令和の時代の「ローカル線問題」はこうなるという未来予測。

国鉄時代の特定地方交通線を引き継いだ第3セクター由利高原鉄道線。

平成の時代はローカル線がブームになりました。

令和元年を迎えたゴールデンウィークには各地のローカル線が大変なにぎわいをみせた様子がニュースで全国から伝えられました。

今の時代、ローカル線が走る地域というのは、他の地域と容易に差別化ができ、観光客が来ることによって地方創生ができる。

こういうことが誰の目にもはっきりと見えるようになりました。

でも、本当にそういう地域にとって明るい時代はこれからも続くのでしょうか。

国鉄分割民営化から30年以上が経過し、今後、ローカル線はどうなっていくのか、未来予測をしてみたいと思います。

第3セクター鉄道というローカル線

全国各地には第3セクターと呼ばれるローカル線が多数あります。

JRや大手私鉄と呼ばれる鉄道以外の鉄道として、地方鉄道に分類される鉄道路線は全国で90以上ありますが、ひと口にローカル鉄道と言ってもいろいろな形態があります。

それぞれの会社に特徴がありますが、会社の生い立ちや経営形態から見ると、JR以外のローカル鉄道は大きく次の3つに分けられます。

1:民営鉄道(私鉄)

2:第3セクター鉄道(特定地方交通線に由来する所)

3:第3セクター鉄道(並行在来線)

1:民営鉄道(私鉄)

関東地方で見ると千葉県の小湊鉄道や茨城県の関東鉄道、神奈川県の箱根登山鉄道などは中小私鉄と呼ばれる鉄道路線です。

これらの路線はグループ会社を持っているところがほとんどで、関連事業が盛んに行われています。

バスやタクシー部門を持っていたり、百貨店やスーパーマーケットを運営しているところもありますし、不動産や観光事業を展開しているところもあります。

鉄道会社を看板にして関連ビジネスを展開することで会社全体としての利益を出せるような構造になっているところでは、地方の人口が減少していく中でも地域外からのお客様を呼び込むことで経営を成り立たせることが可能ですから、経営陣の手腕によっては存続させていくことが可能と考えます。ただし、いくら私企業とはいっても、地域に公的サービスを提供する会社に対しては、ある程度地域行政や国が支援する仕組みづくりが必要でしょう。

2:第3セクター鉄道(特定地方交通線に由来する所〉

昭和62年に国鉄が民営化されてJRに変わりました。

その過程で不採算路線に認定された全国約80の路線が国鉄からJRに残ることができず廃止対象にされました。

これが特定地方交通線と呼ばれた路線です。

この特定地方交通線に指定された80数路線のうち、半分強が廃止されました。実際に線路を撤去されバスに転換されたのですが、残りの30数路線は都道府県や地元自治体が出資する第3セクター鉄道として残されました。

筆者が社長を務めたいすみ鉄道はこのような元国鉄の廃止対象路線を引き継いだ第3セクター鉄道ですが、そのほかにも話題の多い三陸鉄道や、秋田内陸縦貫鉄道、由利高原鉄道、山形鉄道、会津鉄道など、南では九州のくま川鉄道や南阿蘇鉄道、平成筑豊鉄道なども、同じようにに国鉄からJRになるときにJR路線として引き継いでもらえず、地元が出資して別会社を作り路線を残した第3セクター鉄道です。

これら特定地方交通線に由来する第3セクター鉄道は、平成の時代はどこも経営が厳しく、何度も廃止の憂き目に遭ってきましたが、平成の終わりごろから各地で観光鉄道として脚光を浴びるようになりました。

もともと地元出資型で、長年地元の支援で成り立ってきた鉄道会社です。今、その鉄道会社が観光資源となり、あるいは広告塔となって、地域に人を呼びこむツール、あるいは地域を有名にしたり、特産品をブランド化するためのツールになるということを、地域の皆様方が理解していただけるようになってきましたので、以前に比べるとかなり鉄道に対する意識が変わってきていると筆者は感じています。

以前盛んに言われてきていた「地域の足を守る」というところから、一歩も二歩も進んで新しい捉え方をすることで、結果として地域の足も守られるということが、どこの路線でも可能性として見えてきたと筆者は考えます。

