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オリンピック選手への誹謗中傷は誰がしているのか

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
炎上するSNS(提供:TKM/イメージマート)

オリンピックで活躍している選手への誹謗中傷がSNS上で寄せられているというニュースが出て問題となっています.

アスリートへの誹謗中傷については,池江選手への出場辞退を求める書き込みが社会的にも問題になるなど近年多くなっているように見受けられます.池江選手への書き込みについては,こちらの記事で詳細を分析しています.

そして,オリンピックが開始しても次々送られているらしいSNS上での誹謗中傷について,実際に誹謗中傷を行っている人たちは何者なのか調べてみたいと思います.

ここでは公開性が高く分析を行うことについて問題のないTwitterを利用したいと思います.実際に誹謗中傷が行われている場所としては,インスタグラムやYahoo!ニュースなどがあるようですが,これらのデータを取得することは困難だったり,規約上難しかったりするためご容赦いただければと思います.

さて,今回ニュースの中で誹謗中傷が寄せられたとされていて,かつTwitterのアカウントを持っている大坂なおみ選手,五十嵐カノア選手,伊藤美誠選手,水谷隼選手,橋本大輝選手についてTwitter上のメンションと,関連ツイートを分析してみました.

なお,数字は分析を行った7月31日現在のもので,かつベストエフォートで収集したものであることをご了承ください.

また,ある程度実際のツイートデータを確認できる分析ページへのリンクも張ってありますので,分析結果に疑問がある方は是非ご自身でもご確認いただき,問題があればご連絡いただければと思います.

大坂なおみ選手の場合

写真:ロイター/アフロ

大坂なおみ選手の場合,聖火リレーの最終ランナーだったことから7月23日あたりから様々なツイートが寄せられていたようです.

まず,大坂なおみ選手に関するどのようなツイートが拡散していたのかをクラスタリング手法を使って調べてみました.

その結果,

1,政権批判系アカウントによるツイート群

2,ニュースや公式アカウントによるツイート群

3,政権支持系アカウントによるツイート群

がクラスタとして出てきました.

このうち,出自に関して否定的なツイートがどのくらいあったかというと,クラスタ3で拡散したものが最も大きく拡散しており,

恐れていたことが・・・大坂なおみが最終走者!

という内容のもので,834回リツイートされていました.

それ以外にも否定的なツイートは散見されたものの,大規模に拡散したものはなかったので,大坂なおみ選手が聖火の最終走者であったことを出自に基づいて批判していたツイートは少なくとも大規模には拡散はしていなかったといえそうです.ちなみに,クラスタ3はいわゆる政権支持系(保守系)のアカウントが多く,61.7%が過去のツイートから政権支持系と判定されたアカウントによる拡散でした.

一方,実はクラスタ1でも大坂なおみ選手の最終ランナーには否定的なツイートは存在しており,

大阪選手を人種平等のアイコンとして利用するな

というツイートが5000回以上拡散されたりしていました.誹謗中傷ではないですが,クラスタ1でも大坂選手が聖火の最終ランナーを務めたことに否定的なツイートの拡散が多かったのが印象的でした.理由は真逆なのですが,最終ランナーの人選は党派性の強い両サイドから批判されていたようです.

一方,直接的なリプライだとどうでしょうか.こちらは,大坂なおみ選手へのメンションが含まれるツイートをランダムに100個抽出してその内訳を根性マイニング(頑張って目で見て判断する判別手法)によって分類してみました.

その結果がこちら.

大坂なおみ選手へのメンションの分類(著者作成)
大坂なおみ選手へのメンションの分類(著者作成)

その結果,メンションされたツイートのうち39%は応援ツイート,22%は最終ランナーを肯定的に捉えたツイートでしたので,半分以上は肯定的なツイートだったといえそうです.

一方で,最終ランナーであることを否定的に捉えたメンションが27%を占めていました.やはり,一定量誹謗中傷に近いツイートが送られていたといえそうです.

ちなみに,7月31日前後で大阪選手に向けて行われたメンションについては,以下で具体的なものを見ることができます.大阪選手に向けて何度も繰り返し誹謗中傷的なツイートを送っているアカウントがあることが分かる一方,応援メッセージも多数あることが確認できますので,ご確認いただければと思います.

大坂なおみ選手へのメンション分析

五十嵐カノア選手の場合

写真:ロイター/アフロ

五十嵐カノア選手に関連したツイートについてクラスタリングすると,主にオリンピックでの活躍を書いたニュース記事が拡散していることが分かりました.

1,2番目に大きいクラスタは五十嵐選手の活躍に関する記事で,3番目のクラスタが五十嵐選手への誹謗中傷に関するニュースなどや感想のツイートでした.

第4クラスタ,第5クラスタにはポルトガル語らしきツイート群が見つかりましたが,残念ながらその内容はよくわかりませんでした.が,翻訳ソフトを使う限り誹謗中傷に近いツイートが多いように見られました.

五十嵐選手の場合は,ニュース記事にもあった通り,主にブラジルから誹謗中傷があったとのことなので,分析結果ともマッチしているようです.

