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ドイツで航空会社が乗客を裁判所に訴えた。航空券を安くする為の最終区間放棄はペナルティの対象になるのか

鳥海高太朗航空・旅行アナリスト 帝京大学非常勤講師
ルフトハンザドイツ航空のハブ空港であるフランクフルト空港(筆者撮影)

 航空券というのは不思議な暗黙のルールが存在する。例えば、中東系の航空会社でヨーロッパへ向かう場合、乗り継ぎの中東の都市への往復航空券よりも、中東経由ヨーロッパ行きの往復航空券の方が安いことがよくある。遠くの都市へ行く方が、近い都市へ行くよりも安くなるという逆転現象が当たり前のように行われている。

 その理由は単純で、ヨーロッパへの直行便よりも所要時間が長くなることから、運賃を安くすることで自社の便を利用してもらいたいという戦略であり、エミレーツ航空では東京~ドバイの単純往復よりも東京~ドバイ~ヨーロッパの往復の航空券の方が安くなることも珍しくない。エミレーツ航空やカタール航空などは、この戦略によって全世界レベルで直行便を利用していた乗客の獲得に成功している。

運賃の逆転現象によって生じた航空券の途中放棄問題

 そのような中でドイツのルフトハンザドイツ航空(以下ルフトハンザ)は、航空券のルールを守らない乗客に対して約2000ユーロ(約26万円)を請求し、ドイツの裁判所で審理されている状況となっている。

 海外のニュースサイトによると、ノルウェーのオスロからルフトハンザの本拠地であるフランクフルト乗り換えでアメリカのシアトルまでの往復航空券(オスロ~フランクフルト~シアトル)を購入し、オスロ→フランクフルト→シアトル、そしてシアトル→フランクフルトと搭乗したが、最終区間のフランクフルト→オスロを放棄して、この乗客は別の航空券を手配してベルリンへ向かったそうだ。最終区間を放棄したことでルフトハンザ側はペナルティーを乗客に請求したのだ。

 ここで問題となったのが、基本的には乗り換えの場所であるフランクフルトではすぐに乗り継ぎすることが前提となっている航空券だということだ。鉄道でいえば「途中下車禁止」というルールの航空券なのである。航空券の用語では「ストップオーバー」と「トランジット」という言葉がある。「ストップオーバー」とは鉄道でいう「途中下車OK」で乗り換え地で24時間以上の滞在が可能というルールで、「トランジット」は乗り換え地で24時間以内(ストップオーバー不可)しか滞在できない「途中下車NG」ルールで(ストップオーバーのルールは航空会社によって多少異なる)、今回のケースでは途中下車NGの航空券だった。

羽田空港を出発するルフトハンザ機(筆者撮影)
羽田空港を出発するルフトハンザ機(筆者撮影)

飛行機は乗り換えだけでも空港外に出られる

 鉄道と異なるのは、乗り継ぎ便までの時間に余裕がある場合は空港から外に出られる。24時間以内であれば翌日の便にしてその間に街に出て観光を楽しむこともできる。このルールを上手に使って経由地の観光を楽しむ賢い旅行者もいる。外に自由に出られることから、乗り継ぎ便に意図的に乗らないということも物理的に可能なのだ。

 乗り継ぎの24時間以内に観光をして更に宿泊するケースもあるので、搭乗手続き(チェックイン)も乗り継ぎ地までの分しかしないことも可能であり、荷物も経由地でのピックアップで特段問題ない。そういった理由から、今回のケースではフランクフルト空港で乗り継がずに別の航空券でベルリンへ行くことができたのだ。

乗り継ぎの時間を使って乗り継ぎ地で観光を楽しむこともできる。筆者もフランクフルトでの乗り換えの時間を使ってクリスマスマーケットを堪能した(2013年、筆者撮影)
乗り継ぎの時間を使って乗り継ぎ地で観光を楽しむこともできる。筆者もフランクフルトでの乗り換えの時間を使ってクリスマスマーケットを堪能した(2013年、筆者撮影)

乗客は放棄することによるメリットは大きい

 ヨーロッパ発着においては、今回のルフトハンザの航空券のような、ドイツ発アメリカ行きよりもノルウェー発ドイツ経由アメリカ行きの方が安いことは珍しくなく、乗客は安さを理由にこの航空券を購入した可能性が高い。航空券のルールとしては最初の区間から順番に使わないと、その後の区間の利用ができないので、往路はノルウェーのオスロから利用していたようだ。推測ではあるがヨーロッパ内はLCCの路線も充実しており、スタート地点のオスロまではLCCなど安い航空券で移動した可能性が高い。そしてアメリカからドイツに戻る際には最終区間を放棄し、フランクフルトからベルリンまでは別の航空券を使っている。

 全行程を利用し、オスロから別の航空券でベルリンへ行くのが本来であるが、オスロからも別の航空券を買うくらいなら、フランクフルトから直接ベルリンへ飛んだ方が時間的メリットも大きいことから放棄したことが考えられる。

全区間搭乗が航空券の原則ルール

 航空券のルールとしては、基本的に全区間を搭乗しなければならないのが原則であるが、航空会社で直接販売されている航空券においては、実態としては乗り換え地で24時間以上滞在できる航空券であれば、最終区間が利用できないケースでの放棄に対してのペナルティーを請求されたケースはあまり聞かない。特に日本は島国であることから、今回のようなケースでの放棄自体があまりない。

 その中で数少ないケースとしては、ANA(全日本空輸)やJAL(日本航空)ではアジア発日本経由の北米・ヨーロッパ行き航空券(注:購入の大半はアジアの出発国の在住者が中心だが日本人も購入できる。日本在住者は出発地までは別途航空券が必要)が販売されており、航空券によっては日本に24時間以上滞在できる航空券もあるが、アジアに拠点を置く旅行会社の関係者によると、24時間以上(ストップオーバー)、24時間以内(トランジット)の滞在に関わらず、最終区間の放棄について航空会社側からの規定が厳しくなっていると話すなど厳格化の流れになっている。

どうような司法判断が下されるのか注目

 ただヨーロッパのフルサービスキャリアにおいては、30年以上前からヨーロッパ内のフライトにおいて片道の航空券を購入したい場合に、片道航空券を購入するよりも割引率の高い往復航空券を購入して復路を放棄するというのは当たり前のように行われ、航空会社側から復路放棄の方がお得と案内をされたことも筆者自身もある。現在ではLCCの発達により片道でも安い航空券が販売されるようになったが、それでも往復を購入して放棄した方がお得なこともある。

 今回のケースでは、復路の全体放棄ではなく、復路の途中で勝手に途中下車したという行為をペナルティーと考えるのか、それとも座席が空席になるだけで問題はないと考えるのか、今後ドイツの司法判断が注目される。

航空・旅行アナリスト 帝京大学非常勤講師

航空会社のマーケティング戦略を主研究に、LCC(格安航空会社)のビジネスモデルの研究や各航空会社の最新動向の取材を続け、経済誌やトレンド雑誌などでの執筆に加え、テレビ・ラジオなどでニュース解説を行う。2016年12月に飛行機ニュースサイト「ひこ旅」を立ち上げた。近著「コロナ後のエアライン」を2021年4月12日に発売。その他に「天草エアラインの奇跡」(集英社)、「エアラインの攻防」(宝島社)などの著書がある。

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