このタイプの第3セクター鉄道は、各地で「上下分離」という考え方を取り入れています。

同じ公共交通機関である路線バスが行政が維持管理する道路の上を走るのに対して、鉄道会社は線路の維持管理を自前で行わなければなりません。そして、その線路の維持管理に多額の費用が掛かることから、鉄道が路線バスと同じ土俵で営業できるようにと、線路の部分(下部)と列車が走って営業する部分(上部)とを分けて考えて、下部に関してはある程度行政がお金を出しましょうという考え方が上下分離ですが、ここ10年ほどの間に、多くの第3セクター鉄道がこの考え方を導入しています。つまり、これが地域の支援というもので、その地域から頂いた支援を地域に還元する仕組みが、人を呼ぶツールになることや、広告塔として、地域を利することになると筆者は考えて、いすみ鉄道時代はそこに主眼を置いて活動してきました。

ローカル線をお目当てにやってきた観光客でごった返すいすみ鉄道の大多喜駅
ローカル線をお目当てにやってきた観光客でごった返すいすみ鉄道の大多喜駅

国鉄時代に廃止対象路線であった特定地方交通線と呼ばれたローカル線は、このような考え方で維持していけば、今後も何とか残ることができると筆者は考えます。というのも、ほとんどの路線が非電化、単線ですから、今後発生するであろう修繕費用も、効率的に修繕を行なっていれば負担できなくなるような金額ではないからです。

ただし、田舎というところは都会の考え方が一概に通用しない地域である場合があります。

自分たちの地域にこれといった基幹作業があるわけでもなく、このままで行ったら右肩下がりで回復できないことが明白な地域にあっても、観光というものが将来的に重要な地域産業になるということを理解できない、あるいは理解しようとしないリーダーたちがいる地域もありますから、そういう地域は鉄道を維持管理する以前の問題として、地域自体が消滅していくかもしれません。そういうところでは、第3セクター鉄道も運命共同体として、地域とともに消え去っていく可能性は否定できません。おそらくそのあたりがこれから地域が直面する課題ではないでしょうか。

人口減少が確実な令和の時代に、田舎の鉄道が全部残れるはずはありません。いくつ残すことができるかは、それぞれの地域の取り組み次第ということになりそうです。

観光客で賑わういすみ鉄道の終点上総中野駅。鉄道が地域の広告塔となってやってきた観光客をどう自分たちの経済に結び付けるか。問われているのは鉄道ではなくて地域であるというのが現実です。撮影:渡辺新悟氏
観光客で賑わういすみ鉄道の終点上総中野駅。鉄道が地域の広告塔となってやってきた観光客をどう自分たちの経済に結び付けるか。問われているのは鉄道ではなくて地域であるというのが現実です。撮影:渡辺新悟氏

3:並行在来線と呼ばれる第3セクター鉄道

もう一つの第3セクター鉄道として近年増えてきているのが並行在来線と呼ばれる鉄道です。

これは、新幹線の延伸開業に伴って、国とJRと各都道府県が取り決めたお約束に従って、JRは新幹線開業後に不採算となる在来線を手放してもよい。そしてその手放した在来線は、新幹線の延伸で利益を受ける都道府県が運営しなさいということで、多くが県主導型で新設された第3セクター鉄道です。

国鉄末期の特定地方交通線であった廃止対象路線を引き継いだ第3セクター鉄道とは全く成り立ちも会社の規模も異なる鉄道です。

≪並行在来線としての第3セクター鉄道≫

道南いさりび鉄道(北海道):江差線

青い森鉄道(青森県):東北本線

IGRいわて銀河鉄道(岩手県):東北本線

しなの鉄道(長野県):信越本線

えちごトキめき鉄道(新潟県):信越本線、北陸本線

あいの風とやま鉄道(富山県):北陸本線

IRいしかわ鉄道(石川県):北陸本線

肥薩おれんじ鉄道(熊本、鹿児島県):鹿児島本線

これらが並行在来線と呼ばれる第3セクター鉄道ですが、これに北陸新幹線の開業で、それまで東京から北陸方面へのメインルートとして頻繁に往来していた特急列車が消滅してしまった北越急行ほくほく線(新潟県)も同じような将来を歩むことが予想されるという点で、このグループの第3セクター鉄道に入れることができます。

そして筆者が、これからの令和の時代に大きく社会問題化してくると予想するのが、これらの並行在来線を引き継いだ第3セクター鉄道なのです。

風光明媚な海岸線を走る肥薩おれんじ鉄道線。全線電化区間でも走る列車はディーゼルカーです。
風光明媚な海岸線を走る肥薩おれんじ鉄道線。全線電化区間でも走る列車はディーゼルカーです。

設備過剰な現状

このような並行在来線は新幹線開業前までは「○○本線」として、特急列車が頻繁に往来する日本の大動脈として長年活躍して来たところです。

そういう路線は国鉄時代から複線化、あるいは電化されたりして、大量輸送を支えてきました。

ところが新幹線の開業で旅客輸送のほとんどが新幹線へ移行してしまうと、旅客輸送として残るのは地域輸送だけになります。地元の高校生や一部の通勤客、あるいはお買い物や通院で利用する高齢者です。

