナル」の最新号(7月号)で新幹線の「4時間の壁」について特集されています。

鉄道雑誌(月刊誌)は様々な出版社からいくつも発行されていますが、最近では一部に鉄道会社のご機嫌取りのような提灯記事ばかりで面白くない雑誌がある中で、この鉄道ジャーナルはその名が示すようにジャーナリズム的視点から現代の鉄道を取り上げる数少ない硬派な雑誌だと筆者は考えています。

今回の特集も「4時間の壁」。つまり新幹線か飛行機か、どちらを選択するかの基準のお話で、これは筆者の以前からの関心事項でもあります。

▼3月に筆者が書いた記事、

新幹線の壁 本当に越えなければならないのは「4時間の壁」ではなくて「1万円の壁」という現実。

この記事はミリオンセラー的アクセス数をいただきましたが、極論として筆者が考えるのは「新幹線か飛行機か」ではなくて地域にとってみたら、「新幹線も飛行機も」なのです。

地方と都会の考え方の違い

例えば北陸新幹線の金沢、東北新幹線の青森など、新幹線が走っている地域の人たちと、東京近郊の人たちというのは根本的に出発地と目的地の「特性」が違います。

まず、金沢や青森に限らず、地方の人たちが東京を目的地とした場合の目的地としての特性です。

地方都市の人たちが東京に用事がある場合、その多くは東京23区内であったり、あるいは東京と名乗っている千葉県の遊園地です。つまり、新幹線で東京に到着したら、その周辺が目的地なわけです。

ところが、羽田空港に到着する飛行機では空港に到着してからの移動が必要になります。京浜急行で都内へ出るにしても、モノレールで浜松町に出るにしても、新幹線で上野駅や東京駅に到着することから比べると「余計な移動」をしなければならなくなります。

これに対して東京の人たちが地方へ行く場合の出発地としての特性の話ですが、「東京の人」というのは「東京」とは言いますが、実際に東京23区に住んでいる人は少数派であって、大多数の人が千葉県であったり埼玉県であったり、東京都下と呼ばれる武蔵野多摩地区であったり、あるいは川崎、横浜などの神奈川県であったりします。

そういう人たちが、例えば金沢や青森へ行く場合、新幹線の駅へ行くのが近い人ばかりではありません。

東京近郊のいろいろな街から東京駅、あるいは上野駅へ電車で行って、そこで新幹線に乗り換えることを考える人たちばかりではなく、東京近郊では多くの町から羽田空港へ直行する高速バスが出ていますから、地域によっては、満員電車に揺られて東京駅や上野駅へ行くことを考えたら、座席定員制の高速バスでゆったりと羽田空港に行くことを選択する人たちがたくさんいます。まして、旅行へ行くとなれば大きな鞄を持って行くことが多いですからなおさらです。

地方都市にお住いの皆様方の「東京」はほぼ都内23区に集中しているのに対し、東京人にとっての「東京」は東京都下、神奈川、千葉、埼玉、あるいは茨城など、かなり広範囲にわたっています。

こういう状況を考えると、地方の人たちが東京へ来る場合と、東京の人たちが地方へ行く場合の、それぞれの目的地と出発地の特性が大きく異なります。

これが、地方から見た東京へのアクセスと、東京から見た地方へのアクセスの違いです。

だから「東京の人」にとってみたら、

自宅→東京駅→金沢・青森

自宅→羽田空港→金沢・青森

と、

空港アクセスを考えても大して変わりがないというのが実感なのです。

つまり、「4時間の壁」という根拠が乏しいのです。

「新幹線か飛行機か」ではなくて「新幹線も飛行機も」

この鉄道ジャーナル誌の特集記事の中で複数の識者の方々が書かれていますが、もともと「4時間の壁」という考え方の出所というのが根拠がはっきりしないということです。ですからその根拠がはっきりしないことを議論すること自体が無駄であるということになります。

筆者が3月に上記の記事を書いた時に、「4時間の壁というのはきちんとしたデータに基づいて算出された数字であるから、お前が論ずる問題ではない。」とのご意見をいただきましたが、そうなると、いずれにしても議論する問題でないのは確かですから、筆者としては新幹線か飛行機かという議論をするつもりはありません。