五十嵐カノア選手へのメンションを分析した結果を見ても,ポルトガル語らしき言葉であまり肯定的ではない雰囲気のツイートが多数なされているのが分かります.気になる方は是非ご確認ください.

水谷選手と伊藤美誠選手の場合

写真:西村尚己/アフロスポーツ

水谷隼選手に関しては,「とある国」からDMで誹謗中傷を受けているというツイートを行ったことが記事になりました.ただ,それに対して「レッテル張りだ」という意見も多く寄せられたことから,当該ツイートは削除されたようです.

プライベートメッセージであるDMは見ることができませんが,公開されているメンションではどうだったのか見てみたいと思います.

水谷選手への直近のメンションについてこちらのリプライユーザ可視化システムをご覧ください

「とある国」からのメンションが多いかどうかは見て判断していただければよいかとは思いますが,個人的には特定の言語を使うアカウントからの誹謗中傷が多いようには見えます.

また,非常に興味深い点として,水谷選手に最も多くのリプライを送っているアカウントはわずか4日前に作られたアカウントで41回しかツイートを行っていない上に,その41.5%が水谷選手への非難的なツイートだったことでしょうか.フォロワー数もわずか3です.

他のリプライを行っているアカウントでも類似の傾向があり,フォロワー数が少ないアカウントが異常に多いことが特徴的です.フォロワー数10未満のアカウントが40%くらいを占めているのはあまり普通では見かけない状況です.

同様に,伊藤選手へのリプライを送っているアカウントについてもフォロワー数10未満のアカウントが半分以上を占めており,特定の言語によるリプライが多く見受けられます.

そういえば,「とある国」はTwitterが基本的に使えないはずなんですよね.日常的には使えないツールを使うときに,普段から使っているように見せかけるのは大変そうです.

ちなみに,水谷選手関係のツイートの拡散を見ると,水谷選手が書いた「とある国から」というツイートを問題視したツイート群によるクラスタが存在しており,

ヘイトスピーチだ

とするツイートが拡散していたりします.しかし,少なくともリプライを見る限り単に事実を書いただけではないかという気はします.

念のためもう少しさかのぼって,7月23日あたりからのメンションを100ツイートほどランダムに取り出して根性マイニングをしてみました.その結果全メンションのうち14%くらいは(機械翻訳で見る限り)誹謗中傷のように見えるツイートで,そのほとんどが日本語ではありませんでした.日本語のツイートもあまり日本人が書いたようには見えないものでしたので,やはり誹謗中傷は海外から来ていたと考えてよさそうに思います.まあ,機械翻訳に頼っているので解釈が難しいものも多かったのですが.せめて英語ならもうちょっとニュアンスが読み取れるのに.

橋本大輝選手の場合

写真:エンリコ/アフロスポーツ

橋本選手に関連するツイートについてクラスタリングすると,主に活躍を書いたニュース記事が拡散されていました.

一番拡散したツイートはこちら.

一方で,2番目に大きいクラスタで誹謗中傷問題に関するツイートが拡散しています.これは誹謗中傷に対して批判的なツイート群でした.党派性を見ると63%が政権支持派のアカウントであり,政権批判派のアカウントは1.1%しかありませんでした.

また,橋本選手への7月31日前後でのリプライを分析した結果はこちらです.

こちらは橋本選手に執拗にリプライを送っている上位のアカウントの60%以上がフォロワー数が10未満,総ツイート数100回未満であり,日常的に使われているアカウントであるとは考えづらいものでした.また,橋本選手へのリプライの内容も日本語ではないものや,ちょっとおかしな日本語だったりすることから,おそらくこれらのツイートを行ったアカウントは海外の方であると推測されます.

まとめ

以上まとめてみると,ニュースになっていた5選手については,確かに誹謗中傷が送られてきていることは確認できました.

大坂なおみ選手は聖火リレーの最終ランナーであったということから様々な立場の人たちによって誹謗中傷的なツイートを送られていたようです.その中で気になったのはいわゆるリベラル的なアカウント群が,人種的な誹謗中傷について否定的な立場を取っていた一方で,当初は最終ランナーであることが多様性を示すアイコンであるとして批判的な論調が拡散していたことがあります.こういったところにいわゆる政治的な分断が見え隠れしているようで難しさを感じました.

そして,大坂なおみ選手を除く4選手についてはいずれも海外からの誹謗中傷がほとんどであることが分かりました.誹謗中傷を法的に対処するという話もありましたが,海外からの誹謗中傷って国内法で対応できるもんなんでしょうか

オリンピックはナショナリズムを発露する場にもなってしまうため,ある程度国ごとに自国選手を応援したい気持ちが出てくるのは分かりますが,他国の選手に対して誹謗中傷を行うのはあまり良い風潮ではなさそうです.

今回は日本人選手を見てきたため分かりませんが,同様のことが世界中で起きているのではないかと思います.間違っても,日本人選手を応援するあまり他国の選手のアカウントに遠征していって誹謗中傷なんてことをしないようにしたいものです.

ちなみに今回使ったリプライユーザ可視化システムはツイッターアカウントがあれば誰でも使うことができます.興味がある方は実際に使ってみてください.

こちらのシステムが誹謗中傷の実態を理解して被害を防ぐ助けになれば幸いです.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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