それまでの長編成の特急列車は不要になり、1~2両編成の区間各駅停車ばかりになり、列車本数も減っていきます。すると、どうしても設備が過剰となります。例えば国鉄時代から長い編成が停車していたため200メートルの長さがある駅のホームのほとんどは不要になりますし、複線区間も電化区間も不要です。

かつての鹿児島本線を引き継いだ肥薩おれんじ鉄道は、鹿児島本線時代の長いホームに1両のディーゼルカーが発着する設備的オーバースペック状態。
かつての鹿児島本線を引き継いだ肥薩おれんじ鉄道は、鹿児島本線時代の長いホームに1両のディーゼルカーが発着する設備的オーバースペック状態。

肥薩おれんじ鉄道(九州)やえちごトキめき鉄道(新潟県)、道南いさりび鉄道(北海道)などは、全線電化区間にもかかわらず、自社の列車としてはディーゼルカーが走っていますから電化設備そのものが不要となります。

では、なんのためにその複線の線路や電化設備を維持しなければならないかというと、それは貨物輸送のためです。

かつての大動脈路線は、旅客輸送こそ新幹線に道を譲りましたが、貨物輸送としては今でも立派な使命を担っていて、日本の国の物流に大きな役割を果たしているのです。

交直流切り替え区間を走るえちごトキめき鉄道のディーゼルカー。2種類の電気に対応する電車の建造費に比べれば1両で走ることができるディーゼルカーは安価で、需要的にも1両で十分な路線である。
交直流切り替え区間を走るえちごトキめき鉄道のディーゼルカー。2種類の電気に対応する電車の建造費に比べれば1両で走ることができるディーゼルカーは安価で、需要的にも1両で十分な路線である。

都道府県にとっての貨物輸送

では、JRから並行在来線として運営を移管された各都道府県の鉄道にとって、貨物輸送というのはいったいどういう意味を持つのでしょうか。

例えば東北本線というのは北海道、東北と首都圏を結ぶ大動脈としてなくてはならない路線です。

北陸本線というのは、同じように北海道、東北と関西圏、あるいはそれ以遠を結ぶ大動脈としてなくてはならない路線です。

でも、例えば青森県や岩手県にとっては、北海道と首都圏を結ぶ物流路線としての東北本線を維持管理する直接的な必要性はあるのでしょうか。

同じように、新潟県や富山県、石川県が、北海道、東北地方と関西以西の物流を支える北陸本線の維持管理をしていく必要性があるのでしょうか。

自分の県の利便性にはあまり影響がない、県内を通過していくだけの貨物輸送を支えるのは、本来なら都道府県ではなく国の仕事のような気もしますが、整備新幹線計画に基づく並行在来線のお約束ではそういうことも全部都道府県がやるという「大人の事情」が存在しています。

もちろん、JR貨物から線路使用料の名目で過剰設備を当面維持運営するだけのお金は支払われていますが、あくまでも並行在来線にとって不要な設備を貨物輸送だけのために、自社で維持管理していくことに合理性があるのかという点で疑問が残ります。

そして、そういう並行在来線にとって、今後10年程度の期間で発生する大きな問題が設備更新という問題なのです。

IGRいわて銀河鉄道の路線を走る東京から札幌へ向かう貨物列車。
IGRいわて銀河鉄道の路線を走る東京から札幌へ向かう貨物列車。

 

次々と更新時期を迎える電化設備

では、こういう並行在来線がいつごろ電化されたかを見てみたいと思います。

東北本線(盛岡-青森) 1968(昭和43)年

北陸本線(金沢-富山) 1964(昭和39)年

同(富山-糸魚川) 1965(昭和40)年

同(糸魚川-直江津) 1967(昭和42)年

信越本線(軽井沢ー長野) 1963(昭和38)年

同(長野-直江津) 1966(昭和41)年

鹿児島本線(川尻-鹿児島) 1970(昭和45)年

興味深いのはどの路線もほぼ同じころに電化されていることです。

今から半世紀前、筆者も記憶にありますが、昭和40年代の日本の国鉄幹線は全国各地で電化、複線化が次々と行なわれていました。

こういう幹線ルートというのは明治から大正時代に鉄道建設が行なわれたところが多く、昭和40年代の電化、複線化に合わせて、それまでの山越えルートや海岸線ルートを、長大トンネルなどで新線迂回したところも多くありますが、そのような、かつて高度経済成長に合わせて急ピッチで電化、複線化されたところが、50年という年月が経過した今、どこも設備更新の時期を迎えているのです。