たとえ5時間かかったとしても、飛行機が嫌いだから新幹線で行くという人もいれば、たとえ新幹線で3時間の距離であっても自分は飛行機で行くという人もいるでしょう。大切なのは好みに応じて利用者が自ら選択できるということなのです。

だから「新幹線か飛行機か」を議論する必要性など全くなくて、「新幹線も飛行機も」両方あるに越したことはないわけです。

まして、地方都市の皆さんは東京都内が目的地のほとんどですから新幹線があれば飛行機は要らないというかもしれませんが、今のインバウンド時代、羽田空港に到着した外国人観光客を自分たちの地域に呼び込もうと思ったら、羽田からの直行便が飛んでいるかどうかが重要なカギになりますから、都会からの人ばかりでなく外国人も呼び込もうと考えるのであれば「新幹線も飛行機も」両方あったほうが良いのです。

新幹線は逃げないけれど、飛行機は逃げる

1985年に東北新幹線が上野-盛岡間で開業しました。

同時に上越新幹線が上野-新潟間で開業しました。

するとそれまで飛んでいた羽田-仙台路線、羽田-花巻路線と羽田-新潟路線が廃止されました。

新幹線ができたので飛行機は不要になったのです。

でも、もし今、仙台空港や花巻空港、新潟空港に羽田からの便が飛んでいたらどうでしょうか。

新幹線で行く人はいずれにしても新幹線を利用するでしょうが、東京から飛行機で岩手県や新潟県に行こうという需要も取り込めていたはずです。

4年前に北陸新幹線が金沢まで開通した時に、筆者は富山県のリーダーの皆様方にお話をさせていただく機会がありましたので、その時に一言だけ申し上げました。それは「航空路線を死守してください。」ということです。

当時、富山県の皆さんの多くは、新幹線ができたら飛行機は要らないと考えていました。

その理由は東京から富山まで新幹線で2時間10分。

4時間の壁をはるかに下回っている状況ですから、議論の余地はありません。

でも、上記のように考えると、

・東京の人の中には羽田空港のアクセスを好む人が多く居る。

・外国人観光客を誘客するには羽田からの航空便が必要である。

そして、新しい考え方として、

・国際線(チャーター便や不定期便を含む)を誘致するには、日本航空や全日空が就航している空港でなければ飛行機の運航補助や旅客取り扱いなどができない。

という現実がありますから、筆者は富山県のリーダーの皆様方に対して、

「航空路線を死守してください。」と申し上げたのです。

まして、新幹線というのは地上のルートを走りますから、途中で何らかの形で線路を支障されてしまうと走れないという、当たり前といえば当たり前の現実があります。

例えば、「かかあ天下とからっ風」で有名な群馬県で、からっ風に乗って農業用のビニールシートが飛んできて架線に絡まっただけで新幹線は動けなくなります。

ということは、富山県から首都圏への移動手段の首根っこを、埼玉県、群馬県、長野県、新潟県に握られていることに等しいと考えられますね。

これはつまりリスクです。

新幹線1本ではそういうリスクが生じるのですから、「新幹線か飛行機か」ではなくて、「新幹線も飛行機も」だと筆者は考えるのです。

まして、これから飛行機を呼ぶのではなくて、今すでに飛行機が飛んできているのですから、それは守った方が良いというただそれだけのことですから。

東北新幹線開業前、1979年9月の航空時刻表。羽田-仙台、羽田-花巻に航空便がありました。花巻線はその後ジェット化されましたが、どちらも東北新幹線の開業で廃止されました。
東北新幹線開業前、1979年9月の航空時刻表。羽田-仙台、羽田-花巻に航空便がありました。花巻線はその後ジェット化されましたが、どちらも東北新幹線の開業で廃止されました。

新幹線は逃げられない

こういうことを言うとひんしゅくを買うかもしれませんが、すでに新幹線が開業している地域にとってみたら、新幹線はどうでも良いのであって、守らなければいけないのは航空路線なのです。

なぜならば、飛行機はすぐに逃げてしまいますが、新幹線は逃げられないからです。

上記で示しましたが1985年に東北新幹線、上越新幹線が開通すると、羽田-仙台、花巻、新潟路線の3路線すべてが廃止されました。

その理由は利用者がいなくなったからですが、当時の飛行機はまだまだお金持ちの乗り物というイメージがあって、地域の人たちも残そうという気がなかったのではないかと推測されます。