電化を維持するために重要なのは電柱や架線ばかりではありません。変電所設備などが大きな設備投資を必要とする段階に来ています。

山越えルートや海岸線から路線変更された長大トンネルも、50年の歳月を経て大きな改修工事が必要になっています。

そしてそれらの設備は並行在来線各社にとってはオーバースペックであるばかりでなく、自分たちの列車を走らせるためにはそこまでの設備を必要としないにもかかわらず、自分のところで電化や複線化の設備更新をしなければならない。これが令和の時代になって、これから10年以内にほぼすべての並行在来線で表面化するであろう問題です。

そして、そのための費用は原則として各都道府県と一部の地元自治体が捻出しなければならないという問題が発生するのですから、つまりは令和の時代のローカル線問題は、このような並行在来線であるということになります。

北陸新幹線の延伸で福井県にも、九州新幹線(長崎ルート)の延伸で佐賀県にも長崎県にも近い将来このような鉄道会社が誕生することになるわけですから、事態はかなり深刻化すると筆者は考えます。

整備新幹線計画の見直しが必要な時に来ています。

先日、JR北海道の島田社長さんが、北海道新幹線の札幌延伸計画では、自社が120億円費用を負担して320Km/h運転に対応する設備建設を行ないたいと述べられていました。赤字でにっちもさっちもいかない会社が、はたして必要かどうかわからないような新幹線の建設費用、それも高速化のための追加費用に自社で資金を出すということに対して、いろいろ議論はあるかもしれませんが、筆者は一概に島田社長さんの考えを否定することはできないと考えます。その理由は、整備新幹線計画(1973年決定)というのが今から40年以上も前に計画されたものであるため、今の世の中の実情にあっていないところが出てきているからです。

具体例を挙げると整備新幹線計画では北海道新幹線の場合はフル規格として最高時速260Km/hで計画されています。

ところが、現状はどうでしょうか。技術革新が進み、JR東日本が東北新幹線「はやぶさ」を320Km/hで運転する計画で新型車両を実験走行しています。

その「はやぶさ」が走る東北新幹線の延長線上にある北海道新幹線は、当然最高時速320Km/hで建設するのが当たり前でしょう。

でも、国の計画ではいまだに260Km/hだとしたら、島田社長さんじゃなくても120億円出してでも320Km/hで建設しましょうという話になりますよね。

まして、北海道新幹線の当初の建設予算は6300億円と言われているわけですから、総建設費の2%の話ですね。国のインフラを建設する話と、会社の赤字をどうしようかという話と同列に扱うこと自体がおかしいのです。

別の例を挙げてみましょう。

例えば飛行場の建設計画として、40年以上前にプロペラ機が発着する前提で2000mの滑走路を建設する計画が決められたとします。ところがいつまでたっても建設が進まない。そのうち時代はジェット機の時代になりました。そして、やっと滑走路の建設に取り掛かろうという動きになりました。しかし、ジェット機は2500mの滑走路が必要です。こういう状況があったら皆さんどうしますか。

当然あと500m伸ばした滑走路を建設しますよね。

つまり、整備新幹線計画というのは、需要予測云々だけでなく、いろいろな部分で見直しをする時期に来ているのです。

そして、その見直しの一つの部分として、並行在来線についても過剰な設備の維持管理を都道府県や地元の自治体に負わせるのではなく、何らかの形で国が行なう仕組みづくりが急務なのは明白だと筆者は考えるのです。

なぜなら、特定地方交通線とは異なり、並行在来線は旅客輸送は新幹線へ移行したとはいえ、貨物輸送という国を支える立派な動脈であることに変わりはありません。これがしっかり機能しなければ国力が衰えることになります。

これからの時代、トラック輸送はドライバー不足が顕著になると言われています。そうなると貨物列車にはさらに重要な役割が求められるにもかかわらず、その貨物列車が走る線路が維持できなくなるということは、人間の体で言えば動脈硬化で血管が詰まって血液が流れない状況と同じことです。

とりあえず令和の最初の10年間はこの並行在来線の問題が顕著になる。

そして次の10年間にはその取り扱いを巡って、この国の構造が大きく変わるかもしれません。

これが筆者が予測する令和の時代のローカル線予測であります。

新幹線の議論も大切ですが、国民一人一人が鉄道輸送、高速道路など交通全体の在り方を考える時期に来ていると筆者は考えています。

※本文中に使用した写真は、特にお断りがない限りすべて筆者が撮影した写真です。