飛行機というのは自由に路線を設定できますから、ちょっとでもお客さんが少なくなるとすぐに逃げてしまいます。

でも、よく考えてみたら新幹線は逃げられないというのが現実なのです。

JR化後に建設された新幹線は、なぜ建設することができたかというと、新幹線の線路使用料を将来にわたってJRが支払いますというお約束を基に、国が一時的に建設資金を立て替えるという考え方に基づいています。

マンションを建ててくれたら、将来にわたって家賃を払いますというお約束があれば、地主だって安心してマンションを建設することができるのと同じで、JRが将来にわたって線路使用料を払ってくれるのであれば建設しましょうという考え方です。

これが分かるのが並行在来線がある新幹線区間です。

JRが国に対して新幹線の使用料を払いますと約束をして新幹線を建設した区間は、JRとしては新幹線に高い使用料を払うわけですから、当然のことですが新幹線と在来線の両方を維持することはできません。在来線は不要ということになりますね。だから、それまでの在来線は県や道が引き受ける。これが大人の事情です。

それ以前に建設された山陽新幹線や東北、上越新幹線の区間では在来線もそのままJRがやっていますし、延伸しても儲かりそうなところは並行在来線であってもJRがそのままやっています。

つまり、新幹線の線路使用料は、並行在来線を引き受けるコストとして、県や道が負担しているのと同じことになりますから、地域としては新幹線に対してさらなる負担をする必要もありません。だったら航空路線の維持を頑張りましょうというのが筆者の考えです。

ということは、JRは一度作ってしまった新幹線はやめたくてもやめられないというのも事実であります。

だとすれば、新幹線は乗ろうが乗るまいが地域にとっては関係ありませんね。

せいぜい考えるとしても、利用者が多くなれば最速列車を停めてもらえるかもしれないという程度の話ですから、やはり守るべきものは航空路線であり、ダブルトラックなのです。

シングルトラックよりダブルトラック。

交通が発展する過程における基本的な考え方です。

ところが、この国では、新幹線ができたのであれば飛行機は要らないということが歴史上で証明されてしまっています。

ともすれば新幹線ができたから在来線は要らないという考え方も出てきそうな勢いです。

高速道路ができたので鉄道は要らなくなるという考えも同じです。

そうではなくて、せっかく今あるのであれば、ダブルトラックとして維持することが絶対に地域にとってプラスになることは明らかですから、筆者は「新幹線か飛行機か」ではなくて、「新幹線も飛行機も」だと考えるのであります。

地域の人たちは自分たちが東京へ行くことを中心に考えるのではなく、東京の人たち、あるいはインバウンドの外国人の目から見て、どうやったらいらしていただけるかという視点で交通を見るようにしていただければ、今やらなければならないことは何かということがお解りいただけると思います。

なぜならマーケットとしてのボリュームは新幹線沿線の都市よりも首都圏の方がはるかに大きいからです。

お客様がたくさんいる場所が分かっているのであれば、そのお客様の顧客嗜好にあわせた戦略を立てるのは当然のことなのです。

でも、それがなかなかできないんですよね。

簡単にできるようなら、日本の田舎は今のような姿にはなっていませんから。

ただ、少なくともいえることは、富山空港と羽田の間には、新幹線が開業した今でも、きちんと飛行機が飛んでいるということで、その航空会社(ANA)の運航サポートにより、昨今では富山空港を発着する国際線も飛び始めているということは紛れもない事実です。

これはつまり、富山県のリーダーの皆様方が航空路線を維持することの大切さに気付いて努力しているということなのです。

もちろん、富山市内の路面電車の再編や、新幹線との接続も飛躍的に向上していますから、新幹線の利用促進もきちんとやっているということは誰の目にも明らかです。

それだけ交通に対する意識の強さというものを筆者は富山県から感じます。

つまり、4時間の壁を議論するのではなく、乗りたい時にお客様が好きな方を選択できること。そのためにはダブルトラック、トリプルトラックを維持しておくことが交通として大切なことだということなのです。

ということで、皆さん、本屋さんへ行って「鉄道ジャーナル」をどうぞお求めください。

ジャーナリズム的視点で鉄道を取材していますから、勉強になりますよ。

※整備新幹線計画に基づく線路使用料などの表現は、一般人の読者の皆様方にご理解いただけるように表現してあるため、経緯や詳細については省略してあります。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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